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episode07

 デュアルは状況把握に冷静だった。

 忘却の犬の前で、敵は三人。一人は処刑人ドッグのガスマスク。もう一人は見知らぬ男のモズク。そして殺害目標である木村だ。会話の対人関係を踏まえると、木村とモズクには接点がありそうだ。因縁なのかは知らないが、男を利用して木村を殺すという手段も良い。

 ――俺はあくまでクールだ

 常日頃から、子供っぽい口調を心がける理由は何か。単純に、相手が油断するからだ。

 ガキっぽいという印象だけで、人間は思考力や決断力、自制心が低いと判断する。それは間違いである。何事も、眼に見える者だけで判断してはいけないのだ。

 急に炸裂音が響き渡って、木村とモズクに微妙な変化があった。恐らく、木村にも変化があると言うことは、彼が想定していない出来事。ちらと、ガスマスク男を確認したが、当然の如く顔の表情は認識できない。

 そこでふと、彼はトリプルによる義足兵器タイガーの高エネルギー炸裂ビーム砲かと考える。何らかの敵と交戦した可能性。もし仮にそうだとしても、トリプルが負けることはないだろう。この問題はひとまず置いて、ガスマスク男に注意を向けた。

「んで、さっきから何もしゃべらない案山子は誰だよ? 動くオブジェじゃないんだろォ?」

 妙だった。ガスマスク男の沈黙が気になる。何か言動があれば、性格の一片が垣間見えるはずなのだが――。

「……」

 ガスマスク男は、声を発さなかった。沈黙を保ち続け、異様な存在感を放っている。

モク早く助けてくれェ!」

 敵とすらカウントされない男。情けない姿で、救助を求める男は、良い働きをしてくれた。

「へぇ、あんたモクって言うんだ」

 情報を一つ入手だ。名前さえ分かれば、後で情報収集に役立つだろう。

 それにしても、木村の前ですがり付く男。切実に味方でなくて良かったと思った。

 仮に幸運の女神が存在するならば、この男に雇われなくて良かったと感謝したい。

「おい、泣虫ベイビー。俺にもそのモクとやらを紹介してくれや……。一人で来いと言ったはずだが、信頼を壊してまで、連れてきたかったんだろ……?」

 木村は拳銃を泣虫ベイビーと呼んだ男の額に突き付けた。その途端、泣虫ベイビーは涙目となり、口をわなわなと震わせている。横目でモクの方面に助け舟を要求したようだが、依然として立ち尽くしたままのモクは動かない。

「早くしろ……。時間は止まっちゃくれねぇんだ……」

 木村は泣虫ベイビーの額を突くように銃口を押し付けた。ひぃと悲鳴を上げて、彼は手を挙げる。その様があまりにも情けないものだから、むしろ救ってあげた方が良いのではないかと思わせるほどだ。まぁ、迷える子羊を案内してやるほどお人好しでもない。

「待て」

 そこで初めて、モクが口を開く。低い声だが、比較的聞き取りやすい発音である。

 推測するに、モク泣虫ベイビーから雇われた。何かしらの役割があり、彼も泣虫ベイビーには死んで欲しくないのだろう。ゆえに、泣虫ベイビーの尻拭いをされている。悲惨なものだ。

