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episode03

 混沌三頭ケルベロスには、3つの頭角モニュメントが存在する。街のシンボルとして、中央には神託の犬――唯一ある入地区許可門の前には警告の犬――

 そしてもう一つが、『ナデシコ』の見張っている忘却の犬である。その三頭を指して、第三地区は混沌三頭ケルベロスと呼ばれているのだ。

 第三地区の建設目的は、閉鎖的宗教地区であり、かつてはとある宗教団体が第三地区を仕切っていらしい。そのシンボルとして建造されたのが神託の犬だ。統率者を巫女とし、神の意を司る巫女の発言は絶対であると主張するためのものだったそう。今では彼ら、創設者である宗教団体は文字通り忘却されてしまった。ゆえに、神託の犬は何の意味も持たず、忘却の犬は消え去った宗教団体の歴史を刻みこんでいるのだ。そして警告の犬が、第三地区の凶暴性を他の地区へと知らしめている。

「犬は、とある地区だと食いもんだって、知ってるか?」

 混沌三頭ケルベロスの中で最も廃れた場所。忘却の犬さえも存在を消してしまいそうな、寂れた廃墟群だ。数々の高層ビルも倒壊しており、人が住める場所とも思えない。

「職務に関係のある話でしょうか」

 新米特殊捜査官のナデシコは、暗視スコープを覗く男を見た。欠伸をしながら退屈そうな表情をしている。見るからに脱力した空気が漂ってくる。

「俺たちは誰の犬なのかねぇ。こんな場所まで派遣されてさ……」

 彼の名は『モズク』と言った。本部のセントラル地区から混沌三頭ケルベロスに派遣されて、三年が経つそうだ。公務員が一年でも生存することが難しいこの場所で、三年も生活しているのだから、彼は間違いなくベテランだった。しかし新米であるナデシコには彼の実力が真のものであるか疑問である。

「ナデシコ君が羨ましいよ。義眼センサーのおかげでスコープ要らずだ」

 彼は縮れた不整髪の頭部を掻きながら、二度目の欠伸をした。

自由に伸びたモズクの髪の毛は、くせ毛のおかげで四方八方好き勝手な伸び方をし、湿気の多い場所では膨張しやすい髪質。いくら手入れしてもすぐ暴れ出す始末である。面倒くさがりである彼は、ついに整髪の持続を諦めたらしかった。

 対するナデシコは、きっちり撫でつけられたショートカット。前髪は一律に切られている。

「モズク警部は純正な人間ですよね」

 ナデシコはちらと横目でモズクを盗み見る。暗視眼サーマルから多機能眼ネクストへと変更――結果。モズクの身体をいくら検査したところで、彼の肉体から機械反応も、脳の異常も見当たらない。一般的に、肉体改造を施さない人種で、特殊能力ギミックを持つ人間は、脳波に特質が見られる場合が多いのだが……。モズクは普通の人間。いやむしろ、ただの人間である。何の変哲もない男性。

 にも関わらず、混沌三頭ケルベロスで三年間も捜査官を真っ当できたのはなぜか。

 彼女にはその答えが見当たらなかった。

「君の疑問に代弁するとだ」

 なぜ真意を読まれたのだろうか、とナデシコは内心で驚く。

「俺は人より優れたもんを持ってるのさ」

「と、言いますと」

 おもむろにモズクは硬貨を一枚取り出すと、親指で弾く。ピンと金属音が微かに鳴って、残る余韻――。空中を踊りながら硬貨は一定の高さまで上昇し、引力に負けたところでモズクの手へ戻っていく。そして彼は素早く手の甲へ乗せ、覆い被せる。

「ナデシコ君の眼は優秀だからね。このコインの真実が分かるはずだ。裏か表か……」

「ええ、私の前でコイントスは賭け事になりませんから」

「俺も分かるんだ」

 脱力感のある笑い方で、モズクは言った。

「……?」疑問でナデシコは、微妙に眉をひそめる。

「これは裏だ」

 被せた手の蓋を開ければ、彼の手の甲には裏の面を覗かせる硬貨があった。

 確かに的中させたのは驚く。だが、ただの偶然ではないか。二分の一の確率で正解するのだ。何も変わった事ではない。例え自分の眼が多機能眼ネクストでなくとも、半分の確率で言い当てる事は可能。

 それから、彼はそのコイントスを十回繰り返す。親指で硬貨を跳ねあげては手で覆い、表と裏の答えを述べる。その連続的な行動でありながら、毎回不規則に変化する表裏の結果。ナデシコは多機能眼ネクストのおかげで全問正解したものの、一般的な肉眼で、硬貨の着地した瞬間を精密記憶することは、不可能に思われる。

 だが驚愕すべきことに――彼も全ての回数で裏表を言い当てたのだった。全問正解である。

「眼に見えない……力?」

「そう、俺は特殊な能力を持っているのさ」

「し、しかしモクズ警部の脳波には異常が見当たりません。超能力ギミックがないとの診断もでました。いったい……」

「――運さ」短くモズクは言った。

幸福ラッキー?」

「俺は才能があるわけでもなく、超能力ギミックがあるわけでもない。ただ運が――良いのさ。幸運の女神かは知らないが、俺の背中には見えない力があるらしい」

 あまりにも現実味がなく、ナデシコは信じられない。

「――なんてな、冗談だ」

 ふいにモズクは噴き出して、前言を撤回し出すので、彼女は増々と疑問に思う。

「実はイカサマしたのさ」

「私の眼が欺かれたと言うのですか?」

「本当はこのコインに細工がしてあるんだ」

「細工、とは?」

「それは犯行現場を取り押さえてからのお楽しみさ、ナデシコ君」

 モズクの視線を辿ると、廃墟群の広場にある忘却の犬前で、人影が現れる。

 短髪にスーツ姿。頬に切り傷があり、赤い眼をした男。多機能眼ネクストの倍率を引き上げて、顔を確認する。間違いない。木村だ。ここ最近、彼と謎の宗教団体との間に、妙な動きがあると報告があった。そのためナデシコたちは、大きな事件を未然に防ぐため、日夜木村の行動を監視しているのだ。

