26.不敬
ポケモンZA楽しいめう〜!
「――っしゃあ! 多分一番乗りィ!!」
全力ダッシュで学校から帰宅し、ささっと課題を終わらせて即ログイン。
恐らく二人よりも早くゲーム世界に乗り込めたであろう確信が持てる。
「って、あれ? 装備が無い?」
ログインしてすぐに違和感に気付く。
自分の身体を見下ろしてみれば、昨日まで身に付けていた胸当て等が無くなっていた。
「――忙しないヤツだな」
まさか難民キャンプでもないのに盗みに入られたかと焦っていると、後ろからそんな声が掛けられる。
「アス――……タ?」
「なんだその間抜けな返事は?」
ソファの後ろにはアスタによく似た少女が腕を組んで立っており、顎を上げて私を見下ろしていた。
「アスタ、だよね?」
「誰の許しを得て直視している? 不敬である。それと私はアスタではない。アスタリアだ」
「ふ、双子さん?」
「否、彼奴と私の関係なぞ其方には関係ないこと」
めっちゃ偉そうなんだけど、何この子……着ている服はアスタと似たような、ちょっとボロい町娘みたいな格好なのに態度がすんごい尊大だ。
喋らなければアスタそのまんまなんだけど、性格が全然違うからちょっと戸惑う。
「貴様らの装備はそこだ、アスタのやつが補修したのだ」
「え? ……あっ、本当だ」
少し離れた場所に私達の装備が綺麗に並べられていた。
激しい戦闘を連続で行ったせいで、買ったばかりなのに既にボロボロになっていた装備が綺麗になり、耐久値も回復している。
それどころか性能が少し向上していて驚く。
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レア度:☆☆☆★★★★★★★
名称:玉鋼の篭手・改
種別:装備品
攻撃力:285
耐久値:600
魔力伝導率:F+
装備条件:筋力500以上
説明:玉鋼で出来た篭手を、魔匠アスタが手入れした物。
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レア度:☆☆☆★★★★★★★
名称:玉鋼の胸当て・改
種別:装備品
防御力:320
耐久値:645
魔力伝導率:F+
装備条件:筋力500以上 耐久250以上
説明:玉鋼の胸当てを、魔匠アスタが手入れした物。
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「お?」
装備を手に取ったらヒラリと手紙が落ちてくる。
それを手に取り読んでみると、そこにはアスタからのメッセージがあった。
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ヒナミさん、ハルカさん、ナナさんへ
勝手に装備を触ってごめんなさい。けど傷んでいたのが魔匠として、どうしても気になってしまいました。
私が勝手にした事ですのでお返しとかは必要ないです。むしろ私のせいで使い心地が悪くなっていたらすぐに言って下さい。直します。
と、こんな事を言っておきながら申し訳ないのですが、私は諸事情で数日ほど家を空けます。装備に問題があれば、私が戻った時にお願いします。
私が居ない間、この家は好きに使って構いません。女性が三人だけで難民キャンプに寝泊まりするのは良くないですから。地下室にさえ入らなければ大丈夫です。
それと、近くにアスタリアが居ると思います。彼女はとても偉そうな態度を取ると思いますが、悪い子じゃないので、どうか仲良くしてくれると嬉しいです。
アスタより
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「……なるほど」
なんだこの子、良い人過ぎないか? 無償で装備を修繕、改修したくれた上に家まで貸してくれるだと?
「めっちゃええ子やん!」
「煩いぞ愚民」
思わず叫んだらアスタリアから怒られた。
アスタに比べてこの子は本当に口が悪いな。
「Bad girl――」
「意味は不明だが、馬鹿にしているのは伝わってくるぞ」
普通にキレられた。
「あら、ヒナミが一番なのね」
そんなやり取りをしてたらナナがログインしてきた。
「さっきぶり! アスタが装備を直してくれたよ!」
「……そう、感謝するわ」
ごく自然にナナはアスタリアへとお礼の言葉を口にする。
「勘違いするなよ娘、私はアスタではない」
「……たった一日でグレたのかしら」
「貴様らは揃いも揃って私を侮辱しおって……不敬であるぞ!」
もぅ〜、すぐキレるんだからぁ。
「ちょっと、私はまだ事情が呑み込めてないのだけど?」
「この方はアスタリアさんって言って、アスタの知り合いらしいよ」
「別人なのね」
「勝手に私の名を他者に伝えるな!」
「あとキレるポイントが独特」
「それを言ったらまたキレるんじゃないかしら」
「貴様ら! そこになおれ!」
おぉ、凄い、ナナの言った通りキレた。
「――っしゃあ! 多分一番乗りィ!!」
「残念! 一番乗りは私だ!」
「なにを〜!? 一番乗りだと思ったのにぃ!」
「一番乗りどころか最後よ」
そうこうしているとハルカもログインしてきた。これで全員が揃ったね。
「あん? ウチの装備は?」
「アスタが直してくれてたよ」
「おぉ、マジか! ありがとな、アスタ!」
「だからっ、私はアスタではない!」
「え? お前はアスタだろ?」
「お前?! 私を指してお前と呼んだのか?!」
あ、ヤバい、またキレる。アスタリアはハルカの素の問い掛けに顔を赤くし、肩をいからせ、握りしめた拳を震わせた。
「えぇい! 無知蒙昧なる蛮人共よ! 我が名を聞き、畏れ、ひれ伏すがいい! 我が名アスタリア! 人類最後の国家を率いる尊き身なるぞ!」
アスタリアは腕を広げ、声高く宣言する。
その姿は正に威風堂々であり、ともすれば本当に偉い人なのではないかと信じてしまいそうなほど。
「なんでそんな偉い奴がこんな所で一人で油売ってるんだよ」
「なぁ!?」
「結局はそこだよね」
日本で例えたら、総理大臣が下町の民家? 小さな工場? にSPも連れずに居る感じだよね? 普通に有り得なくない?