「俺は護衛を依頼されただけだ。そこの泣虫ベイビーを慕った部下じゃないことだけは分かって欲しい。最終目的はそいつの命じゃなく、報酬の金だ」

「ま、そりゃそうだ。こんな負け犬、誰が好き好んで助けるかよ」

 デュアルは笑って見せる。割と本心から出た言葉でもあった。

「それじゃ、ここで整理と行こうか」

 もじゃもじゃ頭で、猫背のモズクが言う。

「俺は木村を刑務所にぶち込めれば良いんだ。たっぷりと、牢屋暮らしを満喫して欲しいだけさ」

 モズクは拳銃を手の中で回転させ、構える。拳銃は今どき古いリボルバー。

「奇遇だねぇ、俺もその木村のあんちゃんを死神に引き渡さなきゃならねぇのさ。そうしなきゃ俺たちがあの世行きだぜ」

 肩をすくめてデュアルは答える。後で『俺たち』と言う、複数だと匂わせる言動に後悔したが、今の状況にはさほど影響が無さそうである。

「へっ、両手に華なら嬉しいんだがな……。あいにく俺は同性愛じゃない。それに心境をさらけだす度胸もないんでな。俺はパスだ……」

 木村はあくまで取引の詳細を誤魔化す気でいるらしい。手に持った自動拳銃をゆったりと、泣虫ベイビーの口の中に押し込める。

「大変、言いにくい所だが、俺は護衛がメインだ。あんたたちとは争う気がない。情けない男の短い命を、少し延長させるだけの仕事だ」

 モクがロングコートの中に手を忍び込ませる。

「おっと、それは無理な相談だ。この泣虫ベイビー野郎は約束を破った……。信頼だよ、信頼。人間にとって、一番重要なことは信頼だ。そいつに背中を預けられるかどうか。その基準で、人間はそいつを必要かどうか判断する……。残念ながら、この泣虫ベイビー野郎は背中どころか、荷物ひとつ預けられやしねぇ……」

 木村は、引き金に微妙な具合で力を込める。激鉄が降りるかどうかの微妙なラインだ。

 ガタガタと口元を震わせながら、泣虫ベイビーは涙目になる。

 そこまで死への執着が強いのか。人間、死を目の前にすると、二種類の人間がいるはずだ。モクはそう思っていた。生の執着心に囚われ、命乞いをする奴。その反対が、満足して世に別れを告げる者である。死ぬか生きるか。その境界線で、人間の価値観が露わになる。

 死神と面接をした際に、土下座をする人間は間違いなく愚者だ。片道切符しかない人生において、停車を恐れる人間にはやましい心がある。怠慢、妥協、安定、抑制、逃避――人生を量産型の列車に改造する悪魔の言葉。モクははっきり言って、死が怖くない。一番恐ろしいのは、その他大勢の群衆と軍隊歩行をすることだ。右向け右。左向け左。みんなが一様に、機械の如く同じ方向へ転換する。周囲の人間が一斉に自殺すれば、一員である個も集団自殺の一部分になる。愛は正義だと周りの人間が口々に叫べば、愛は正義としか思えなくなる。

 まるで洗脳だ。そして常識や当たり前、と言った首輪に縛られた人間は、まず間違いなく生にしがみ付く。それは生きること自体が真理だからだ。だがモクはある時、気が付いた。

 いつ死ぬかが問題なのではない。どう生きるかが問題なのである。

 その答えにたどり着いて以来、モクは死を恐れなくなった。

 今の泣虫ベイビーを見ると、過去の自分と対面した気分になる。胸糞悪い。

 だが、彼はそこで問う。はたして、そこで依頼人を見捨てることは、許せるのか。道徳や、人情などの基準ではない。自分が、自分を包容できるか、叱咤するかの違いだ。

 泣虫ベイビーは少なからず、信頼という絆を付与してくれた。数いる処刑人ドッグの中で、わざわざ自分を選んでくれた。その恩を平然と切り捨てられるのか。モクは自問自答してみる。

 答えは、ノーだ。

「俺の主を殺せば、鎖を外したも同意だ。もし仮に、その引き金を引けば、俺の牙がお前の喉もとまで届く。今すぐ銃を仕舞って、帰れ」

 低い声で、モクは言い放つ。ガスマスクの奥がぎらりと光る。

 木村は、ガスマスクの奥は見えない。だが、しかと噛み付く獣の眼を感じた。

「俺も仕事でやってるんだ……。お前の個人的な主張で、進路を変えられるわけじゃねぇ。ぶっ殺すと決めたら、ぶっ殺す。男に二言はないんだ。もし仮に、偽りがあれば、俺は今からニューハーフになってやる……」

 木村も対抗心を燃やし、銃口を泣虫ベイビーの喉仏に押し込んだ。嘔吐の際にあげるような声。下品なカエルにも似た鳴き声だった。目からは涙をこぼし、苦しそうな表情をしている。

