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アオムシの自殺未遂 (㊟自殺願望のある方以外は決して読まないで下さい)

作者: 〜ちあき〜

 この物語は、「死にたい!」と思っている身も心も疲れてしまったあなただけに、そっと教える『アオムシの世界』のお話です。


 極秘情報が含まれていますので、「死にたい!」なんて思ってもいない、身も心も元気ハツラツな方が誤って読むことのないよう、くれぐれもご注意下さい。


 昆虫であるアオムシと私たち人間は、まったく共通点などないように思えますが、実は非常によく似ています。

 一体どこが似ているのかって?

 それは‥‥‥







「ボクたちは何のために生きているんだろう‥‥」


 弟は葉っぱを食べるのを止めると、思いつめた様子で言いました。

 兄は、豪快に食べながら答えます。


「そんな余計なことを考えるヒマがあったらさっさと食えよ! がむしゃらに食って生きる、それでいいんだ!」


 弟は兄の言葉に納得できません。


「葉っぱを食べて糞をして、また食べて糞をして‥‥。この繰り返しの毎日に、兄さんは疑問を持ったことはないの? ボクはいつも考えてしまうよ。ボクがこの世に生まれてきた意味を。なぜ必死に生きなきゃならないの? ボクたちはどうせ死ぬのに‥‥」


「そんな先のこと‥‥おまえはまだ考えなくていいんだ!」


 決して食べるのを止めようとしない兄に、弟は声を大きくしました。


「実はボク、もう全部知っているんだ。アオムシがミイラになって死ぬってこと!」


 兄の動きが突然止まります。


「な、な、なんのことだ?」


「とぼけないで。ボク昨日、兄さんの友達が死んだのを見たよ。白い糸を吐いて、それを自分の体にぐるぐると巻きつけて、ミイラみたいになってね‥‥。ボクたちは、あんなふうに死ぬんだね。気持ち悪い‥‥」


「おまえ‥‥ミイラを見ちまったのか‥‥」


 兄は動揺を隠せません。

 白いミイラに変貌していく、あの恐ろしい光景を弟は見てしまったのです。

 まだ幼い弟には教えたくなかった、残酷すぎるアオムシの最期ーー


「そ、そんな悪夢、忘れちまえ! 誰だってミイラになんかなりたくねぇ。死にたくねぇよ。でも‥‥覚悟だけはしておけ。もし口から白い糸が出たら‥‥ジタバタするな。もがいても叫んでも、この運命から逃れることはできねぇからな!」


 弟は黙ったまま、深いため息をつきました。



 そう、アオムシは自分たちが蝶の幼虫であることを、まだ知らないのです。


 サナギになった時に死んだように動かなくなるのを、『死』なのだと誤解しているのでした。



 次の日のことです。

 兄がサナギになり始めました。弟はパニック状態です。


「兄さん! ボクを置いて死なないで!」


「オレは‥‥もうだめだ‥‥。口から白い糸が止まらない。おまえは見るんじゃない! あっちへ行け! ここへは二度と来るな!」


 兄は自分の無惨な姿を見せまいと弟を遠ざけ、弟は泣きながらその場を去りました。


 その後、兄が完全にミイラ化したという知らせを受けた弟は、強いショックから立ち直ることができません。


「もうアオムシなんてウンザリだ。生きていても何の意味もない。死んでやる!」



 弟は死に場所を求めて、近くにある大きな木に登り始めました。

 一番上から飛び降りて、死ぬつもりなのです。 

 しかし、何日もかけて一番上まで辿り着いた弟は、そこから見下ろす壮大で神秘的な光景に、驚きを隠せません。

 遥か遠くに連なる山々や、彩り豊かに咲く花々、池では揺れる水面が太陽光を反射してキラキラ光り、魚や鳥たちの気配がします。


「すごい! 世界がこんなに大きいなんて! こんな美しい世界があったなんて! 知らなかった‥‥」 


 それは、地面に近い世界しか知らないアオムシが生まれて初めて見る、『未知の世界』そのものだったのです。







「そうだ、おまえは幼虫だから、まだ何も知らないんだ!」

 

 突然、背後から声がしました。

 アオムシの兄の声に似ています。

 弟は驚いて振り返りましたが姿はありません。


 どこから聞こえてくるのでしょう。

 近くにいるのは、大きな羽を広げて飛んでいる蝶だけです。


「おまえはバカか? 自殺する気か?」


やっぱり!

