episode01
試験的な小説です。プロットを立てず、短期間でどのレベルの小説が書けるかという実験を挑戦中。
前はゴテゴテの装飾文体ではなく、あっさりテイストだったのですが、なぜかこってり豚骨の文体になってしまいました。
さて、何日で小説をかき上げられるのか。自分でも分かりませんが、挫折せずに頑張ります。
第三地区――通称、混沌三頭。
高度に発達した科学都市であり、多くの半端者が暮らす不法地帯である。
肉体の一部を機械改造した――半端者の間で、とある噂が混沌三頭を駆け巡っていた。
――海賊亡霊の貴族狩り
半端者の妬みの種。フルチューンした全身機械の貴族。
近頃、その貴族が混沌三頭の各地で斬殺される事件が多発しているのだ。 体内から青白い生命液を垂れ流し、道中であられもない金属を晒す貴族
目撃証言によれば、紅蓮の眼を宿した海賊の仕業だそう。今どき、純正の白骨さえ珍しい時代にサーベルを構えた白骨海賊が貴族を殺す。いや破壊と呼ぶにふさわしい残虐な事件。そのダークな話題は当然、世間を騒がせた。貴族を震え上がらせ、半端者の酒場を盛り上げる。二者択一の畏怖と称賛だ。
莫大な金銭を主張する全身改造の貴族は、やはり快く思っていない。反対に、機械移植時代の幕開けと共に、蔑まれてきた半端者たちは喜びの声を露わにしている。
『生意気 貴族 滅べばいい♪
我らがヒーロー 海賊亡霊♪
明日も殺せ 怨みをはらせ♪
貴族を街から 追い出せ 追い出せ♪』
高らかに半端者たちが歌い上げる地下室の酒場にて。
彼らと同人種である殺し屋――DとTは、渋い顔で店の隅に座っていた。
Dは質素な飲み物である牛乳を口に含む。
真っ赤に染めた鳥の巣頭。挑発的な鋭い目つきを酒場に走らせ、彼は周囲の半端者を観察していた。
「どいつもこいつも中途半端以下のポンコツばっかだな」
義眼で客人の移植割合を確認する。踊り場が設けられたほどの広さ。ざっと三十人はいる客人。移植率が二割越えは数人程度と結果が出る。つまり、三割改造であるDとTが店内で最高クラスの半端者と言うことだ。
「海賊亡霊の懸賞金は?」
下半身の生殖器以外を機械化したTは、機械とは思えぬ所作で、滑らかに足を組む。彼女は少女とも誤解される童顔であり、何人かの視線を感じ取った。
薬物によって朽ちた歯を持つ男。熱い視線を送り続ける三人組。太った店員。
不法地帯である混沌三頭には、異常性欲者がいても不思議ではなかった。
むしろ、処女――身体に全くの手が施されない純正人間な少女――は、絶大な人気がある。専門の風俗店もあるほどだ。
全身改造した貴族には及ばないものの、手付かずの肉体を持つ処女には結構な値打ちが付く。時代が変わり、当たり前であったものがレトロになる。かつては平凡だったものが減少の一途を辿るごとに価値が上がる。当然の成り行きだ。
今や肉体を全く持って改造しない人間と言うのは物珍しい。
「ざっと三億ジャズだぜ。それだけ貴族は相当、びびってるってことさ」
「三億ジャズって言えば、ここらのクズ全員フルチューンしても御釣りが来るじゃない」
Tはふしだらな視線を送り続けるスケベたちに、見下すような眼だ。その冷淡な目つきが、自らへ向けられたと気が付いた男は、なお喜んでいる。
正直なところ、Tは呆れていた。相手を油断させるために、可能な限り処女を装った改造にしてある。見破れないよう発注したのは自分と言えど、度重なる不埒な不幸に合うと、嫌気がさしてくるのだ。いっそのこと、屈強なボディへ全身改造しようか悩むほどである。まぁ、全身改造できるほどの金銭は持ち合わせていない。
