episode,ⅩⅠ:煮え立つ高熱瀝青
【登場人物】
*釘鎹聖綴(12歳)……身長142cm。赤ん坊の頃、自動車事故により両親を失った唯一の生き残りでキリスト教児童保護施設から脱走し無意識にスラム街に辿り着き、仲良くなったヴェルハルトと犯罪に手を染めながらも人生を謳歌していく。しかし、突然の暴走車にはねられ呆気なく死亡する。
*柊ヴェルハルト(14歳)……身長166cm。日本人の母とフィンランド人の父を持つハーフだが父親を病で失って以来、五人姉弟の真ん中だが居場所を失い家出をしてスラム街で生きていたが聖綴を拾ってその兄貴分となる。聖綴を失ってからは一匹狼として生きる。父の影響でキリスト教信者だが神を信じてはいない。碧眼に長い金髪を後ろ一つに結んだヘアスタイル。
*ナムウドッグ=チリプス・ナタスレグアトサエブ(年齢不詳)……身長198cm。釘鎹聖綴という少年の人生を生きた核なる存在。美麗と醜悪が混ざった外見をしている。自分の存在に疑問を抱く。
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第八圏谷の第四袋に架かる橋の上から、円環状になった堀の底を見ると、涙を流しながら黙々と歩かされている行列が、目に入った。
しかし何かがおかしい。
初めは今まで見て来た様な行列かと思ったが刹那、脳の情報処理が異変を感じ取った為、柊ヴェルハルトは二度見した。
その行列は、後ろ向きに歩いていたからだ。
一体何の為にとヴェルハルトはまじまじと見ると、どうも首が捻じれて頭が真後ろを向いていた。
よって、真後ろに向けた頭のせいで通常の様に正面で歩けないものだから、止む無く後ろ向きで歩いているのであろう。
なのでそんな行列が、涙を目から溢れて零しているものの、背中を濡らして流れていた。
「あれって……やっぱ首が痛くて泣いてるんだよな?」
「だと思うよ」
ヴェルハルトの素朴な意見に、釘鎹聖綴はあっけらかんに答えた。
「で、こいつらは何の罪で?」
「うーん……」
ヴェルハルトと聖綴はそう口にして、頭を傾げると丁度そんな二人の前を通った後ろ歩きの老婆が精一杯の大声で喚いた。
「あたしゃ等は預言者だよ! 占い師もいる‼」
「……そういうのって、地獄に堕ちるのか?」
「人間の分際で神の真似事をしてるって理由じゃない?」
「ふぅ~ん……やーっぱ神って、勝手のいい存在だな」
「うん。後で会いに行くからその時目の前で言ってやろうよ」
「だな」
「神の声を聞いて予言したって言うのに、何で地獄に堕ちなきゃならないんだい‼」
今度は男の占い師が怒鳴った。
「……高い金要求してるからじゃない?」
聖綴の発言に、その占い師はグッと押し黙る。
「どうやら神の声で詐欺宜しくメシウマしてる連中ってわけかこいつら」
「みたいだね。次、行こっか」
こうして二人は、第四濠を出ると、次の第五濠に架かっている橋を渡りその中央で、下の濠を覗き込んで見た。
すると今まで通って来た地獄の状況とは違った雰囲気を感じた。
それはとても怪しく、暗いのだ。
その濠の中では、濃厚な瀝青が泡を出して膨れ上がりながら、沸騰しているだけで周囲には、悪魔の姿も罪人達の姿も全く見当たらないのだ。
濠の中は高熱で沸騰しているが、その中身は瀝青なので真っ黒だ。
そして両壁も瀝青で塗り固められていて、真っ黒だった。
瀝青とは詰まる所の、まだ溶けた状態のアスファルトの事だ。
どうやら暗闇の中に感じ取っていた怪しげな気配とは、そんな暗闇の中に潜む大勢の小悪魔達の存在だったのだ。
故に、ふいに黒い小悪魔が突然、橋の上を走ってやって来た。
如何にも獰猛そうな顔付きをして、仕草も荒々しく翼を広げている。
これに咄嗟に聖綴は、ヴェルハルトの手を取ると身を隠した。
黒い小悪魔は罪人一人を担いで、橋の下に向かって大声で何やら叫んだ。
