4.魔王城
魔王城——。
廃墟とはいえ、かつての栄華を物語る壮麗な城が目の前にそびえ立っていた。
黒ずんだ石造りの壁は風化しつつも、どこか異様な存在感を放っている。
砕けた瓦礫が足元に散らばり、長い年月の間に積もった砂埃が風に舞う。
この荒れ果てた土地の中で、ひときわ異質な雰囲気を醸し出している。
「……まだ何かが眠っている気がするわね。」
ディーズベルダは、ゆっくりと目の前の城を見上げた。
魔王のいなくなった今、この城はただの廃墟であるはずだ。
だが——彼女の胸には妙な違和感があった。
「エンディは、ここまで来たことはありますか?」
隣に立つエンデクラウスへと視線を向ける。
彼は顎に指を当て、ほんの少し考えるように目を細めた。
「はい。ですが、一度きりです。騎士たちが嫌がるので。」
「嫌がる?」
ディーズベルダは眉をひそめる。
王国の騎士たちが魔王城を避けるのは、単に魔物のせいか、それとも——?
「じゃあ、その一度きりのときに、何かあった?」
エンデクラウスはゆっくりと口角を上げた。
「ティズィが気に入りそうだなと思うものが、いくつか。」
「……やっぱり。」
ディーズベルダは軽く息を吐いた。
エンデクラウスのこういう言い回しは、**「確実に何かある」**という確信を持っている時のものだ。
そして、彼が何も言わずにこちらへ誘導している時は、相当面白いものが待っているに違いない。
「とにかく、入るわよ。」
彼女は躊躇なく馬車を城の入り口につけ、足を踏み入れた。
魔王城の門をくぐると、そこは漆黒の闇だった。
奥の様子はまったく見えず、壁から漂う湿った空気が肌にまとわりつく。
「……暗いわね。エンディ、火で明かりを作って。」
当然のように命じると、エンデクラウスはくすっと微笑んだ。
「俺を松明に使うなんて、ティズィくらいですよ。」
そう言いながらも、彼はゆったりと手を持ち上げた。
次の瞬間、彼の手のひらにふわりと炎が灯る。
魔力の火は鮮やかな橙色に輝き、廊下の奥をぼんやりと照らした。
だが、それでも先がどうなっているのかははっきりとは分からない。
「危ないから壁を伝って……ん?」
ディーズベルダは慎重に歩きながら、手を壁に添えた。
すると——指先に冷たい金属の感触が伝わる。
(……何かの装置?)
壁に埋め込まれたものを、じっと見つめる。
「どうしました?」
エンデクラウスが炎の明かりを近づけながら、静かに問いかけた。
ディーズベルダはゆっくりと指で押し込む。
カチッ。
その瞬間——
——パッ。
突然、頭上のシャンデリアが灯り、城内全体に人工的な明かりがともった。
「……うーん。やっぱりかー……。」
ディーズベルダは腕を組み、深く考え込むように天井を見上げる。
エンデクラウスは少し驚いたように周囲を見渡した。
「これは……?」
「まるで、前世の世界みたいな設備ね。」
壁に取り付けられたスイッチ、天井に設置されたシャンデリアの均一な光——。
これがもし本当に前世の技術を模したものなら、魔王もまた転生者だった可能性がある。
「もしかしてと思ってたけど、魔王って転生者なんじゃ……。」
ディーズベルダはぽつりと呟いた。
「面白い発想ですね。」
エンデクラウスは興味深そうに天井を見上げる。
普段から冷静な彼の瞳に、珍しく強い関心が宿っていた。
この城には、まだ何か秘密がある——そう確信せざるを得ない瞬間だった。
広間の中央に、大きな階段があった。
それはまるで何かを導くように、地下へと続いている。
ディーズベルダはためらうことなく、その階段へと足を向けた。
「なぜ、地下から?」
エンデクラウスが後ろから問いかける。
彼女は少しだけ振り向き、意味ありげな笑みを浮かべた。
「だいたいこういうのって、地下で実験するじゃない。」
「実験?」
「ええ、研究や秘密のプロジェクトなんて、たいてい地下にあるものよ。」
そう言いながら、彼女は階段をゆっくりと下りていく。
空気が一変する。
上階よりもさらに湿気が強く、鼻をつく独特の匂いが漂っていた。
カビのような、焦げたような、何かが腐ったような——
嫌な予感がする。
「おかしいわ。どうして魔物の本拠地なのに、魔物がいないのかしら。」
階段を下りながら、ディーズベルダは違和感を口にした。
最果ての荒れ地にはまだ魔物が残っているはずなのに、
ここ魔王城にはまったく気配がない。
「確かに、不思議ですね。俺が全て倒し切ってから、現れていないのでしょうか。」
エンデクラウスが何気なく答えた。
「……ん?」
ディーズベルダの足がぴたりと止まる。
「え? 今なんて?」
彼女は振り向き、エンデクラウスをじっと見つめた。
「前に来た時に一掃したんです。」
エンデクラウスは相変わらずの微笑みを浮かべながら、さらりと答える。
「……そう。」
ディーズベルダは、一瞬突っ込みそうになったが、あえてスルーすることにした。
(もういいわ。今更驚いてもキリがないし……)
彼がどれほどの強さを持っているのか、もはや考えないことにした。
階段を下りきると、焦げ跡のついた扉が目の前に現れた。
「……焼いたわね?」
ディーズベルダは、扉の黒く煤けた部分を指でなぞる。
エンデクラウスは躊躇もなく頷いた。
「はい。」
(やっぱり……)
こうなると、扉の向こうに何があるのか気にならないわけがない。
ディーズベルダは、扉に手をかけようとするが——
ギィィ……ガタガタッ!
「……建て付けが悪いわね。」
強引に押してみるが、焼けた部分が変形してしまっているのか、動かない。
「だったら——こうよ!」
ドンッ!!
ディーズベルダは躊躇なく、力強く扉を蹴り飛ばした。
ガシャァァァン!!