「利害対立は好まないが、致し方ない。勝つか負けるか、これも人生の一つ」

 モクは覚悟した。交渉を決裂とあれば、暴力で意見を主張するしかない。

 最後の最後で、一番の権力は道徳や神ではない――暴力なのだ。

「悪いが、俺の人生に敗北の文字はない……。必ず、勝つ。それが俺の信条だ」

「おいおい、本当かよ。相変わらず詐欺師顔負けの嘘つきだな」

 モズクは呆れながら笑っている。乾いた声だった。

「なら、勝負するか? 順番に木村と対決すんだよ。この切り傷兄ちゃんに敗北の文字を教え込んだ奴が優勝だぜ」

 デュアルは、やる気満々と言った表情で、指関節を鳴らす。

「俺がそんな茶番を付き合う顔に見えるか……?」

「逃げんのかよ。腰抜けやろうが」

「逆だ。お前らが逃げるのさ……。狩場に迷い込んだ小鹿みたくな」

 木村がパチンと指を鳴らすと、状況に変化があった。

 何者かが降ってきたのだ。廃墟ビルの屋上から、黒いバイクが飛んでくる。

 巨大な車体をした漆黒バイクは、地面にそのまま降り立った。地面を巨大な鉄槌で砕いたようなクレーター。バイクの足元から伸びるヒビの茨。像がジャンプした音に近い重音が響き渡った。廃墟群を崩壊させる津波のような音だ。

 モクはバイクに居座る人物を見て、驚く。

「来やがったか、海賊亡霊ゴーストライダーさんよォ」

 デュアルは、遅れて登場したヒーローに挨拶するかのような口ぶりだった。

 何と、荒々しい風貌の黒いバイクに、骸骨が座っている。文字通り、骨の指でグリップを握りしめ、輝く紅蓮の眼。口は冥界に繋がる門。彼が口を開け閉めする度に、業火の炎が飛び出している。キャプテンハットを頭に乗せ、腰には禍々しい妖気を放つサーベルだ。

「これが俺の用心棒さ」

 木村は撃った。泣虫ベイビーの口内に、弾丸を喰わせた。その弾丸を喰いきれない彼は、そのまま頭蓋の後ろまで貫通させ、白目を剥く。がくんと身体が背中から倒れ込む。

 迂闊だった。モクは完全に意識を彼から外していた。

 突如として現れた新手に、モクは状況整理を強いられたのだ。奴は何者だ、と短い刹那の中で考える。その間に、木村は拳銃の引き金を引いていた。

「クソッ」

 咄嗟にモクがワイヤー付きの義手ボウガンを発射する。唸るワイヤー。空気を切り裂いて木村を目指す矢。その先端は槍のようでもある。だが、相手の肉体を貫いた後、その槍は展開するのだ。逆向きに針の花が開く。そして刺さったが最後、逃れられない。

彼は捕獲を得意とする処刑人ドッグだった。相手を一撃で仕留めるヒットマンと言うより、徹底的に追い詰めるハンターに近い。緻密に罠を張り巡らし、執拗に追いかけ、精神を腐らせる。相手が真に弱音を吐いた時、その瞬間には彼の手が迫っているのだ。今まで、彼の狩猟から逃れた者はいない。いずれも塵となって世間から姿を消した。

 木村に解き放った義手ボウガンの手ごたえはある。距離、風、障害。何をとっても、進行する矢を邪魔する要因はなし。このまま行けば、木村は捕獲できるだろう。

 しかし、モクの予想は一瞬にして切り裂かれた。柔軟かつ頑丈と言う理想のワイヤーが、ぷつりと切れたのだ。モク義手ボウガンから切断された矢は、迷路に迷い込んだネズミになった。くねくねと進行方向を変えながら、地面に突き刺さる。

 犯人は海賊亡霊ゴーストライターだった。認識するより早く、彼は行動を起こしていたのだ。人間の反応速度では間に合わない矢のスピード。それを条件反射ほどの俊足で、海賊亡霊ゴーストライダーは飛び、斬り、駆け抜ける。一直線に伸びた射線を、十字に切り抜けたのである。

