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43/188

43.全てが愛だった。

夜――


窓の外には星の光がぽつりぽつりとまたたき、薄いカーテン越しに淡い月明かりが差し込んでいた。

魔王城の寝室、広くて静かなベッドの上。

ディーズベルダとエンデクラウスは並んで横になり、まるで寄り添うように毛布の中で肩を合わせていた。


「ねぇ……」


小さくつぶやくようにディーズベルダが切り出す。


「王城で……何があったの? あの記事。スフィーラ王女に、何をされたの……?」


声はあくまで穏やかだったが、その奥に潜む感情は隠しきれない。

怒りでも、嫉妬でもない。ただ――知りたいと思った。


隣で目を閉じていたエンデクラウスは、少しだけ目を開けて、彼女の方を見つめた。


「そうですね……」


まるで思い出を手繰るように、彼はディーズベルダの銀色の髪をそっと指に巻きつけながら言葉を選ぶ。


「“あの魔石”を王都に広めるために、記者を雇い、従者のふりをして同行させていました。

 公にするなら、あの場しかないと判断したんです」


「ふんふん……」


ディーズベルダは彼の胸元に顔を寄せながら、まるで読み聞かせを聞くように小さく相槌を打つ。


「でも、その帰り道で……スフィーラ王女が、俺に“特殊調合した媚香”を嗅がせてきて……」


言葉を濁すように一拍置くと、声がさらに低くなった。


「そのまま、彼女の私室へ――誘導されてしまいました」


「………………」


その瞬間、ディーズベルダの眉がぴくっと動いた。


「……そんなことできるなら、在学中にでもやってくれてたらよかったのに」


「……ディズィ?」


エンデクラウスはゆっくりと眉を上げ、にこりと微笑んだ。

けれどその笑顔は、どこか張りついたように整いすぎていて――逆に、じわじわと怒気がにじんでくる。

まるで“にこやかに怒っている”ことを、全身で表現しているかのようだった。


「じょ、冗談よ。冗談!」


慌てて手を振りながら誤魔化すが、目は完全に泳いでいる。


「で、で? それでどうなったの?」


「クラウディスが、それはもう大泣きして……大暴れしてくれて。

 王女の部屋を水浸し――いえ、それ以上に、ほぼ“破壊”してしまいました」


「えっ……」


「そして、駆けつけた王と、俺が雇った記者にも、見事に目撃されてしまいまして」


口元を隠しながらも、どこか誇らしげな声色。


「……なんだか嬉しそうね」


ディーズベルダが疑いの目を向けると、エンデクラウスは照れもなくうなずいた。


「はい。あのような形で誕生した命ではありますが――やっぱり、愛しい我が子です。

 暴れてくれたことが、正直、嬉しかったんです」


そう言った彼の目は、どこか遠くを見るような、優しい光に満ちていた。


(……そっか)


ディーズベルダは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。


彼女自身が産んだ子ではない。けれど、それでも間違いなく、クラウディスは“わたしとエンデクラウスの子”だった。

あの子の無垢な叫びが、父を守ってくれたなんて――ちょっと、嬉しい。


「……公爵家の方では、大丈夫だったの?」


そっと問いかけると、エンデクラウスは一呼吸おいてから、静かに答えた。


「はい。いつも通り、俺は“道具”として振る舞い、心を押し殺して過ごしました」


その声に少しだけ苦味がにじむ。


ディーズベルダは思わず顔を覗き込む。


と――エンデクラウスが、じわりと彼女を見つめ返してくる。


まっすぐに、純粋に、言葉を待っているような……なんとも言えない、子犬のような視線。


(ど、どうして……そんな“俺、頑張ったでしょ?”みたいな顔をするのよ……!)


負けた気がして、悔しいような、でもつい笑ってしまって。


「……よ、よしよし」


結局は根負けして、ディーズベルダは手を伸ばして、そっと彼の頭を撫でた。


髪をとかすように、指先でくしゃりと軽くなでる。


その瞬間――


「……ふふっ」


エンデクラウスは、どこか満足げに目を細めた。

その表情は穏やかで――けれどどこか、満たされたような幸福が滲んでいて。


(……ほんと、わかりやすい)


微笑みながら、ディーズベルダはふと視線を落とす。

彼の肩越しに見える天井をぼんやり眺めながら、昔のことを思い出していた。


エンデクラウスが婚約してからというもの――

彼はずっと、アイスベルルク侯爵家に“入り浸って”いた。


当時、彼が言っていたのはこうだ。


「公爵家では扱いが悪く、毒を盛られたり、意図的に女性を部屋に送り込まれたりと、ろくでもない目に遭っている。だから、婚約もしたことですし、発明家のあなたを“監視”するという名目で、家を出たい」


――そう聞いていた。


なるほど、それなら理由として納得できる。

そんな目に遭っているのなら、むしろ逃げ出したくもなるだろう。


そして彼は、実際に私の家に居座るようになった。


けれど、それからしばらく経つと――

私は勝手に、こう思うようになっていた。


(きっと異世界の料理が気に入ったのね。あるいは、魔道具の仕組みを研究したくて、発明品に惹かれてるのかも)


むしろ彼の興味はそちらにあるものだと、本気で信じていた。


でも――


(……違ったのよね)


その勘違いに、ようやく気づいたのは――結婚して、隣で彼の寝息を聞くようになってからだった。


異世界の料理でも、魔道具でも、公爵家からの逃避でもない。


一番の理由は――


彼は、最初からずっと、私を好きだったのだ。


“逃げてきた”のではなく、“来たかったから来た”。

それがすべてで、それ以外は全部――ただの言い訳だった。


そう気づいてしまったとき。

胸の奥が、じんわりとあたたかくなると同時に、くすぐったくて、ちょっと悔しいような、甘い気持ちがこみ上げてきた。


(……ほんと、最初からそう言ってくれればいいのに)


でもきっと、それを言葉にするのも彼らしい駆け引きなのだろう。

優雅に微笑んで、裏ではすべて計算している――


「それにしても」


エンデクラウスが、ゆっくりと体を起こしながら口を開いた。

その顔には、にこやかだけどどこか意地悪な笑みが浮かんでいる。


「さきほどの、“在学中にでもやってくれてたらよかった”というのは――聞き捨てなりませんね、ディズィ?」


「え……」


ディーズベルダがきょとんとした顔で振り向いたその瞬間、エンデクラウスは真顔になって――

でも、瞳だけは冗談を含んだまま、じっと彼女を見つめる。


「……俺を、愛していないのですか?」


囁くように、甘く、誘うように。


(……なにその声、反則でしょ……)


ディーズベルダの頬が一気に赤くなる。

何か返さなきゃと焦るほど、口が上手く回らない。


「あ……あ、あいしてる……」


ようやく絞り出した声は、蚊の鳴くようなか細さだった。


「……良く言えました」


エンデクラウスは、満足げにうなずくと――

そのままディーズベルダをぐいっと抱き寄せ、すっぽりと腕の中に閉じ込めた。


「今夜は、寝かせませんよ」


耳元でささやかれたその声は、あまりにも低くて、優しくて、甘すぎて――


「ちょっ、ちょっと!? 話が違うじゃない!!」


ディーズベルダの悲鳴めいた叫びが、寝室に響いたのだった。

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