プロローグ──前編──落下する赤子
お前は皆に愛される。
それはあらゆる全ての存在に。
お前は愛されるであろう。
そしてまた、お前は皆に憎悪される。
それはあらゆる全ての存在に。
お前は憎悪されるであろう。
愛されろ。
愛してる。
愛せよ。
呪われろ。
呪っている。
憎悪せよ。
拒否せよ。
否定せよ。
拒否しろ。
否定しろ。
出でよ。
現れ出でよ。
この世に。
産まれよ。
誕生せよ今すぐにでも。
そうしなくてはならない。
何故ならばお前は、そういう立場であり役割りがあるのだ。
そのように創られた。
ただ一人だけ。
お前自身がお前のみ孤独で。
孤独として孤独であり孤高であるからだ。
それでいて全てが集結した存在だ。
お前は完全であり完璧であるからだ。
幸せ。不幸。喜び。楽しさ。誇り。情熱。勇気。信頼。驚き。感動。愛。友情。憧れ。尊敬。憐れみ。慈悲。感謝。悲しさ。嘆き。諦め。退屈。憂鬱。絶望。怒り。寂しさ。憎しみ。恨み。恥。後悔。恐怖。欲望。野心。執着。嫉妬。軽蔑。郷愁……。
まだまだこんなものじゃない。
人たる感情は多過ぎて、途方に暮れる。
それら全てを凝縮したのが、お前だ。
お前そのものだ。
それらがお前自身だ。
しかしお前はこれら感情を片手の平に、一片たりとも漏らす事なく収縮させて、まるで毒々しい真っ赤に熟れた林檎を握り潰し、砕き散らす事も出来よう。
お前はここで小さくなり、収縮して怯え慄くであろうか。
若しくは一層に大きく膨張し、自信に塗れて胸を張って堂々とするのであろうか。
毒を喰らってその苦しみの中、快楽を覚え生死を彷徨うか。
そうして無事死を乗り越え、生き延びた事への幸福感に心酔いしれるか。
それが癖となり何度も繰り返すか。
一層ここはまず死なせてみるか。
そうしてただの土塊として腐敗させてみるか。
生まれるまで分からない。
産み落ちるまで判らない。
如何なるものか解からない。
どちらにせよ、待つしかない。
恐怖心を募らせ、ここで叩き割るわけにもいくまい。
もし違っていたら大変だ。
殺害の罪を犯してしまう。
でももし、やはり我々の予想通りであったなら……?
それは大変だ大変だ大変だ。
催眠にかかるくらいに大変だ!
……ん? 催眠? どっちがだ?
本当にあっちか?
本当にあっちか?
本当はこっちでは?
そうなのか?
どうなのか?
ん? おい見ろ。
亀裂が入り始めたぞ。
何に?
──我が子として産み落とす『卵』にだ。
誰ぞの卵か。
何ぞの卵か。
こやつめ卵のくせして殻ごと成長しおる。
何者も温めてやらずとも、腐敗せずにも生き延びて。
このハワイアンブルーの色に、金箔が散りばめられた模様。
このような卵、全く見た事もない。
自然が生んだ、芸術の様だ。
それはとてもとても美しい卵と──赤ん坊……‼
白金色の髪。
象牙のように白い肌。
身長60cm。
体重5840g。
美しいまでのフローライトの双眸。
紅を引いたかのような口唇に、まるで桜貝のような爪。
未だ嘗て、これ程までに見目麗しき赤子がこの世全てに、いたであろうか。
しかしこの赤ん坊、他と比べてサイズが大きい方だった。
卵の時点で既に成長していたのもある。
だが普通は卵ごと成長する事例はない。
どういう事だと周囲の者達が、ざわめきどよめく。
そもそもこの卵の産み主はどこの誰だと、騒ぎ始める。
「例の卵が孵化しただと⁉」
そう喚きながら孵化室へと足音高く、足早にやって来る者がいた。
その者の名は。
「はっ! ミカエル様! 只今にて孵化したところです‼」
孵化室へ姿を現したその人物は、ミカエル。
そう。
熾天使の一人である、あのミカエルだ。
その言葉を耳にしつつ、ドーム型のガラスケースの中に収められていた孵化器の上に、卵の欠片と一緒に小さいが大きい方の美しい赤子が、ケースの外をキョトキョトと見回していた。
目も見えて、首も座り、腰も座っていた。
「これは……‼」
ミカエルはその赤子の様子を見るや、眉宇を寄せる。
「その表情……やはりこの赤子、我等天界の者ではないのでしょうか……?」
一人の助産師が恐る恐る、ミカエルへ訊ねる。
するとミカエルは、口を開いた。
「いや、この天界の者でもある」
「ある、と……?」
「ああ。だがしかし、同時に呪いの子でもある」
「ヒ……ッ! 呪いの子ですと……⁉」
「しかしこれだけ美しい卵から産まれた子にも関わらず、とも……?」
助産師達が恐れ多いながらも、ミカエルと言葉を交わす。
しかしミカエルは、それらとの会話を気にせず答えた。
「故に」
ミカエルはその孵化器のガラスケースを取り去ると、その赤子の首元を摘まみ上げた。
「可哀そうだがこの子は、捨てるしかあるまいて」
「捨てる、ですと……⁉」
「何たる惜しい事を……‼」
これにミカエルはフンと鼻を鳴らす。
「呪いと、我等の国と、どっちが大事だ」
「そ、それは勿論……!」
「た、確かに……っ」
「うむ……」
その場にいた者達は、小さくどよめいた。
ミカエルはその赤子を手に、勢い良くあっと言う間に天界の縁に移動し、立っていた。
「残念だ」
ミカエルは言うと、その赤子から手を離した。
集まっていた皆が、声を上げる間もなくその赤子は天界から下へ、落下していった。
赤子はまるで、オオルリの鳴き声の様な声で、恐れる事なくはしゃぎ声を上げていたがやがてそれも、見る見るうちに遠ざかっていった……。
ここまで読んでくださって大変ありがとうございます。
良ければ、「いいね!」もしくは「☆」をよろしくお願いします。