 まさに圧巻だった。彼は妖艶と邪気を放つサーベルを巧みに使い、強固なワイヤーを切断する。神業だ、と驚いたモクが次に悔しがる瞬間では、海賊亡霊ゴーストライダーは木村の前でサーベルを構えている。

「あばよ、てめぇら」

 木村は海賊亡霊ゴーストライダーが乗ったバイクにまたがり、拳銃をスーツへと仕舞う。収納箱ブラックボックスを片手に、黒の濃いサングラス。彼はこの場から、修羅場とも言える状況から、悠々と去るつもりなのだ。

「待て、木村ッ! こっちの話は終わってないッ!」

 モズクは拳銃を木村へ放つ。それをまた、海賊亡霊ゴーストライダーはサーベルで弾いた。いや、もはや銃弾が弾かれに向かったと見える。サーベルに吸い寄せられる形で、銃弾は跳ね飛ばされるのだ。

果たして紅蓮の眼はどんな速度で世界を把握するのだろう。彼の脳はどんな回路で行動を導き出すのだろう。彼のが動く速さはあまりにも人間離れしている。有りえない反射を見せ、精密なスーパーコンピューターが脳に備わっているのかもしれないと思わせた。

きっと、海賊亡霊ゴーストライダーは別の次元にいるんだ――とモクは予想する。

海賊亡霊ゴーストライダーは生きる時間軸が違うから、こんなにも早く動けるのだ。

「死んだら、美女マリアが待ってるぜ……」

 木村は悪人の笑みでモズクを見て、バイクの電動エンジンを起動させた。

「木村ッ! 最後に答えろッ! お前は誰から染められたんだッ? 誰がお前を黒く濁らせたッ! おいッ!」

 木村は背中を向けて答えた。

「愛さ――」

 それきり木村は返事を返さず、忘却の犬から姿を消した。

 モズクとデュアルは走って追跡を試みるはずだったが、木村の消息を隠す壁が、彼らの前に立ちはだかる。海賊亡霊ゴーストライダーだ。

「どけぇ! 俺の獲物が逃げちまうだろうがッ!」

 デュアルが手を身体の前で振り払い、怒鳴り散らす。

 海賊亡霊ゴーストライダーは返事をした。言語としては機能していない。だが、彼ら木村を追う三人を説得するに十分な返答だった。

 冥界の門を思わせる口。開くたびに青白い炎が、気体を燃焼させる音。

カタカタと彼は首を振動させると、冥界の門を限界まで開門。外界へ飛び出す業火の炎は、彼の口中に凝縮されて、紅蓮の眼がより一層温度をあげ、ついには白く発光し始める。

海賊亡霊ゴーストライダーは身体を天に捧げるように広げ、眩い光輝を星一つない夜空に向けた。

「――ッ!」

 モクは咄嗟に背中を向け走り出す。正体は掴めない。次に発生する展開も予想できない。ただ、死神の危険な香りがするのは確かだった。一様に、デュアルもモズクも走り出している。崩壊寸前の原子炉から逃げ出す従業員さながら。真っ青な顔だった。

 自然界では絶対に聞くことのない、高音の合唱。まるでコウモリの集団が一斉射殺された際にあげる悲鳴。キィーンと鼓膜を苛立たせる不気味な音が、海賊亡霊ゴーストライダーを発信源に鳴り響く。

――ぴたりと音が止む。

先ほどまで、異常現象の渦中だった廃墟群が、一瞬で静かになる。

風が耳を通り過ぎる音まで、聞こえるほどだ。もし一杯のコーヒーと煙草、そしてささやかな星空があれば、朝まで酔いしれるだろう。そのぐらい穏やかな空間に様変わりした。

だが、嵐の直前は静かなのがこの世の理。

海賊亡霊ゴーストライダーは貯め込んだ、超密度に圧縮された高エネルギーを発散させた。まさに彼は動く核爆弾であった。

「まじかよ……ッ!」

「もう一本、吸っておくべきだったか……」

「……ッ!」

デュアル、モズク、モクはそれぞれ死を覚悟した。

彼らの視界に恐怖の白が迫ってくる。死神の吐息が光の速さで彼らを襲う。

廃墟群に抱かれた忘却の犬が、一秒足らずで消え去った夜だった――。


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