第5話 兄との約束
酒場を意気揚々と走り出ていくデイヴの後ろ姿を目で追いながら、一人ポツンと酒場に残ったエリサは懐かしむように微笑む。
「ほんと、あの子ったら小さい頃のアンタそっくりね。」
酒棚の隅の写真には幼い少女と少年が写っている。
彼女は目線を横に移しながら軽く微笑み、酒瓶を一つ手に取る。
"アイリッシュウイスキー"
「アンタはよくこれを飲んでたっけな….。」
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ライアンの作業場まで向かう最中、デイヴはふと、《《ある場所》》に寄り道していた。
それは、とても見晴らしの良い丘の上だった。
(兄ちゃんはよく、丘の上から遥か前方を指差し、下に臨む家々を見渡しながら僕に色々説明してくれたっけ。)
目を瞑ると、今でも当時の光景を昨日のことのように思い出せた。
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「ここは見晴らしが丘って言うんだよ。俺が名付けた。いい景色だろう?あれが俺たちの家で、それから…」
そうしている時の兄の横顔は、どんな時よりも楽しそうだった。
デイヴもまた、そういう兄を見ている時が一番幸せだった。
ここは、彼の物心がつく前から兄に連れてきてもらっていた場所だった。
兄、テイラーはここが"世界一好きな場所"だとよく言っていた。
弟のデイヴもここが世界一好きな場所だった。
「毎週、必ずここに二人で来ような。俺たちだけの約束だ。」
「うん!」
これ以上に満ち足りた気持ちは無かった。
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デイヴはそっと微笑み、中央の巨木に目をやる。
大木の根元には《《何か》》が埋められていた。
彼はもう一度それを掘り返す。
出てきた物は古びた靴だった。
それは、兄の物だった。
彼はこれを両手で抱え込み、大粒の涙をこぼした。
彼はただ、ただ繰り返し呟いた。
「ごめんなさい…」
彼は本当は直接兄に謝りたかった──。
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兄はいつしか、どういうわけかこの丘に行こう、ともこの丘のことすら何も言わなくなっていた。
そのため、デイヴは一人で丘に行くことが多くなっていた。
しかし、彼は本当は兄と一緒に丘に行きたかった。
ある時、彼は兄に言った。
「あの丘、また兄ちゃんと行きたいな。」
すると、兄からは思っても見ない返事が返ってきたのだ。
「あの丘?何のことを言ってるんだ?」
デイヴはみるみるうちに青ざめた。
母は嘆くように俯いたまま、黙り込んだ。
彼は兄の言葉が信じられなかった。
彼と兄だけの特別な場所。
それを兄が忘れるはずがない、と。
デイヴは悩んだ挙句、あることを思いついた。
兄の靴を黙って持ち出し、例の丘に隠したのだ。
兄は必死に探すだろう、考えるだろう、そうすれば思い出してくれるに違いない。
きっと思い出してくれるはずだ、と。
しかし、兄はとても慌てたが、最後まで例の丘の所を探すことは思いつかなかった。
そのまま天に昇ってしまった。
兄の死の知らせをライアンたちから聞いた途端、彼の心はぐちゃぐちゃになった。
暫くは兄の死を受け入れられなかった。
葬式にも出席することが出来なかった。
一人で部屋で泣き崩れていた。
しかし、いつからか彼はその気持ちを克服できていた。
エリサが足繁く彼の家に通い、兄の英雄譚を彼に語って聞かせたのだ。
最期まで弟たち、守るべき人々全てを忘れずに散っていった兄。
いつしか、彼も兄のような義賊になりたい、と思うようになっていた。
彼は涙を拭い、靴を再び元の位置に戻すと元気な足取りで丘を下り、ライアンの作業場目指して一直線に駆け出す。
胸に輝くネックレスの先に付いているUSBをチラリと見て、彼は呟いた。
「見ててね、兄ちゃん。」




