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29.王への謁見

翌日――荘厳な謁見の間に、硬質な靴音が響く。


エンデクラウスは、堂々とした足取りで玉座へと歩を進めていた。その後ろには、従者が二人付き従い、腕の中には小さな銀髪の赤子——クラウディスを抱いている。


その光景を目にした瞬間、スフィーラ王女の顔が歪んだ。


金の髪が揺れるほどの勢いで顔を王へ向けたが、彼は何も言わなかった。ただ、その青い瞳にかすかな険しさが浮かぶ。


——射殺しそうなほどの恨めしい視線。


スフィーラの藍色の瞳がクラウディスに突き刺さる。赤子とはいえ、エンデクラウスとディーズベルダの血を引く存在。銀色の髪に、夜空を思わせる紫の瞳——間違いなくアルディシオンの血筋を持つ証だった。


(この子がいなければ……いや、そもそもディーズベルダさえいなければ——)


スフィーラの爪が肘掛けを強く掴む。


しかし、エンデクラウスはその敵意をまるで意に介さず、王へと深く一礼した。


「陛下、ならびに王女殿下。お目通りの機会をいただき、誠に光栄に存じます。」


一糸乱れぬ貴族の礼。王に仕える者としての振る舞いは完璧だった。


玉座に座る王グルスタントは、エンデクラウスを見下ろしながら、ゆったりとした口調で問うた。


「久しいな、エンデクラウス。……領地の様子はどうか?」


「最果ての荒れ地と呼ばれる所以を、この身で存分に理解いたしました。魔物の棲む未開の地、開拓には困難がつきまといます。しかし、そこに暮らす民たちと共に、道を切り拓く所存でございます。」


貴族らしい優雅な言葉遣いでありながら、決して弱みは見せない。王の目が細まる。


「ほう……なかなか骨の折れる領地であろうな。」


「左様でございます。しかしながら——」


エンデクラウスは、腕の中の赤子を軽く揺らしながら微笑んだ。


「この子もおりますゆえ。」


王の表情がわずかに変わる。


「……ほう。」


「実は、陛下にご紹介したく存じます。」


そう言いながら、エンデクラウスは腕の中のクラウディスを少し持ち上げる。赤子の澄んだ紫の瞳が王を捉え、小さな口が無邪気に動く。


「まぁ!」


小さな手をパタパタと振るクラウディスを見つめ、王はしばし沈黙した。


「私と、妻ディーズベルダとの間に生まれた子——クラウディス・アルディシオンです。」


エンデクラウスの言葉に、王の目がかすかに見開かれる。そして、納得したように低く呟いた。


「……公爵家を捨ててまで、あの娘についていく理由がわかった。」


エンデクラウスは微笑を崩さず、静かに膝をついた。


「……しかしながら、婚前にこのような結果となったこと、深くお詫び申し上げます。」


優雅な貴族の語り口に、王の表情はすぐに和らいだ。しかし——


「っ……!」


隣で座るスフィーラの表情は、怒りと嫉妬で張り詰めていた。


(なぜ——なぜこの私ではなく、あの女なの!?)