間違いありません!

ぶっきらぼうな口調の裏に優しさが見え隠れする、この声‥‥。


「兄さん?! 生きていたの?!」


 弟は、その蝶が兄だと確信しました。


「オレが誰だっていい、よく聞け。アオムシは蝶に成長する。死ぬんじゃないんだ。あの白いミイラの中で、幼虫から成虫に変化する。自殺なんかしたら蝶になれないぞ。もう少しの辛抱だ、最後まで頑張って生きろ!」


 弟は嬉しくてたまりません。

 兄がまだ生きていること、そしてアオムシの明るい未来を知ったのですから。


「ボク、蝶になれるの? 蝶に成長して、この大きな世界で暮らせるの? すごいよ! 夢みたいだ!」


 晴れやかな笑顔を取り戻した弟を見て、兄は安心して飛び去って行きました。





「あぁ! 待ち遠しい! ボクも早く白い糸を吐きたいよ!」


 もはや白いミイラは弟の憧れに変わりました。

 アオムシの常識は、見事に覆されました。

 そうです! アオムシは死なないのです!

 それどころか蝶に生まれ変わり、素晴らしい第二の人生を生きられるのです!





 急いで木を下りた弟は、すぐにアオムシの仲間のもとへ向かいました。

 もちろん、この事実を話してみんなを喜ばせるためです。

しかし‥‥誰も信じません。


「幽霊でも見たんじゃないか?」

「かわいそうに。頭がイカれてる」

「うまい話には気をつけろよ! 何でも信じちゃ痛い目みるよ!」


 みんなに猛反論されているうちに、弟にも徐々に疑いの気持ちが芽生え始めてきました。


 ‥‥確かに、みんなの言う通りだ。

 こんなブサイクなアオムシが、あの美しい蝶になる? 

ミミズじゃなくて?

 地を這うアオムシが、背中の羽で空を自由に飛べるようになる?

 しかも花の蜜まで吸う?


‥‥冷静に考えれば考えるほど、完全におかしい。

やっぱり‥‥怪しすぎる。


 そうだ、あの時‥‥。

 木の上まで必死で辿り着いたボクは、ひどく疲れていて脱水状態だったのかもしれない。

 兄さんを失い、身も心もボロボロだったボクの精神状態は、正常だったとは到底言えないだろう。

 と言うことは‥‥。

モウロウとする意識の中で、ボクはきっと幻想を見たんだ。

 すべては‥‥幻だった‥‥。


 



 それから数日が過ぎた頃、とうとう弟も白い糸を吐き始めました。

口から出続ける糸を体にぐるぐると巻きつけるのはアオムシの本能のようです。

 弟は無意識のうちに、白い物体に変わっていました。

 そうです、ミイラの完成です。


身動きが取れず、強烈な眠気に襲われ、そして、薄れていく意識の中で弟は思います。


 これから、ボクはどうなるのかな。

 このまま死ぬのか、それとも‥‥。

 

 弟は意識を失いました。





 数日後ーー


 ボク‥‥死んでいない!


 目覚めた弟の背中には、まだ柔らかい羽がありました。すらりと長くなった手足も。

蝶に成長したのです!



「!!!!!」


 言葉も出ません。

 興奮が止まりません。

 弟は心の底から感動に震えました。


 あの日の記憶が鮮明によみがえってきます。

 木の上から見た、壮大で美しい未知の世界。

 そして、頑張って生きろと教えてくれた、蝶の兄。

 やはりあれは、幻ではなかったのです。


 もしも、あのまま自殺していたら‥‥。

 弟は考えてぞっとします。そして決意します。


 今度こそ仲間に真実を教えよう! アオムシの明るい未来を! みんな喜ぶぞ! 

今のボクを見れば、絶対に信じるはずだから!


弟は柔らかな羽をゆっくりと広げると、仲間のもとへ飛び立とうとしました。

 しかしそこに再び兄が現れます。弟が蝶に成長するのをずっと待っていたようでした。

 兄は大きな羽を自在に操り、弟の前にすばやく降りて来ると言いました。


「やめとけ! 余計なことはするな。悩んで自殺しようとするバカなアオムシなんて、おまえ以外いないから!」


 弟は大きく胸を張って答えます。


「兄さん! それでもボクは行くよ。行かなきゃならないんだ。それがきっとボクの使命だと思うから!」


 優しく正義感あふれる弟の性格を、兄は知っていました。だから弟を止めるために待っていたのです。

 兄は厳しく言い放ちます。


「やめろ! 最高の楽しみを奪うな!」


「楽しみを奪う? 何が? どういうこと?」


 弟にはさっぱり意味がわかりません。仲間が喜ぶことをして、何が悪いのでしょう?


