prologue──後編──血を焼く火種
気に入って頂けましたらお気に入り登録をお願いいたします‼
──ドンッ‼
「わっと! ゴメンよ坊や。大丈夫だったかい?」
自分と正面からぶつかって、目の前で尻もちを突いた少年に地下鉄のホームに向かっていたサラリーマンが、手を差し伸べる。
少年はその手を取って立ち上がり、小さく゛すみませんでした"と呟き軽く頭を下げると、その場を走り去った。
中年サラリーマンはそれを確認すると、何事もなかったように先へと進み始める。
これに十数メートル向こうの角で、こっそり覗き見ていた別の少年が出て来るとその中年サラリーマンとぶつかった少年を、手招きして呼び寄せた。
「よし! いいぞいいぞ聖綴! 相手は気付いてねぇ‼」
「ヴェル……‼」
この少年の存在に気付いたその少年は、ここで安堵の笑みを浮かべる。
「どうだ? やったか⁉」
その言葉に、聖綴──少しボサついた襟足長めの黒髪の少年、釘鎹聖綴は相手のヴェルと呼んだ美しい金髪を一つ結びにしている見た目が外国人風の少年へ、手を出して見せた。
そこには黒い長財布があった。
あの中年サラリーマンの物だ。
聖綴が掏ったのだ。
これにヴェルがその財布を受け取り、中身を確認する。
「おお、スッゲ……! あのオッサン、そこそこ稼いでやがる! えっと……──二十万は入ってるぞ! これを俺と聖綴と山分けだ‼」
「おう! ヴェル‼」
そうして二人はハイタッチする。
聖綴と呼ばれた少年は、十二歳。
ヴェルと呼ばれた少年は十四歳だ。
柊ヴェルハルトという名で、フィンランド人の父親を持つハーフであり、この日本で生まれ育った。
不登校の聖綴が街をウロついている時、ヴェルハルトに声をかけられ、そこから二人はつるむようになった。
二人とも周りに誰もおらず、お互い孤独だったがまるで惹かれ合う様に、仲良くなったのだ。
ヴェルハルトもまた、不登校だった。
つるむようになって二年になるが、二人はまるで実の兄弟の様に仲を深めた。
日本の五大都市の内の一つに、スラム化している場所で屯っていた。
聖綴は生まれて間もなく両親を自動車事故で亡くし、唯一生き残って児童施設に入れられたのを、十歳の頃に脱走した。
ヴェルハルトはフィンランド人の父親をやはり病気で亡くし、以来の日本人の母親は風俗の仕事を始めて、家庭は荒んでいた。
聖綴には実際の兄弟はいなかったが、ヴェルハルトには他に四人いた。
上に姉が二人、下に弟が二人だ。
そんな子沢山の家庭の為、母親は風俗の仕事に足を突っ込んだのである。
だが、昼は寝ていて夜は仕事で夜明けまで帰らない。
ヴェルハルトの家は、昼間二人の姉が学校に通いながら下の弟二人を面倒見ていて、丁度真ん中のヴェルハルトに辛く当たっていた。
なので耐え切れなくなったヴェルハルトは、家出をしたのだ。
そして流されるままに、この地方都市のスラム街に辿り着き、偶然同様に流れて来た聖綴を、ヴェルハルトはキャッチしたのだった。
喧嘩や煙草、酒等は当たり前だったが、唯一二人が誓い合っているのは、麻薬だけはしないと約束し合っていた。
「ひとまず一仕事、お疲れ。吸うか?」
ヴェルハルトは紙煙草の箱を、聖綴に差し出す。
「ああ、貰うよ」
言うと聖綴は煙草を一本取り出し、火を点け燻らせる。
「ククク……大概ならもうお前、そんなに身長伸びねぇな。チビのままだ」
歩き出したヴェルハルトの言葉に、聖綴は一緒に歩き出しながら返答する。
「別にデカくなくたっていいさ」
そして地下鉄から地上へ出ると、清々しいまでの青空が二人の少年を、真っ直ぐに見下ろしてきた。
聖綴はヴェルハルトが大好きだった。
本当の兄の様にヴェルハルトを慕った。
二人は道路の向こうに広がるスラムを目指して、青信号に変わった横断歩道を渡り始める。
二十万円の稼ぎをした聖綴は、気分良くヴェルハルトより三歩前を歩いていた。
先程、地下鉄の影でお互い十万円ずつ分け合っていた。
たかが十万、されど十万。
まだ子供でしかもスラム生活をしている聖綴にとって、大金持ちになった気分でいた。
その時だった。
物凄い勢いで車が信号無視して、横断歩道に突っ込んで来た。
「──っ! 聖綴危ねぇっっ‼」
ヴェルハルトが叫ぶ。
しかし無情にも、その車に豪快に跳ねられた。
聖綴はまるで、この青空に飛び込んだかの様に思えた。
美しい青空に、飛び立った様にも思えた。
直後の、強烈な激しい衝撃が聖綴の全身を打った途端、聖綴は自らがとても軽くなったようにも思えた。
「おい! 聖綴! 聖綴しっかりしろ‼ 聖綴‼」
ヴェルハルトが正常とは思えない体勢の聖綴の体を揺さぶり、中心からは真っ赤な血の沼が広がっていた。
聖綴を跳ねた車は、反対車線側の建物に突っ込んで止まっている。
聖綴が宙に舞ったタイミングで、ヴェルハルトと分け合った十万円もポケットから飛び出て宙に舞う。
周囲の人々は跳ねられた聖綴よりも先に、その札へ手を伸ばして追いかけ回していた。
あれだけ警察をいつも避けていたヴェルハルトが、この時ばかりは110番してくれと周りの大人達に頼み、縋っていた。
札に夢中になり、ついうっかり即死した聖綴の肉体を踏みつけたり、躓いている大人達にヴェルハルトが怒鳴っている。
「てめぇら大人は! そこまでして金が欲しいのかよ⁉ だったらこいつもくれてやるっ‼ 死に腐れクソ大人共っっ‼」
ヴェルハルトはそうして自分の十万円も、宙に放った。
聖綴が咥えていた煙草の火が、彼の血溜まりを刹那焼いて、消えた。
「ああ……俺、死んだんだ」
ここまで読んでくださって大変ありがとうございます。
良ければ、「いいね!」もしくは「☆」をよろしくお願いします。
「いいね!」は読者様がどこまで読んだのかの目印にもなって励みになりますのでどうかよろしくです☆




