公爵令嬢? いやいや私は勇者だって!
タイトルと本文が合ってない気が…(汗
「リシア・エルランド。公爵令嬢ともあろうものが、まさかこんなことをするなんてね……。正直失望したよ」
「アンナに対して行った非道の数々。今ここで詫びてもらおうか」
「アンナはかわいいから嫉妬するのは分かるけどー、これはないよねー」
「いや、詫びるだけでは足りない。この学校から追放し、二度とアンナの目に入らないようにするべきだ」
「そうだな……。リシア・エルランド。君にはこの学校からの追放と、婚約破棄を言い渡す」
とある晴れた日の昼下がり。国内の王侯貴族の子息令嬢が通うメイアリア学園の中庭では、一人の少女が5人の男たちに詰め寄られていた。少女は陽の光を受けてきらめく銀髪に、美しく輝くサファイアのような瞳をしていた。街を歩けば皆が振り返り、ひとたび微笑みかけられれば恋に落ちてしまいそうな、そんな美少女だった。
その銀髪の美少女こそがリシア・エルランドだ。エルランド公爵家の長女であり、エルランド公爵家は王室に次ぐ権力を持っている。
そして彼女は今、騎士団長の息子、宰相の息子、魔術師団長の息子、王国一の領地を持つ侯爵家の息子、そしてこの王国の第一王子、ユースウェル・フォン・レイゼルトに詰られていた。
リシアは三秒ほど間をおいて、言った。
「さあ、ゴブリン狩りに行こうか!」
リシア・エルランドは王家に次ぐ権力を持つエルランド公爵家の令嬢でありながら、重度の中二病患者でもあった。
リシアが前世の記憶を思い出したのは10歳のときだった。それまでリシアはわがまま放題で、自分の欲しいものは何でも手に入れようとし、自分の思い通りにならない者は容赦なく害した。しかし公爵令嬢であるリシアを怒る人も止められる人もいなかった。だがそんなリシアの状況を知ったエルランド公爵家当主、つまりリシアの父は容赦なくリシアを叱り、頬を打った。生まれて初めて感じるその痛みに驚き、次の瞬間リシアの脳内に全く別人の記憶が現れた。それが前世の記憶だと分かったとき、すとんと胸に落ちるような感じがした。前世の人格が今のリシアを乗っ取るでもなく、前世の記憶に今の自分が抗うでもなく、足りなかったピースがはまるような感じだ。そして前世でよく異世界転生ものの小説を読んでいたことを思い出し、確信した。ここは剣と魔法のファンタジーの世界で、自分は勇者として転生したのだと。リシアが読んでいた小説では、大抵転生すると勇者になっていたのだ。
それからリシアは今までの傍若無人ぶりを改め、剣の稽古に励むようになった。公爵令嬢が剣の稽古だなんて普通はあり得ないので周囲は驚いたが、リシアの熱意に負け剣の指導役をつけることにした。リシアの父も今までのようなわがまま放題よりはましだと判断したのだ。剣の稽古の次は冒険者ギルドに登録したがったが、それはさすがに一家総出で止めた。公爵令嬢が冒険者ギルドなんかに行ったら何をされるか分かったもんじゃない。リシアはふてくされて部屋に閉じこもったが、なんと言おうが許可がでなかったのでそのうち諦めた。しかし剣の稽古は相変わらず続けていたので、メイアリア学園に入学するころには騎士団長の息子よりも強くなっていた。まあその分、魔術の腕と頭はいまいちだったが……。
「貴様ふざけてるのか!」
「どうやらリシア嬢は頭だけでなく耳も悪いらしいな」
「そんなこと言ってごまかそうとしたって無駄だからね」
「全く、貴様のようなやつがいるか「きゃああああああああ!」
5人がぐちぐちと言っている途中で、突如頭上から悲鳴が響いた。何事かと身構える5人より先にリシアが動いた。
「賢者殿っ!」
そう叫んで邪魔なところに立っていた第一王子を突き飛ばし、全力で走り落ちてきた少女を受け止めた。
中庭には結構な数の野次馬がおり、今起きた騒動にざわつき始めた。
「おい、今あの子3階から落ちたぞ」
「あれってアンナ・リレットじゃないか?」
「てかよくリシア様受け止められたな」
日頃鍛えているリシアにとっては小柄なアンナを受け止めたところで大したダメージはない。リシアは心配そうにアンナの顔を窺った。
「賢者殿!大丈夫か、賢者殿!」
「大丈夫だから、その賢者殿って言うのをやめなさい!」
「無事でよかった。賢者殿!」
アンナはため息をついた。このバカには何を言っても無駄なのだ。