手のひらがぎゅっと握られ、青白い指先が震える。


一方、王は手を軽く振り、静かに言った。


「ふむ……もうよい。」


その一言で、すべてが終わった。


スフィーラは悔しさに歯を食いしばったが、王の決定には逆らえない。手の爪が食い込みそうになるほど拳を固め、悔しげにエンデクラウスを睨みつける。


「——して、今日は何やら献上の品があると聞いておるが?」


王は玉座から悠々とした口調で問いかける。その響きには、貴族社会に生きる者としての格式と余裕が漂っていた。


「はっ、仰せの通りにございます。最果ての荒れ地にて、極めて希少かつ未曾有の品を発見し、持ち帰りました。」


エンデクラウスは一礼し、ちらりと従者へ合図を送る。


従者は恭しく前に進み、魔力を封じ込めた石——通称『魔石』を、王の前に捧げるように差し出した。


「ふむ……これは?」


王が眉をひそめながら身を乗り出す。


「この石に魔力を込めますと、その持ち主の属性が石へと宿り、長時間にわたって効果が持続する性質を持ちます。」


エンデクラウスは、落ち着いた口調で丁寧に説明を続ける。


「火の属性であれば熱を、水であれば湿り気を。氷であれば凍てつく冷気を放ち……一つ一つが、その属性に応じた力を永続的に帯びるのです。」


説明とともに、従者が小さな実演を行う。


赤い魔石に火属性を込めると、石はじわりと熱を帯び、湯気を立てる。 次に氷属性を宿した青白い魔石は、手に持つ者の指先を凍りつかせるほどの冷気を放ち始めた。


「これは……!」


玉座の上で王が目を見開く。


「世紀の大発見ではないか! 今まで、魔力の持続を図る術がなかったゆえ、こうした品を我が手にと願って久しかったのだ。」


王の瞳に熱が灯ったのを見届け、エンデクラウスは静かに微笑む。


「陛下。これに、さらに有用な魔道具が加われば、応用の幅は一層広がります。」


再び従者が進み出て、今度は丁重に箱を開け——ディーズベルダが開発した、属性魔石対応型の魔道具ランタンを披露する。


「此方は、あの魔石を装填し使用することで、任意の属性を帯びた光を生み出せるランタンでございます。」


説明と同時に、実演が始まる。


火属性の魔石を込めると、炎のように揺らめく橙色の灯火が空間を照らし—— 氷の魔石を装填すると、ひやりとした白銀の光が広がり、周囲に冷気をもたらす。


「……見事だ。」


王は唸るように呟いた。


「あの娘、ディーズベルダの才を再び思い知らされた。まこと、王国の未来に欠かせぬ才女よな。」


するとエンデクラウスは、懐から一枚の書類を取り出し、丁重に差し出す。


「陛下。実は本日、ディーズベルダの冤罪に関する再調査結果をお持ちいたしました。全ての証拠と証言を一つにまとめたものでございます。」


王の表情が静かに変わる。慎重にそれを受け取り、視線を走らせた後——目を細めた。


「ほう……なるほど。理路整然としておるな。」


「加えて申し上げます。魔石の発掘および制御、応用技術の根幹はすべて、ディーズベルダの発明と才覚によるもの。今後の発展の要と成り得る者を、王都から排除したままにしておくのは——あまりに惜しゅうございます。」


王は顎に手を当てて、深く思案に沈む。


隣では、スフィーラ王女が何かを言いたげに唇をかみ締めていたが、それに構わず王が言葉を発した。


「はははっ……なるほど、そなたの策には感服した。確かに、王室にとっても得るものが多い。」


だが——その笑みがふっと薄れ、王の瞳が鋭く光る。


「……しかし、一度下した断罪を覆すことが、王室にとってどれほどの重みか、そなたには理解できておるのか?」


「はい。承知の上での願いでございます。」


エンデクラウスは一歩前に出て、静かに、だが揺るぎない声で言い切る。


「ただ、この魔石は——ディーズベルダの技術がなければ、そもそも発掘も制御も不可能な代物。彼女がいなければ、この成果すら存在しなかったこともまた事実にございます。」


王は、重々しく頷くと、玉座から立ち上がり——


「よかろう。そなたの忠誠と功績、そしてその娘の才を認めよう。」


重々しく続いた言葉は、やがて王命として宣言された。


「彼女の才と功に鑑み、ディーズベルダ・アルディシオンに課されし罪科をすべて赦免とし、

王都出禁の処分も、この場をもって正式に解く。」


そして——


「さらに——半年後、王宮にて開かれる晩餐会の席上において、彼女に新たなる爵位……辺境伯の称号を授けよう。」


そこで王は一拍置き、鋭く、しかしどこか含みのある視線をエンデクラウスに向けた。


「もちろん、そなたにもだ。夫婦として共に功を成した者として、正当に称えねばなるまい。」


その言葉に、玉座の隣に立っていたスフィーラ王女の表情が、明らかに歪んだ。 青い瞳に宿る感情は、怒りとも嫉妬ともつかない、燃えるような悔しさに満ちていた。


だが、王の言葉はとどまらない。


「そなたらが築きし地が、今後いかにしてこの王国を潤し、栄えさせていくか——存分に見せてみよ。エンデクラウス・アルディシオン。」


「はっ、御意にございます。」


エンデクラウスは一礼し、堂々と頭を垂れた。 その腕の中で、クラウディスがタイミングを計ったように、無邪気な声で「まぁ〜!」と笑う。


そのあどけない声に、場の空気が一瞬、やわらいだ。


玉座の上で王が目を細め、ふっと口角を上げる。


「……なかなか、面白い世継ぎではないか。」


そのひとことが、重苦しかった謁見の空気をやんわりと締めくくった。

そして——エンデクラウスは静かに背を伸ばし、誰にも悟られぬように、薄く唇の端を上げた。


(……全ては、予定通りだ)

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