「わからないのか? 蝶になった時、魂が震えるような感動を味わっただろ? あのこの上ない喜びは、サプライズでしか味わえないんだ」


「サプライズ?」


「あぁ。これは神様からのサプライズなんだ。蝶になることを知らなかったからこそ、あの極上の興奮、喜び、感動を得られるんだ。大きな驚きとセットで」


「でも、知っていても感動するよ。確かに、大きな驚きセットは無くなるかもしれないけど‥‥」


 兄はため息をつきます。


「おまえは物語を読む時、結末を先に読みたいか? 推理小説の犯人を先に知りたいのか? ミステリー小説のミステリアスな謎を解明してから小説を読むのか?」


 弟は絶句しました。兄は続けます。


「先がわからないから面白いし興奮するんだろ? そして感動する。未来は知らない方がいいんだ。わかるか?」


 弟の表情が変わりました。


「うん‥‥確かにボク、自分がどうなってしまうのか不安だったから、そのぶん、蝶になれた時の感動も大きかったかもしれない」


 兄は笑みを浮かべます。


「まっ、そういうことだ。一番オイシイ、一番最後の『大どんでん返し』を先に教えてしまうような、バカなマネはするなよ!」


 そう言って兄が飛び立つと、弟も後を追ってふわりと舞い上がりました。


「うん。最高の感動を奪わないために!」


 壮大で素晴らしい世界が再び、弟の目に飛び込んできます。

 そして下には、一生懸命に葉を食べ続けているアオムシたちが見えます。

 弟は心の中で叫びながら、仲間たちに別れを告げました。


 自殺なんかするなよ〜! 

 あきらめずに生きろよ〜!






 そうなのです! 実は人間も同じ!

 だから生きることを絶対にあきらめないで!

 

 人間も幼虫のようなもので、この世界の仕組みをまだ知りません。

 だから繰り返しの毎日にウンザリし、生きている意味がわからず嘆くのです。


 しかし、あきらめずに最後まで生きた人間には、最高のサプライズが待っています!


 



 生きてさえいれば、必ず成長します。

 何歳であろうと心が成長するのです。


 そうやって人間は成長を続け、ある時期が訪れると、もっと成長するために、違う形態の生命体へと変化を遂げます。


 アオムシがサナギ状態を経て蝶に変わるのと同じように、人間は、『死』と呼ばれている状態を経て、『命』の形を変えるのです。



 そう、私たちは死なないのです!

 幼虫状態から成長を遂げて、成虫状態になるだけなのです!

 

 醜い人間とは似ても似つかぬ、それはそれは美しい生命体になるでしょう。

 人間の肉眼では見えない、眩しく輝く生命体です。

 例えるなら‥‥まるで光のような。


 そして、地を這うように暮らしてきた、この三次元の世界を離れ、壮大な未知の世界に解き放たれます。

 

 その瞬間を想像できますか?

 魂が震えるほどの興奮と感動が得られるのは間違いないでしょう!





 ですから、とにかく最後まで生きて下さい。

 アオムシは途中であきらめたら蝶になれません。

 後悔しないで下さい。


そして、約束して下さい。

この話を決して他の人には話さないことを。


あなたが自殺する危険を回避するために、最終手段として、特別に与えた情報なのです。

 何があってもこの真実を広めてはなりません。

 

 これは『サプライズ』なのですから。




     〈完〉



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― 新着の感想 ―
[良い点] 生きる意味を見いだせないアオムシに蝶になるというサプライズを教えて生きる希望を持たせた点。文体も絵本みたく読みやすい。 [気になる点] アオムシが蝶になるのを人間の死に準え、死はむしろサプ…
[良い点] 『アオムシ』という 身近な生き物と人生を 上手く 対比させて 命の大切さを 説教臭くなく 表現しておられます。 弟が 自殺しようと 高い所から生まれて初めて見た 雄大な景色 感動…
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