「貴様!この私を突き飛ばすとは不敬罪にあたるぞ!」
第一王子が顔を真っ赤にして起こっている。それに対してリシアはきょとんとし、アンナはため息をついた。
「それでは殿下は私の命よりも自分のかすり傷の方が大事だと?」
アンナは冷ややかな目を向けて言った。
「い、いや、そういうわけでは……」
王子はしどろもどろになり、ついに黙った。アンナはまたため息をつき、とりあえず保健室に行くことにした。
◇◇◇
私、アンナ・リレットは平民として生まれた。そして転生者だ。5歳の時高熱にうなされ、そして熱が下がるとともに気付いた。この世界が前世でプレイした乙女ゲームに酷似していることに。その乙女ゲームは「magic frog wreath」というタイトルで、ヒロインの名前はアンナ・リレットだった。容姿も薄ピンクの髪に銀色の目、可愛らしい顔、と今の自分と同じだ。世界観も似ている。私は戦々恐々とした。三次元の男は苦手なのだ。画面の中だからこそ、どんなに甘い言葉を囁かれても平気だったが、リアルであれをやられると思っただけで鳥肌が立つ。それに、ゲームではライバル役としてリシア・エルランドという公爵令嬢も出てきた。ライバル役というか悪役だ。主人公であるアンナ・リレットをあの手この手で苛め抜き、徹底的に攻略対象との恋愛を邪魔してくるのだ。招待されたパーティでドレスに飲み物をふっかけたり、攻略対象と無理矢理婚約したりとやりたい放題だ。まあ最後には全ての罪を全校生徒の前で晒され婚約解消、学園追放となるのだが……。
ゲームのアンナ・リレットは魔術の才能があり特待生としてメイアリア学園に入学していたが、私は絶対に入学しないと決めた。メイアリア学園に入学さえしなければ、彼らと一生関わることはないのだ。
そして15歳のとき、優秀な魔術の使い手はメイアリア学園に強制入学されることを知った。私はそのときゲーム補正なのか宮廷魔術師よりも力は上だったので、もちろんメイアリア学園から入学案内が来た。入学を逃れるには他国へ逃亡するしかないが、そんな金も度胸もない。私は仕方なく、本当に仕方なーく入学を決意した。
入学してもフラグを立てなければいい。そう考えていた私は浅はかだった。うろ覚えでフラグがたちそうな場所は避けていたのだが、何故かどこへ行っても攻略対象者がいて、勝手に好感度を上げていくのだ。会話するときも私は生返事しかしていないのに、なぜか嬉しそうな顔をしてくる。本当うざい。そんな中私はリシア・エルランドの苛めを危惧していたのだが、なぜかいつまでたっても苛めどころか姿すら見かけない。ゲーム通りではないのか、と思い始めたとき、ある噂を耳にした。「エルランド公爵令嬢はやたら剣の腕が立つらしい」というものだった。ん?と思った。エルランド公爵令嬢といえばリシア・エルランドだろうが、ゲームでは彼女は剣が苦手だったはずだ。剣よりも私と同じく魔術の方が得意だった。まあそれでもゲームではアンナ・リレットの方が上だったのでそれも苛めの理由になったりしたのだが。
攻略対象との好感度が上がるにつれ(不可抗力だ)、周囲の視線が厳しくなった。主に女子からの。勝手に好かれて勝手に顰蹙を買うなんて、本当についてない。そのうち私へのいじめが始まった。最初は嫌味を言われたり肩パンされるくらいだったが、だんだんと悪化していきジャージを破られたり、殴られそうになったりした。ちなみに私を苛めたのはゲームでは名前すら出てこなかったモブだ。
ある日何もしていないのにヤクザなみの因縁をつけられ、平手打ちされそうになった。私は思わず目を閉じたが、いつまでたっても予想していた衝撃は来ない。そっと目を開けると、目の前にきれいな銀髪が広がっていた。何事かと目を瞬いていると、銀髪の少女が口を開いた。
「何の罪もない人に手を上げるなど、人としてあるまじき行為ではないか?」
「ち、違います、リシア様!悪いのはそこの平民で……」
「何をしたというのだ?」
「……平民のくせに殿下に媚を売って……」
「それがどうした?」
「っ……。失礼いたしますわ」
私に手を上げようとした奴らは逃げるように去って行った。銀髪の少女がくるりと振り返って、私は驚いた。整った容姿もそうだが、ゲームのリシア・エルランドそのままだったのだ。
「怪我はないか?」