「アスタの知り合いだと云うから大目に見てあげるけれど、傍から見たら痛い子にしか見えないわ」
「わかる、子どもが背伸びしてる感じだよね」
「常識的に考えて国のトップが子どもな訳ないだろ」
「き、貴様らッ――!!」
なんでアスタリアの方が『コイツらマジか!?』みたいな顔して驚いてるんだろう。
「それよりもさ、私はアスタに家賃というか、家を借りるのと装備のお礼をしたいんだけど、お金とかを置いて行けば良いのかな?」
まぁ、アスタリアのごっこ遊びは一旦置いておいて、私はアスタへのお礼の話がしたいんだよね。
「そもそも帝国の通貨を知らないわ」
「え? こういうゲームって何処の国でも同じ単位で買い物とか出来るんじゃねぇの?」
「知らないわよ、普段そういったゲームをしないもの」
「え、どうなんだろ? 私も分かんない」
世界クエストを受ける前に武具屋で機兵を売って手に入れたお金って、ここでも使えるのかな? そもそも時代も場所も違うけど。
「……帝国は随分前から物資は全て配給制で、通貨に価値は無い」
「え?」
三人で悩んでいたらアスタリアがボソリと教えてくれた。
「そうなの?」
「全ての物資は国の管理のもと、国民や組織に適切に配られる。裏では闇市場が形成され、そこで架空のダラーなる通貨によって物資が非合法に売買されているが、推奨はされていない」
「詳しいのね」
「……ふん、帝国民なら誰でも知っている」
となると困ったな。家賃が払えないぞ。
「お金以外で何かアスタが喜ぶ物ってあるかな?」
「あったとして、それを私達で手に入れられるのかも重要よ」
「確かになぁ、物資も配給制って言ってたしな」
またうんうん三人で悩んでいると、アスタリアが溜め息を吐いた。
「……アスタは魔匠だ。機獣共の残骸でも地下室に放り込めば喜ぶだろうよ」
「機獣?」
「機兵の事じゃないかしら?」
「なるほどね。……でもアスタは地下室には入るなって言ってたよ? 手紙にも書いてる」
「正確には地下室の奥だ。手前の物置きに入るくらいならば構わん」
へぇ、手前までだったらセーフなんだ。
「詳しいのね」
「……ふん、アスタの知り合いなら誰でも知っている」
まぁ、でも、そういう事なら話は早いぜ!
「私まだ在庫あるよ? 昨日の戦いでも増えたし」
「……在庫?」
「え? うん、沢山倒してきたから」
「どのくらいだ?」
「えっとね……まだ三桁は残ってるね」
「ほう、なかなかやるのだな」
「えぇ? そうかなぁ? えへへ」
アスタリアに褒められちまったぜ。
「だが、そうだな……普通の雑魚ではアスタも満足せんだろう」
「中隊長でもダメ?」
「少し強いだけで珍しくはない」
むむっ、私が持ってる残骸じゃあ喜んではくれないのか。
「……ふぅん、貴方は珍しい機兵――機獣に心当たりがあるのね?」
「ナナと言ったか? 貴様は中々頭の回転が早いようだ」
ナナは頭が良いからね、新入生代表で挨拶してたし。
「そうだな、帝都から北にずっと行った先に機獣共の巣窟がある。そこには珍しくも厄介な参謀タイプが居る。そいつを殺って来い」
「また突然だな」
「貴様らが戻って来る頃にはアスタも帰っていよう」
「おぉ、なら日数的に丁度いい距離って事か〜」
逆に言えば数日は掛かるって事かな。
「あれだけ不敬だの騒いでた割に、随分と私達の事情に協力的なのね」
「ふん、帝国としても邪魔な奴らを貴様ら不敬な根無し草共をぶつけて対処しようというだけの話だ。帝国兵に損耗が無く排除できるなら、程度に住まう全ての者が得をする」
「……子どもなのに難しい事を考えられるのね」
「子どもではないッ!!」
とりあえず今日からの目標が決まったね。
一人憤慨するアスタリアに生暖かい視線を送りながら装備を付け直し、アスタの家から出る。
「アスタリアはどうする?」
「……私は非戦闘員だ。それに国家のトップが何時までも不在という訳にもいかんからな、ここでお別れだ」
「その設定まだ守るんだ」
「……っ、ッ! ……! ……、……もういい! さっさと行って来い!」
アスタリアにお礼と別れの挨拶をしながら、最後に頭をくしゃりと撫でておく。
「――貴様ァ!!」
背後からそんな怒声が聞こえてきて、ハルカと一緒にケラケラと笑ってナナに呆れられた。
貴様ァ!!




