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8.魔王城の新たな住人たち

魔王城での暮らし——7日目

最果ての地での新生活が始まって、ちょうど七日目の朝。


ディーズベルダは、寝起きのままの状態で違和感に気づいた。


——外が、やけに騒がしい。


風に乗って、人々のざわめきが城内まで届いている。


「……何の音?」


ベッドから身を起こし、窓の外を覗く。


そして——彼女は目を疑った。


魔王城の前に、多くの人が集まっている。


「え!? どうして人が!?」


慌てて身支度を整え、廊下へ飛び出した。


すると、ちょうどエンデクラウスが落ち着いた様子で待っていた。


「ディズィ、エスコートしますよ。」


「え、えぇ……ありがとう……。」


戸惑いつつも、彼に手を引かれながら城の外へ向かう。


門が開くと、目の前に広がるのは——大勢の人々。


「……これ、一体どういうこと?」


驚愕するディーズベルダの横で、エンデクラウスは微笑みを浮かべた。


「手紙を出しておきました。」


「……は?」


「王都の貧民街や、各領地の職につけない民を、この地へ送るようにと。」


ディーズベルダは思わず絶句した。


(夫が有能すぎる!!)


いや、すでに有能なのは知っていたけれど、まさかここまで動くとは思っていなかった。


「あぁ、でも公爵家の使用人を何人か引き抜いてしまいました。」


「えええええっ!?」


「まぁ、大丈夫ですよ。彼らは優秀ですし、ディズィにも馴染みのある顔もいます。」


エンデクラウスが軽やかにそう言った瞬間——

人々の間から、一人の年配の男性が静かに歩み出た。


「ジャ、ジャケルさん!?」


ディーズベルダは、目の前の人物を見て思わず声を上げた。


そこに立っていたのは、ジャケル・ローラー。

アルディシオン公爵家で長年仕えていた側近執事であり、子爵位を持つ人物だ。


彼女がまだ王都にいた頃も、何度か見かけたことがある。

落ち着いた物腰、無駄のない立ち振る舞い。

その優雅さと、長年の経験がにじみ出る執事の鏡のような存在。


ジャケルは、いつもと変わらぬ静かな笑みを浮かべながら、恭しく一礼した。


「お久しぶりでございます、ディーズベルダ様。」


「ど、どうしてここに!?」


驚きのあまり、彼女の声が少し裏返る。


ジャケルは落ち着いた様子で、エンデクラウスをちらりと見た後、静かに答えた。


「坊ちゃんが、この地を開拓するとお聞きしまして。何かとお役に立てるかと思い、参上いたしました。」


「そ、そう……?」


ディーズベルダは困惑しつつも、内心でひどく焦っていた。


(公爵家の執事がここにいるって、色々問題にならない?)


公爵家の権威を支える重要な人物が、こんな最果ての地に来るなんて前代未聞だ。

王国の貴族社会にどんな影響が出るか……。


しかし、そんな彼女の心配をよそに——次にジャケルの隣から、一人の女性が歩み出る。


「侍女長のスミールでございます。」


彼の妻であり、元公爵家の侍女長であるスミール。

ふくよかで優しげな微笑を浮かべた女性で、ディーズベルダも公爵邸で何度か見かけたことがある。


「旦那様と共に、私も参りました。」


「え、えぇ……?」


さらに、その後ろから、若い女性が一歩前に出た。


「ジャスミンと申します。専属侍女としてお仕えするようにと命じられました。」


ジャケルとスミールの娘であるジャスミン。

端正な顔立ちに、きりっとした瞳を持つ女性で、ディーズベルダの専属侍女として仕える予定だという。


「……これ、本当に大丈夫なの?」


ディーズベルダはエンデクラウスをちらりと見上げる。


彼は相変わらず、余裕の笑みを浮かべていた。


「問題ありませんよ。むしろ、ディズィにふさわしい人材を揃えただけです。」


「……はぁ。」


彼女は呆れながらも、もうこの流れに逆らうのは無駄だと悟る。


「料理担当も、しっかり確保しましたよ。」


エンデクラウスが手をかざし、人々の中から見るからに筋肉質な大男が前に出てくる。


「数日ぶりですね。お嬢様。」


オルト——元々アイスベルルク侯爵家の料理人であり、ディーズベルダのレシピを忠実に再現できる腕を持つ。


長年の厨房経験を持ち、見た目は完全に戦士のような筋肉隆々のコック。

しかし、手際の良さと繊細な味付けには定評がある。


「公子様が上手く引き抜いて下さって参りました。しっかり働かせていただきます。」


その言葉に、ディーズベルダは一瞬驚くが、すぐに微笑んで頷いた。


「ええ、頼りにしてるわ。」


そして——彼らの後ろには、職に就けずにいた人々が静かに並んでいた。


衣服は質素だが、どの顔も真剣な表情を浮かべている。

新たな生活への期待と不安を抱えながら、それでも前を向いている人々。


この場所に希望を見出そうとしている者たち。


そんな彼らを見つめながら、ディーズベルダは小さく息を吐いた。


「……何から始めよう……。」


ぽつりと呟くと、すかさずエンデクラウスが答える。


「まずは、魔王城を掃除してもらいましょう。」


「う、うん。でも、公爵家にいた人が何人かいるけど、大丈夫なの?」


ディーズベルダが心配そうにエンデクラウスを見上げると——

彼は、ふっと微笑んだ。


そして、迷いのない仕草で彼女の手をそっと握る。


「何を言ってるんですか?」


その言葉とともに、紫の瞳がまっすぐに彼女を捉える。


「ディズィはもう、アルディシオン公爵家の一員ではないですか。」


「……!」


その言葉が、すっと胸に染み込んでいく。


(そうだった……どさくさに紛れて結婚したんだった。)


契約じみた婚約——そう思っていたはずなのに、

エンデクラウスの言葉は、まるで最初からそうなることが決まっていたかのような響きを持っていた。


(でも、どうしてこんなに心地よく感じるのかしら……?)


彼がこれまで見せてきた態度、支えとなるような言葉、そして今のこのぬくもり。

自分の中で、何かが少しずつ変わっていくのを感じる。


「ほら、証明書もちゃんと。」


エンデクラウスは懐から、一枚の紙を取り出した。


正式な婚姻証明書。


「……持ち歩いてるの!?」


ディーズベルダは驚き、思わず一歩後ずさる。


しかし、エンデクラウスは満足げに微笑みながら言った。


「ええ、当然です。あなたはもう、俺の妻なのですから。」


そう言いながら、彼はそっとディーズベルダの手を包み込む。

ディーズベルダは、彼の紫の瞳を見つめながら、心の中で小さく息を吐いた。


(……これから先、私はこの夫に振り回されることになるんだろうな。)

——しかし、実際に振り回されていたのは、エンデクラウスの方だった。

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