「はい、大丈夫ですが………」
「ならよかった」
リシアはにかっと笑った。真顔だと冷たそうな印象だったが、笑うと年相応に見えて可愛い。
「では私はこれから鍛錬場に向かうのでこれで失礼する」
リシアは私に一礼すると去って行った。私はぽかーんとしてしばらくその場に突っ立っていた。ゲームと全く性格が違う。もしかしたら転生者なのかもしれない。
それから数日後、合同演習の授業でまたリシアを見つけた。合同演習というのは他クラスと合同で魔術や剣の訓練をする授業のことだ。リシアはSクラスで私はAクラスなので普段の授業は別なのだ。
リシアは私を見つけるとやあ、と手をあげた。どうやら覚えていたようだ。身分が下の私は気軽に手を振り返すわけにもいかず、軽く会釈した。
「先日ぶりだね。あれから何もされてないかい?」
「はい、大丈夫です」
公爵令嬢を怒らせたと思ったのか、奴らはあれからなりを潜めている。まあ、いつぶり返すか分からないが。
「それはよかった。そういえば君の名前を聞いていなかったね。聞いてもいいかい?」
「はい、アンナ・リレットと申します」
「いい名前だね。私はリシア・エルランド。よろしく。あと、敬語はよしてくれないかい?」
「いえ、そういうわけには……」
「同級生だろ? いいじゃないか」
「いえ、でも、リシア様は公爵令嬢であられるので……」
そう言うと、リシアの顔が微妙に歪んだ。しかしすぐに取り繕い、元の微笑に戻った。
「そんなの私は気にしないよ。周りがごちゃごちゃ言ってきても鎮めるさ」
なぜそこまで拘るのかは知らないが、いつまでも続きそうだったので、折れることにした。
「そこまでいうなら……。よろしく、リシア」
あれ、いきなり呼び捨てにしたけど、さんぐらいつけた方がよかったか? でも敬語はやめろって言ったのはあっちだしな……。
リシアは軽く目を見張ったあと、すぐに満面の笑みになってありがとうと言ってきた。
「そうだ、よかったら私と対戦してくれないか?」
合同演習では基本的に教師は介入せず、生徒同士で教えあったり模擬戦をする。
「ええ、いいわよ」
私は模擬戦のスペースに移動し、杖を構えた。するとリシアが面食らったような顔をした。
「すまない、私は魔術が苦手でね。てっきり剣だと思っていたんだ」
基本的に剣士同士、魔術師同士で模擬線をするのが普通だ。なぜなら剣士は遠隔戦に弱く、魔術師は近接戦に弱いからだ。この学校では騎士コース、魔術師コースと明確に分かれているわけではないが、自分のスタイルを既に決めているものは多い。稀に魔術と剣がどっちもできるやつもいるが。
それにしてもてっきり剣だと思っていた、というのはおかしい。この学校に通っている女子のほとんどは剣より魔術の方を得意とするからだ。まあ考えてみれば当たり前なのだが、貴族のご令嬢様が肉体を鍛える必要のある剣士になるはずがなく、それ故に剣ができないという人がほとんどなのだ。例外といえば騎士の家系に生まれた令嬢くらいか。しかしエルランド家は別に騎士の家系ではなかったはず。なぜ剣の方がうまいのか……。謎だ。
結局模擬戦はできず、リシアが誰かに声をかけられたのでそこでお開きとなった。
そして二年生になって、私はリシアと同じクラスになった。Sクラスだ。身分と実力が伴ってないとなれないいのだが、大方あの第一王子あたりが無理を通したのだろう。迷惑な話だ。
私はSクラスでものすごく浮いていた。本来ならよくてAクラスなのだから当たり前だ。それなのに攻略対象たちは遠慮なく話しかけてくるので、ますます周りから遠ざけられるのだ。ちなみに攻略対象は全員Sクラスだ。
進級から一週間が経っても攻略対象以外と話すこともできず、私は若干ノイローゼ気味になっていた。そんなときに攻略対象以外で初めて声をかけてくれたのがリシアだった。攻略対象と話しているときは親の仇を前にしたときのような目で睨んでくる女子も、なぜかリシアとタメで話していても全く睨んでこないので、リシアとは気軽に話せた。
そしてさらに二か月が経ったころ、私は衝撃の事実を知ることになる。
進級してから初めてのテストで、私は20位以内に入った。300人中なのでまずまずの結果だ。私は記憶力はいい方なので、毎回このくらいの成績は取っている。
