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84.お迎えにあがられた。

翌日、さらにその翌日も、私は学園を休んだ。


理由は簡単――冷蔵庫を作っていたからだ。


徹夜明けの目元に重く乗るクマを指先でぐいぐいと押さえつけながら、私はゴロゴロとうなる試作機の前で小さく伸びをする。


(はぁ~、ようやく動いた……)


私が発明を始めたのは、9歳の頃。


最初はお嬢様としての“身だしなみ”から手をつけた。

乾燥対策にボディークリーム、髪型キープ用のヘアワックス、ついでに肌を明るく見せる軽めの化粧水。


――その辺の貴族娘たちには大ウケだった。

ボディークリームこそ「魔力が練れなくなる」と貴族の間で不評だったけど、他は飛ぶように売れていった。


その利益で、小さな鉱山を一つ、買った。

そこから得た金属資源を使って、ついに私は“冷蔵庫”開発という夢へと手を伸ばすことに成功したのだ。


作り方は、前世の知識と【心の図書館】をフル活用してかき集めた。

圧縮と放熱の理屈は何とか再現できたけど、問題は“電気”だった。


私はうっかり――いや、魔法の使える今の世界では自然だったのだけれど――

魔力を電気の代わりに設定してしまったせいで、


「……触ってないと動かないのよね」


いわば、“手動冷蔵庫”。

見た目はスタイリッシュだけど、操作性はマッスル向け。


(まぁ、改良の余地はありまくりよね……)


そう思いながら床にごろりと横になったそのとき、部屋の外からノック音がした。


「お嬢様。お迎えが来ていますよ」


「……はぁ? お迎え? 徹夜明けで顔ヤバいんですけど……追い返しといて」


重たい体をソファに投げ出したまま、声だけ返す。

けれど、その次の瞬間。


「……なんで、あんたが……っ!?」


扉を開けた先に立っていたのは、誰あろう――エンデクラウス・アルディシオン。


今日もきっちり制服を着こなして、髪ひとつ乱れていない。

そのくせ、堂々と私の目の前に立ち、さらりと言った。


「迎えにあがりました、ディーズベルダ嬢」


一歩踏み寄った彼が、まるで儀礼のように私の右手を取り、優雅にかがみ――

指先ではなく、その甲にそっと唇を寄せた。


「……っ!!」


心臓が、バクンッと派手な音を立てて跳ね上がる。


(ちょ、ちょ、ちょっと待って!? なにしてんの!?)


顔が熱い。

手の甲がじんじんする。

動悸が止まらない。

こんなの――


(ダメ。絶対ダメ……!)


彼がどれだけ紳士的に振る舞おうが、好意を匂わせてこようが――


エンデクラウスは将来的に、スフィーラ王女と“政略的に”結ばれる可能性が高い。

その道筋はもう、貴族社会にとって既定路線だ。


私は、その争いに巻き込まれるのはまっぴらごめん。

だって、私にはもう知ってる。貴族の裏側のどろどろとした“現実”を。


(このままじゃ、破滅するかも…。)

私は知っている。優しさは時に、残酷な毒になることを。


だから――私は、壁を作らなきゃ。

心に、厚くて高い、絶対に崩れない“鉄壁”を。


それなのに。


「あの……今日は、休むので。帰ってもらえませんか?」


絞り出すようにそう言ったのに、目の前の男は一切動じなかった。


「……クラスの一員が“不登校”になるなど、俺としては耐えがたいことです」


優雅で淡々とした口調。

それなのに、言葉の意味がやたらと重たい。


「……は?」


思わず間抜けな声が漏れた。けれどその間に、エンデクラウスは一歩踏み出してきて――


「体調がすぐれないというのなら……失礼」


――次の瞬間、私は宙に浮いていた。


「ちょ、ちょっと!? お、お姫様抱っこ!?」


彼はそのまま、躊躇いひとつ見せずに私を抱きかかえ、玄関へと向かっていく。

使用人たちが目を見開いて立ち尽くしている中、扉が開けられ、用意された馬車が待っていた。


「制服……着てないんですけど……っ!」


せめて抵抗の声をあげるが、彼は平然と答える。


「心配いりません。学園に到着次第、従者が用意してある制服にお着替えいただけます。

生地も仕立ても、サイズも同じものを。無論、帯の結びもお好みに」


「は……?」


私の脳内に“貴族の資金力、なにそれ怖い”という文字が浮かんだ。


そしてもう一度、強く思った。


(もういやだ。ぜったいに、絶対に、ぜーーーったいに!!)


――この男に心を揺らがせたりなんてしない!


(……私は、今から鉄壁の壁を作るの!人間関係バリアLv100よ!!)


なのに、横顔をちらりと覗けば――


やっぱり反則みたいに整った顔で、こっちはまるで“当然のことをしている”ような顔をしていて。


(……神様、壁、もっと分厚くお願いします)


私は心の中で切実に祈った。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


登校して間もなく、私は“やっぱり”呼び出された。


案内されたのは、校舎裏にある白いアーチの回廊。

その中央で待ち受けていたのは――見覚えのある、金髪碧眼の完璧令嬢。


スフィーラ・グルスタント王女、本人である。


「ごきげんよう、ディーズベルダ嬢」


その声色は笑っていた。けれど、その目は氷のように冷たかった。


「お聞きしましたわよ? 本日、エンデクラウス様と……“ご一緒に”登校されたとか?」


(……ああ、やっぱり)


「王族の私が気に入っているお方と、あろうことか“腕を絡めるような距離感”で登校するなんて……っ!」


王女の怒りは、優雅な言葉に包まれてはいるものの、殺意レベルで痛い。


「……そ、そんな……っ! ち、違います、違うんですっ!」


思わず手を振って否定する私に、彼女の口元がさらに微笑みの形を深める。


「まあ。では、なぜ“わざわざお迎え”に来させるほどの間柄なのかしら?」


(ふぇぇぇぇん、私も嫌なんですぅ……っ!)

(頼んでもいないのに来たんですぅ……っ!!)

(私だって関わりたくなんかないんですぅぅぅ……!)


心の中で泣き叫びながらも、王女の威圧感の前には抵抗する気力も削がれていく。


「も、もぅいや~~~~~……」


声にならない呻きが、喉の奥でぐるぐる回っていた。

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