「おいおい、浮きすぎだろ」
突然、Dが噴き出した。あくまで眼は笑っていない。
彼の笑いの基準は浅いため、何の興味も湧かないTだったが、ふと視線を追ってみる。Dの眼の先にあるのは、酒場に下りる階段。壁や階段には、様々な壁紙や写真のコラージュが張られていた。薄暗い階段から、二組の客が降りてくる。
大柄なガスマスク男と、高価な黒いドレスの女。並んで、カウンターへ足を運ぶ。
「仮想パーティーでも終えてきたのかしら」
皮肉を込めて、Tは嘲笑った。
ガタイの良いガスマスク男は、黒いロングコートを着込んでいる。二メートルはあると窺える身長が、酒場で印象的なガスマスクを突出させていた。一人だけ塔のような存在なのだ。周囲の視線を集めざる終えない。
心の中でTは危険信号を受信した。奴らはとんだ不発弾。
不用意に刺激すれば、何が起こるか分からない。なぜなら、混沌三頭で目立つ奴は、例外なく狂っているから。なるべく影のように、自然のように街に馴染むのが生きる知恵の一つだ。それを目立ちたがりなDと同じように、命の危険を微塵も感じない馬鹿は触らない方が良い。それが彼女の生き延びるための教訓である。
なるべくローリスクに、人生と言うゲームを勝ち抜く。手堅く、狡猾に、だ。
「ざっとDの評価はどうなの? 仮装面で言えば文句なしの満点だけど」
もう一度、彼女はガスマスクと派手なドレス女を見て、せせら笑った。
珍妙な二組の客は、他の無価値な客を切り裂いて進んでいる。恐らく、何かヤバい要件が合っての事だろう。
「燃えたねぇ、かなり萌えたよ。燃え萌えだ」
Dは義眼で二組の珍客を品定めしている。口元には危険な笑みがあった。Tはふと、不安になる。喧嘩腰の軽いDは強そうな相手を見るとすぐこれだ。何かと冗談を吹っかけては、喧嘩に持ち込む野蛮人。勘弁してほしい、とTは不快感を露わにしながら髪を撫でた。
「何それ? 変に目立つのは止めてよ」
「ガスマスク野郎。改造純度百パーだ。燃えてきたぜ」
「こんな場所で発火しないでちょうだい」
「見たところ、貴族直下の処刑人だ。強いぞォあれは」
Dの義眼では、温度赤外線計測にきっちりとガスマスク男の肉体に証拠が映っている。大体の人間は、身体の一部だけが紫色の半端者だが、男は違った。半分どころではない。全てだ。全身が紫色の機械反応を露わにしている。間違いなく全身武装している処刑人である。
「対する女は、結構可愛いな。処女のくせに、堂々と歩く姿が痺れるねぇ。萌えてきたぜ」
Dが確認した女の肉体は、しっかりと体温反応有り。やや一般的な色よりも赤が濃いが、普通の処女であることに変わりない。
「処刑人と処女の組み合わせか……危険な香りがするわね」
「確かに妙だな。特にあの処女。何で処刑人レベルの輩とすまし顔で歩けるんだよ。裏に特ダネが潜んでいるとしか思えないぜ」
「私たちじゃ敵わないわ。さわらぬ神に祟りなしってところね」
Tは屈むようにして席を立つ。今すぐにでも離れるべきだと、直感が警告している。仕事の最中に厄介ごとはマズイ。殺し屋としての信用にも関わる問題だ。なるべく請け負った仕事は隠密に済ませたい。
「あのガスマスク、そんなに強いか?」
Tは獣の眼をしたDの殺気をむんむんと肌身で感じ取る。
この兆候は嫌な予感だ。彼女の6割近くは不安的中である。そのまま、絵にかいたようなトラブルへと発展する流れ。今回はどうか。
