表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/188

7.夫は冷静だった。

魔王城にあるものは、問題なく使えそうではあった。


……が、それは状態が良ければの話だった。


魔物に荒らされた痕跡は至るところに残っており、家具や道具の多くはボロボロ。

まともに使えそうなものを探すだけで、かなりの時間を要した。


「ふぅ……。」


ディーズベルダは埃まみれの机に腰を下ろし、額に手を当てる。


(使えるものと、そうでないものを仕分けるだけで一苦労ね……。)


ふと視線を上げると、エンデクラウスが城の構造を見渡しながら歩いている。


「ねぇ、エンディ。」


「なんでしょう?」


「最初、この城はどういう状態だったの?」


彼はふっと微笑み、軽く肩をすくめる。


「最初は、魔物だらけでしたよ。」


「……やっぱり。」


ディーズベルダは少し考え込むように天井を見上げた。


「でも、この研究室には魔物がいなかったのよね?」


エンデクラウスはゆっくりと頷く。


「はい。この研究室はもともと鍵がかかっていましたから。」


「鍵が?」


「ええ、魔物は鍵を開ける知能は持っていませんからね。だからこそ、ここだけは手つかずだったんです。」


「……じゃあ、あなたはどうやって鍵を開けたの?」


ディーズベルダが怪訝そうに問いかけると、エンデクラウスはあっさりと答えた。


「燃やしました。」


「……やっぱり……。」


ディーズベルダは軽く頭を抱えた。


(まぁ、手っ取り早い方法ではあるわね……。)


とにかく、ここには転生者が残したものが多く眠っている。


それを活用しない手はない。


ディーズベルダは改めて、ノートに書かれている「装置」の説明を確認する。


「……なるほどね。」


どうやら、ノートに記されている範囲のものなら、装置のコマンドを入力すれば作れる仕組みになっているらしい。


(これをどう使うかが、今後の開拓の鍵ね。)


水道やトイレ、乳牛の生成まで可能なこの装置——使いこなせば、領地の開発が一気に進むだろう。


ただ、問題は……どこまで「安全に」使えるかだ。


「ディズィ、少し良いですか?」


彼はいつになく真剣な表情をしていた。


「どうしたの?」


ディーズベルダは彼を見上げる。


エンデクラウスは少し言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。


「この領地は、少し危険に感じます。」


「……危険?」


「外に出していいものと、出してはいけないものを、慎重に考える必要があります。」


彼の紫の瞳が鋭く光る。


「今後の発展のためにも——」


彼の言葉を受け、ディーズベルダは再び考え込んだ。


(確かに、なんでもかんでも現代のものを出していたら——)


一見、便利な機械や技術を無制限に使えれば、開拓は飛躍的に進む。

しかし、その代償がどれほど大きいものになるかは分からない。


「例えば?」


ディーズベルダは腕を組み、エンデクラウスに問いかける。


「もし我々がこの技術を無制限に使い、生活を急激に向上させたら……どうなりますか?」


彼は静かに目を細めた。


「まず、周囲の勢力に異常な発展を疑われます。」


(……なるほど。)


最果ての地で突如として文明レベルが飛躍すれば、王国はもちろん、他国にも怪しまれる。

場合によっては、『未知の力を手に入れた脅威』として戦争の火種になりかねない。


「それに、技術が発展しすぎれば、人はそれに頼りすぎるようになる。」


エンデクラウスは、淡々とした口調で続ける。


「急に便利なものが増えすぎると、かえって人間は怠惰になり、何かが起きたときに何もできなくなる。」


(……確かに、そうね。)


もし災害や戦争でこの設備が使えなくなったとしたら——

人々は、その便利さに慣れすぎたせいで、対処する手段を失ってしまうだろう。


「あとは……そもそも、この技術が安全かどうかも分かりません。」


「……安全じゃない?」


エンデクラウスは研究室の奥に目を向けた。


「この施設の持ち主だった転生者たちは、どこへ行ったのでしょう?」


ディーズベルダは、はっと息を呑んだ。


(……そうだ。)


この研究所を作った転生者たちは、どこへ消えたのか?


なぜ、この施設を残したまま、誰一人としていないのか?


——もしかすると、彼らは「何か」を誤って生み出し、それが原因で滅びたのかもしれない。


ディーズベルダはそっとノートに目を落とした。


(転生者の作ったこの国。私が今やろうとしていることは……果たして正しいの?)


彼女はゆっくりと息を吸い込み、視線を上げる。


「……エンディ。とりあえず、私たちは慎重に進めていきましょう。」


ディーズベルダは、深く息を吸い込みながらそう言った。


研究所の設備、転生者の遺産、そしてこの最果ての領地——

慎重に使わなければ、未来を狂わせる危険すらある。


エンデクラウスはそんな彼女の言葉を静かに受け止め、微笑を浮かべる。


「ええ。それが良いでしょう。」


紫の瞳が優しく細められ、その穏やかな視線がまるで彼女を包み込むようだった。


その瞬間——ディーズベルダの胸の奥に、ふとした疑問が生まれた。


(……もしかして。)


婚約後、エンデクラウスは私の家に入り浸っていた。

その頃の私は、「彼はただ異世界料理を堪能しているだけ」だとばかり思っていた。


けれど。


(本当に、それだけだったのかしら?)


ふと、侯爵家の広い書斎で、机に広げた発明の設計図を前にしていた日々が脳裏をよぎる。


エンデクラウスはいつもそこにいた。

紅茶を片手に、何気なく私の発明を眺め——


「それは良い。」


「それは良くないですね。」


彼は淡々と、しかし的確に意見を述べていた。


(あの時の言葉、ただの感想だと思っていたけれど……。)


今になって思えば、あれはただの興味本位ではなく、私の発明がどんな影響をもたらすのか、慎重に考えてくれていたのではないか。


(……私を見守ってくれていた?)


その可能性に気づいた瞬間、胸の奥がほんの少し温かくなった。


「牛を外へ連れて行きますね。」


エンデクラウスが軽く微笑みながらそう言う。


「ええ、お願い。」


ディーズベルダは彼の背を見送りながら、ひそかに心の中で呟いた。


(ありがとう、エンディ。)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