「おい野郎共っ! こいつは話題になった政治家の老人一人だ‼ いいか! 下に沈めろ‼ 俺はまた取って返す! あの市には獲物がたんまりとある! 某大統領は別格としてどれもこれも汚職収賄の徒だ! "嫌"とは言ったとしても、金次第で首を縦に振る‼」
そうしてその小悪魔は元来た道を戻って行った。
すると空しい呻き声が聞こえ、その方へ視線をやったが大勢の小悪魔がいるのだが、罪人の姿はやはり見当たらない。
だがしかし、よくよく見て原因は判明した。
罪人達は、高熱で真っ黒な溶けた瀝青の中に漬けられ沈められていたのだ。
少しでも身体の一部を出すと、小悪魔達は寄ってたかって鉤棒で引っかけて、底へと沈めている。
「ふぅ~ん……」
聖綴は小さく唸ると、ヴェルハルトを残して唐突に小悪魔達の前に姿を現した。
「あっ、おい聖綴……!」
ヴェルハルトは少し慌てたが、彼が背中越しに手で制するのに気付き、ヴェルハルトは口に手を当てて声を押し殺す。
聖綴の姿を見付けて小悪魔達は、怒り狂って一斉に橋の下から襲いかかった。
何せ物凄い数の小悪魔達の存在に、ヴェルハルトはヒヤヒヤする中で、聖綴は余裕気に声を大にして言った。
「話があるから誰か一人、出て来い‼」
これに、小悪魔達の中で一回り大きい小悪魔が、前に進み出て来た。
「俺の名はマラコーダ。貴様、生者だな⁉」
「そうだ」
「それはいい! ではその血肉を我々に食させれば、その魂、悪い様にはせんと約束しよう……‼」
言ってマラコーダは舌なめずりをした。
周囲の小悪魔達の、ゴクリと唾を飲みこむ喉の音があちらこちらから、響き渡る。
しかしここで聖綴が、不敵に口角を引き上げた。
「それはどうかな……?」
言うと聖綴は、パチンと指を鳴らした。
それに合わせて、せっかく隠れていたヴェルハルトが見えない力で引っ張り出され、聖綴の元へと引きずり出て来た。
「生者がもう一人……‼」
小悪魔達はついぞ、口から涎を垂らす。
ヴェルハルトはやむを得ず、聖綴が求めている事を察して、その両目を片手で隠して核なる存在の名を唱えた。
すると次第に、聖綴の肉体はムクムクと大きくなったかと思うと、バサリと歪な形をした漆黒の翼を広げた。
ナムウドッグ=チリプス・ナタスレグナトサエブの姿に戻った様子に、小悪魔達は目を見開き驚愕を露わに、短くざわめいた。
汚職賄賂は卑怯で下劣な犯罪だ。
この第五袋で刑罰を受けている罪人達も、口の上手い下品な亡者ではあるが、それらに刑罰を与えている小悪魔達も品性が下劣である。
のだが、更にそれを越えているのがこの、ナムウドッグだった。
「この我を知る者はいるか!」
これに大勢の小悪魔達が一斉に、頭をブルブルと横に振った。
「我は自分探しをする為に旅をしている者‼ 我を喰らいたいと⁉ なれば我も貴様等を喰らっていいか‼ ──丁度空腹だ」
途端、まるで害から逃れる鰯の群れの様に、濠の壁や空中をザザザッと一斉に避けた。
「今からこの先を進みたいのだが、通させてもらおう!」
これにマラコーダが端へと移動して、道をナムウドッグへ譲った。
どうやら小悪魔的にも、ナムウドッグの言いようのない強大な力が感じ取れたらしい。
「どど、どうぞお通りくだせぇ……!」
これを確認してから、ナムウドッグは声高に言った。
「我の元を離れるなヴェル‼ 案ずるな! 我が全力でお前を守る‼」
これにヴェルハルトは、ナムウドッグの腕にしがみつく。
「どうぞその人間の片腕だけでも……」
そうしてそぉっと手を伸ばしてきた近くにいた小悪魔を、ナムウドッグが睥睨した。
瞬間、その小悪魔は突如、消滅した。
「ヒ……ッ‼」
これに他の小悪魔達が怯える。
ナムウドッグが眼力で消し炭にしたのだ。
咄嗟にヴェルハルトへ小悪魔達が、喰いかかりそうになる衝動を必死に抑えこんだのは、言うまでもない……。
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