 木村は混沌三頭ケルベロスを牛耳る組織の一つ――極楽道ヘブンズの幹部候補。

 極悪非道な悪事でのし上がり、今では第三地区の実質的なリーダー角になりつつある。

 彼を危険視する貴族アイアンも多く、混沌三頭ケルベロスの中で、一番命の危険がある人物と言えるかもしれない。迂闊に飛び出せば、あっという間に地獄行き。そんなシビアな世界で木村は生きている。調査報告では、とある伝統貴族アンティークが木村の命を狙っているそうだ。ちなみに伝統貴族アンティークとは、古い時代の、今の貴族アイアンとは別の意味で貴族だったものたちである。

「車が来たな。オセロ社の次世代モデルだ。強度防弾ガラス完備に、ハイパー充電式の完全電動車。名前は確か、エレキホースとか言ったかね。俺も一度、乗ってみたいとは思ってたんだ。電動車の癖してニトロ原料並に加速できる化けもんだぞ。一生のうちに、一回ぐらいは加速の世界を味わってみたいね」

 モズクの解説を聞くさなか、ナデシコは木村へと接近する一台の車を観察していた。残念ながら、車体すべてが特殊加工によって内部を透視できない――。なぜ悪事の働きやすい車体設計をするのかと、彼女はオセロ社の開発陣に憤りすら感じる。

「動きますか?」

 車と木村に目を離さず、ナデシコが訊ねる。

今の場所は廃墟ビルだ――二十二階――忘却の犬を鳥瞰できる高さ。

さすがに、この距離では現行犯逮捕も難しいだろう。

「そうだな。コイントスで決めよう」

 あまりにも呑気にモズクが言った。彼女はつい「はい?」とキツめの口調で聞き返してしまう。

「裏だったら様子見。表だったら接近を試みる」

「細工の施されたコイントスに何の意味があるんですか?」

「今度は君のコインでやるんだ。君の運を見せてくれ」と彼はウィンクする。

「分かりました」

 渋い表情で、ナデシコはスーツの胸ポケットから財布を取り出す。中から1ジャズ硬貨を引っ張り出し、早急に宙へ跳ね飛ばした。落下したの見計らって手を覆い被せる。

「表です」

 彼女には分かっていた。開くと、発言通り表の面で硬貨が乗っている。

「良かったな、ナデシコ君」

 モズクは愉快そうに彼女を眺めている。

「私がモズク警部をフォローします。何か怪しい動きがあれば突入をお願いします」

 彼女はスーツの襟についた小さいボタンを押す。すると衣服と身体、床から拾ったスナイパーライフルまでもが点滅し始める。透明になっては虹色の発光。虹色の発光を見せては、透明になる。どうやら彼女は科学迷彩式スーツを着用していたらしい。

「部下に助けられる上司ねぇ。ま、そういうのも良いか」

 脱力的にモズクは笑う。その頃にはすでに、ナデシコの身体は視認不可能となっていた。

 誰もいない暗闇から声が聞こえてくる。

「上司に助けられる部下でいたくない。私はそういう女です」

 いくらモズクが眼を凝らそうとも、声が聞こえる場所には暗闇しかない。

「自分が透明人間にでもなったかと思ったか? ナデシコ君の美しい裸体が、露わになってるぞ」もちろん冗談である。

「い、いやァ!」

 ざっと暗闇の中で何かが動く。モクズの推測では、恐らく彼女が恥部を抑えた際に発生した音だ。胸を手で押さえ、下半身も隠したのだろう。実際には見えていないが、多分、そうに違いない。意外と女の子らしい部分もあるようだ。

「まぁ、冗談だけどな」と軽く鼻で笑う。

「ッ――」

 突然にモクズの頬に衝撃が走った。これまたモクズの冷静なる推測では、羞恥心に顔を赤面させた彼女が、苦し紛れにビンタをしたに違いない。中々、強烈な痛みである。鏡で自分の顔を見れば、手形の赤い痕が残っているように思えた。

「セクハラによる正当防衛ですからッ!」

「よし、その域だ! 頼んだぞッ!」と少し涙目。

「間違って被弾しても知りませんからねッ!」

 カツカツと音が響き、遠くなっていく。随分と怒った様子だ。

 まぁ、距離を深めるにはちょっとした悪戯も必要であると、モクズは考える。

 特に、警戒心の強い部下と親密な連携を取るには、絶対的な信頼が不可欠なのだ。

「にしても――痛いねぇ……」

 もし木村と鉢合わせになり、自分の顔を見たら相手がどう思うか。考えてみる。

 少なくとも、シュールな現場になるには違いない。その時は御得意のジョークで、ひと笑いとって見せますかね、と彼は心に決めたのだった。


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プロットも設定も何も考えず書いてるので、先がどうなるのか。

自分も全く分かりませんが、楽しんで頂ければ幸いです!

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