「馬鹿ね。問題はあの処女よ。私の直感が告げている。あの女には近づくなって」
「女の直感は当たるって言うしな。それとも嫉妬か?」
「誰が処女を羨ましがるのよ。第一、私たちの目的は木村よ。仮装好きの変態どもじゃないわ」
「いや、ここは検証すべきだぜ」
Dの裾を引っ張るTをよそに、彼は眼を一点も離さない。獲物を見つけた蛇の睨みで、二組の珍客を捉え続けている。
「何のよ?」
「女の直感が正しいかどうかの検証だ」
「ならもう一つ、私の直感を教えてあげる。あんたは熱しやすいお馬鹿さん」
ハハとDは乾いた笑い声をあげる。
「そりゃ違いねぇ。女の直感がまた一つ検証されたわけだ」
「冗談は依頼が済んでから」
彼女は強引にDを引っ張って、隅の席を離れた。壁を這うようにして、机と客の隙間を縫う。小さな肩から顔左反面だして、Dの様子を窺った。
「そんな切なそうな顔しないでよ」
彼の顔はおもちゃのボールを取り上げられた犬のような顔をしている。情けないゴールデンのような表情だ。見るからに哀愁が漂ってきた。意外とTはそんな彼の切なげな顔が嫌いではない。むしろ好きだ。愛嬌があって可愛らしい。ただし恋愛対象という点で見れば、心ときめくほどではなかった。あくまで残念な弟を見るような母性本能だ。
「だってよォ、退屈じゃんかよォ」
「鬱憤は木村へ晴らせば良いでしょう」
「あーあ、海賊亡霊が会いに来てくれねーかなァ」
Dは若干拗ねた口調で、ぶつぶつと不満を口にしている。
「後で合法薬でも買ってあげるわ」
「え、本当かよ!? それは嬉しいねぇ、涎が出る」
「だから、今は我慢し――」
言い掛けて、Tは何かと接触し、眼を閉じる。それは単純に、彼女の不注意だった。決して彼女が警戒を怠った訳ではない。ただ、男がわざと割って入ったのだ。
彼女の頭の中では、方向進路に障害はなかった。気が付けば進路に男がいた。
「おっと」
反動で後方に傾くT。その肩をDは紳士的な態度で抱き寄せた。
天然素材に拘ったシャンプーで手入れされた彼女の髪は美しい。はらりと黒髪が揺れて、微かに甘い天然植物の香りがDの鼻を喜ばせる。懐かしい、陽だまりのような甘い香りだ。普段のTからは想像もしない柔らかさがあった。
「俺っちは処女が好きなんだ」
大胆に性癖を暴露した男は、薬物症状で歯が抜け落ちた男だった。口は酒臭い。大した密着度でないにも関わらず臭い。綺麗好きなTは吐き気を催した。まるで彼の口からは茶色い汚水が流れているかに見える。
気が付けば、周囲に何人かのにやけ顔があった。太っ腹をした中年の店員に、若い三人組。
DとTは取り囲まれた。合計数は5人。
貧民層が使用する武器が並んでいる。ウィンチェスター、トマホーク、コンバットナイフ、メリケンサック、ワルサー。口からひどい匂いがする男は、コンバットナイフだ。
機敏に手を動かして、Tが着る白いシャツの胸元を切り裂いた。中から黒い下着が露わとなって、周囲からは嫌らしい口笛が響く。性欲を持て余した男たちの下品な視線が、Tの胸元や、小さいヒップ、艶やかな髪へと注がれている。彼女本人からすれば、たまったものではない。吐き気がする。興奮の混じった鼻息が耳障り。
「処女は良いぞォ。半端者と違って、敏感なんだ。ちょっとした悪戯で喘ぐもんだから俺っちも興奮しちまってよォ。前の夜は勢い余って絞殺しちまった。いやァ楽しかったねェ。あの滑らかな肌。思い出すだけで身震いするぞ。あの子、今どうしてるかなァ。天国でもおじさんたちを喜ばせていると良いなァ」
