表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/188

51.愛する妹の為に

しばらくして、ベインダルが椅子から静かに立ち上がった。


銀色の髪が揺れ、冷ややかな蒼の瞳が、じっとエンデクラウスを見据える。


「――エンデクラウス。貴様の意見は、おおよそ理解した。……そろそろ、引き揚げるとしよう」


その声音は穏やかでありながら、どこか切迫したものを含んでいた。


「もう、お帰りになるのですか?」


エンデクラウスがわずかに眉を上げて問いかけると、ベインダルは静かに頷いた。


「悠長に構えていれば、王家の思惑に飲まれる。……急ぎ手を打たねば、スフィーラ王女との縁談が、既成事実となってしまうやもしれん。あの父は、圧に弱いのでな」


その一言に、ディーズベルダは思わず声を漏らした。


「お兄様……」


ベインダルは、ほんの少しだけ視線をやわらげ、静かにディーズベルダへと歩み寄った。


そして――


「そう、不安な顔をするな」


ぽん、と彼の手がディーズベルダの頭に優しく触れる。


「……お前を、この男から守ってやれなかったこと、すまなく思っている」


「えっ!? ちょ、ちょっとお兄様、それどういう意味!?」


予想外の言葉に、ディーズベルダは目を丸くして思わず詰め寄った。


だが、ベインダルはその問いには答えず、代わりにまっすぐ見つめ返しながら、短く尋ねる。


「……幸せか?」


「はい。……幸せですけど……」


正直にそう答えると、彼はようやく――ほんの、ほんのわずかに口元をゆるめた。


「――ならば、それでいい。……遅れたが、結婚おめでとう。ディーズベルダ」


貴族としての矜持と、兄としての照れ隠しを織り交ぜたその言葉に、ディーズベルダの胸がじんと熱くなる。


「……お兄様っ!」


感極まって声をかけると、ベインダルは彼女の隣にいるクラウディスにも目を向け、無言のまま、小さくその頭を撫でた。


クラウディスは「んー?」と小さな声を漏らし、くすぐったそうに笑う。


それにベインダルは、ひとつだけ短く息をついたあと、背を向けた。


「では、これで失礼する」


すっと扉へと歩き出すその背に、ディーズベルダが慌てて一礼する。


「お見送りいたします!」


エンデクラウスもそれに続き、静かに立ち上がる。


◇◆◇◆◇


魔王城の玄関ホール。


吹き抜けの広間に、甲高い叫び声が響き渡っていた。


「いーやーでーすーわーーー!! 絶対に帰りませんわーーーー!!!」


エンリセア・アルディシオン嬢が、石造りの柱に全身を貼りつけるようにしがみつき、絶賛・抵抗中だった。

ピンクのフリルが揺れ、ツインテールのリボンがぶんぶん振り回されるたびに、付き添いの騎士たちがたじろぐ。


「……まだ帰ってなかったのか」


エンデクラウスが額に手を当てて溜息をつく。


その隣で、ディーズベルダはぽつりと呟いた。


「すごいわ……」


しばしの沈黙――そのときだった。


静かに、だが確かな足音が玄関ホールに響いた。


「……っ!」


騎士たちが左右に道を空ける。その奥から姿を現したのは、まさかの――


「ベ、ベインダル様……!?」


まるで氷の彫刻のような、銀の髪に、凛とした横顔。 歩みは一分の隙もなく、整った軍靴の音がホールの石床を均等に打つ。


その姿がエンリセアの目前で止まった瞬間――彼は、少しだけ腰を屈め、視線を彼女の目線に合わせた。


「帰るぞ、エンリセア嬢」


低く静かな声。それなのに、芯の通った響きが耳に残る。

言葉に怒気はなかった。けれど――威圧感は、絶大だった。


「ベ、ベインダル様……っ」


エンリセアの頬が真っ赤に染まる。 けれどその瞳は、怯えるでもなく、むしろキラキラと輝いていた。


「……貴嬢を、アルディシオン公爵家までお送りいたします。丁度、用事もありましたので」


完璧な騎士のような所作で差し出された手に、エンリセアはきゅっと自分の手を重ねた。


そのまま彼女を伴い、歩き出すベインダル――


……と、その直前、彼はふと立ち止まり、ちらりとエンデクラウスに鋭い視線を投げた。


なにも言わない。だが、あまりに無言の圧がすごい。


(え、なに?なんで睨まれたの?)


ディーズベルダが目をぱちぱちと瞬いているうちに、玄関の扉が静かに閉まった。


ポツンと取り残された彼女は、きょとんとした顔のまま、エンデクラウスを振り返った。


「……どういうこと?」


「お義兄様は、ディズィが大好きだということですよ」


「え、いや、待って。なに?ちょっと、何がどうなって……?」


脳内でぐるぐると疑問符が渦を巻く。


「……いや、全くわけがわからないんですけど?」


「フフ。かわいいですね、ディズィ」


にこにこと楽しげに微笑むエンデクラウスの姿に、ぐらりと軽く眩暈がする。


(だめだ、この人……いつでも一枚上手……)


そして、あたかも何事もなかったかのように、エンデクラウスは話題を切り替えた。


「さて、明日はとうとう奥地の森林の伐採と、ランタンの設置作業が始まりますね」


「えっ、あ、えぇ……そうね。装置でランタンを錬成しなきゃ……」


思考が切り替わらないまま、ディーズベルダは反射的に返事をしてしまう。


(待って。頭が追いつかない。兄の怒り、スフィーラ王女の件、リセの告白、そしてランタン設置って……情報量が多すぎる!!)


が、隣のエンデクラウスは涼しい顔で、「では、図面を見直しておきましょうか」と、すでに作業モードに入っていた。


(……ほんと、マイペースな人……)


はぁ、と深くため息をついたディーズベルダは、それでもどこか安心したように、夫の背中を追って歩き出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