そして衝撃の事実なのだが、リシアは281位だった。まさかのワースト20位だ。公爵令嬢なのだから少なくとも10位以内には入っていると思っていた。「昔から剣ばかりやっていたから、勉学は苦手なんだ」なんて照れたように言っていたが、かなりやばいと思う。リシアは当然追試があったので、勉強を見てやることにした。のだが……。
「ええっと、981年にサンダー王誕生……?」
「違う!それは891年!」
「んーと、ここの答えは3……?」
「違う!そこは15!」
想像以上だった。想像以上にコイツはアホだった。これはもう追試もだめかもしれない……と思い始めたとき、奴が言った。
「いや~、アンナは本当に頭がいいなあ。はっ、そうだ、もしかしてアンナが賢者殿なのでは……?」
「は?」
いや、こいつがちょっと中二病に片足突っ込んでたのは知っていた。冒険者ギルドに登録して魔物を狩りたいとか、いつか魔王を倒すんだ、とかたびたび言っていたのだ。
「いや、実はな、ここだけの話なんだが……」
リシアは声を潜めた。
「実は私は、異世界から転生したんだ。勇者として、魔王を倒すために」
「は?」
「それで、魔王を倒すために仲間を集めなければならないんだ。賢者と戦士と僧侶をな」
「は?」
「しかしこの身分のためになかなか仲間集めが出来なかったんだ。自分なりに鍛えてはいたんだが……。そうか、仲間とは意外と近くにいるものなんだな」
「は?」
「そういうわけで、アンナ、いや賢者殿、私と一緒に魔王討伐の旅に出てほしい」
「は?」
当然ながら、この世界に魔王など存在しない。ここは乙女ゲーの世界なのだ。それをこいつはなんか勘違いしているらしい。
「あの、ちょっと待って。色々突っ込みたいんだけど、とりあえず魔王はいないから、安心して」
残酷なようだが、事実を伝えてみた。現実を突きつければ目が覚めるんじゃないか、という淡い期待は、次の瞬間崩れ去った。
「いや、今は復活していなくとも、多分あと数年後には強大な力とともに復活するはずだ」
「……えーと、その根拠は?」
「勘だ」
……はあ。これだからは中二は。
「少なくとも私は賢者じゃない!」
「いや、アンナほど頭脳明晰で魔術にも秀でている者など他にいない!アンナこそ賢者殿だ!」
……まあ、褒められて悪い気はしないが。いや、流されてはいけない。
「賢者じゃないって言ってんでしょーが!」
この日から私はこの中二病から賢者殿と呼ばれるようになった。そして私のあだ名が「賢者殿(笑)」になるのもそう時間はかからなかった。
そして現在に至る。
「それにしても、あいつら馬鹿よね~。いや、ゲーム補正か……?」
後半は小声でアンナが言った。今は保健室でリシアと駄弁っているところだ。
「うむ、ロープなしでバンジージャンプをするとは賢者殿もなかなかやるな」
「あれどう考えてもバンジージャンプじゃないでしょ! 突き落とされたのよ!」
「なんと……」
リシアは驚愕に目を見開いた。
「そんなやつがいるとは……。成敗してやる!」
「あんたは余計なことしなくていいから」
アンナは呆れながら言った。
「しかし……」
「まあ、私を突き飛ばした奴らは刑事告訴してやるけどね」
アンナはくくく、と悪役さながらに笑った。
「刑事告訴?」
「当たり前でしょ? 私を殺そうとしたんだから。殺人未遂よ」
実際には殺そうとしたのではなく、口論をしているうちに勢いで突き飛ばしてしまったのだが、アンナから見れば同じである。
「しかし、彼女は侯爵令嬢だろう? もみ消されるのでは?」
「あら、頭空っぽのあんたでもそういうことは思いつくのね。でも大丈夫。こんなときこそあの馬鹿どもを使えばいいのよ」
「馬鹿ども…? そういえば、あの金髪の男が変なことを言っていたな。私が婚約者だとか」
「ああ、あの馬鹿王子ね。あいつはあんたのこと未だに婚約者だと思ってる大馬鹿よ。婚約する直前に白紙になったのにね」
そうだったか? と首を傾げるリシアに対し、アンナはため息をついた。
「有名な話じゃない。あんたの中二病化と婚約の白紙はセットで語り継がれてるのよ」
「そうだったのか」
といいつもリシアは興味なさそうである。
「そんなことより、ギルドに行ってクエストを受けに行かないか? 賢者殿」
アンナはすうっと息を吸い込んで言った。
「だから……、私は賢者じゃないって言ってんでしょーが!!」