遠い眼で、息の臭い男は笑っている。
「そこの兄ちゃん。ママの家に帰って乳でも吸ってな。ガキが出歩いて良い時間じゃねんだぜ。イヒヒ」
ウィンチェスターを持つハット帽の男が、銃口をDの頬に突き当てる。
「なぁこの髪、凄く綺麗じゃねぇか。ヤッた後に髪切って売れば、一石二鳥じゃねぇの? ブラックパールみたいに輝いてて、マニアにも受けるだろうよ。グヒヒ」
メリケンサックとトマホークを持つ二人が、Tの髪を撫でたり、匂いを嗅いだりしている。その様子を見て、Dは「あーあ」と呟いた。
「ムスコに巻き付けて、俺の匂いを染み付けてやるかァ」
コンバットナイフの臭い男が、チャックを開けながら、Tの髪を口に加える。
その瞬間、Dは垣間見た。獰猛なTを解放した無知な男を――。
冷徹な檻に仕舞われたTの首輪。理性によってきつく結ばれた鋼鉄の首輪を、よりによって最悪な方法で男は解いたのだ。嵐がもうすぐやってくる。肉片をまき散らし、静寂なグロテスクを生み出す激しい嵐だ、もうすぐこの酒場を横断する。
「オーケーオーケー」緊張感を誤魔化すようにDはひきつって笑う。
「てめぇは邪魔だ、殺される前にさっさと失せな!」太った店員が怒鳴る。
「そうだな、死にたくねぇし、この場を去るとするわ。せいぜい楽しいひと時を過ごすこった」
影で顔を隠すTを見た。無言のまま、表情に一切の変化がない。
「外で、待ってるわ。すぐ帰ってこいよ。くれぐれも遊びすぎんな」
真面目な顔でDは話しかけたが、返事はない。もう手遅れだな、と感じ、彼は陽気に口笛を吹きながら、店の階段を上がって行った。ああなったら一巻の終わり。強烈な嵐を止めるのは、いくらDでも不可能だ。彼が唯一出来ることと言えば、その災害に巻き込まれないよう場所を離れることぐらい。
「この酒場は、もっとうるさくなりそうだぜ。全く……」
呆れと期待の双方を含んだ笑み。猫背のまま、酒場の外で煙草の一服。
その頃、酒場の男たちは奇妙な音に眉をひそめている。
「なんだ、何なんだこの高音は!?」
「クソッ。耳がいてぇッ! キーンってうるせぇぞ!」
どこからか、耳をつんざく高音が聞こえてくる。いやTの足元からだ。
男たちは耳を塞ぎながら、痛みにも変わる高音に不安を抱いている。間違いなく自然な音ではない。あまりに凶暴で、刺すような音。
――これはなんだろうか。機械音? 何かが起動する音?
そう疑問を浮かべるハット帽の男は、眼をパッと見開かせる。
――嘘だろ?
先ほどまで下品な笑みを浮かべていたコンバットナイフの男。そいつの頭がない。
手をだらんと垂らし、首から上では赤い噴水。視線の端で見つけた空飛ぶ男の顔。
悪夢がハット帽男の前で広がっていた。
その刹那、男は思う。ああ、人間は非常事態に遭遇すると、本当に動けなくなっちまうんだな、と。足も動かないし、声すら出ない。昔から人の道を外した半端者だとは思っていたが、一応人間だったか……。
「へへ」と無意識な笑い声をあげて彼は――死んだ。
その後、Tの髪に触れた人間は、赤い血を噴き出して地面に倒れた。
彼女の禁忌に触れて、生き残った者はいなかった。
酒場の中は騒然となり、ふいに出現した嵐は、物静かに騒動の中から去ったのだった。
死亡者5名。死因――Tの逆鱗に触れる。
プロットも設定も一切考えないライブ小説なので、口に合わないようでしたらごめんなさい。読者さまを楽しませられるよう努力しますので、末永くお使いいただければ幸いです。