26.衝撃の事実
数日後———
「1から発明品を作るなんて……いつぶりかしら。」
ディーズベルダは小さく呟きながら、目の前に広げた設計図を見つめた。
何度も書き直した線が重なり、試行錯誤の跡が残っている。
視線を上げると、向かいの椅子で執事のジャケルが優雅にお茶を飲んでいる。
「……ずっとここにいて、暇じゃない?大丈夫?」
「とんでもございません。奥様のご様子を拝見するのが、何よりの楽しみでございます。」
「……そう。」
彼の飄々とした態度に、思わず肩をすくめながらも、手元の作業に集中する。
ノートを確認しながら、錬成装置のパネルに次々とコマンドを入力。
必要な素材を順番に錬成し、組み立ての準備を進める。
(途中で動かなくなったらどうしよう……。)
そんな不安が一瞬よぎるが、すぐに頭を振って追い払う。
考えても仕方ない。やるしかないのだ。
手を動かしながら、ふと頭の中に別の考えがよぎる。
(……もしスフィーラ王女の反感を買わなければ、私は今ごろ大富豪として豪遊していたのでは?)
そう思うと、少しだけ苦笑してしまう。
けれど、すぐにその思考は別の疑問に繋がった。
(そもそも……スフィーラ王女は、どうして私をあそこまで嫌ったの?)
冷静に考えれば、理由は明白だった。
(エンディが私を好きになったから…よね。)
学園に入学してから急に接点が増え始めた。
入学は12歳。婚約が決まったのは14歳。
そうなると——やっぱり12歳で入学してから?
(でも、惚れられる要素なんて……)
手元の作業が少し止まる。
心のどこかで、ずっと疑問に思っていたことを、ふと口にしてしまった。
「ねぇ、ジャケル……。」
「はい、なんでしょう。」
「……あの、エンデクラウスって……いつから私のことを好きだったか、知ってる?」
ジャケルはお茶を一口飲み、目を細めながら微笑んだ。
「ほほほ……たしか、坊ちゃんが14歳か15歳の頃でしたか……。」
「えぇっ!?」
ディーズベルダは、思わず声を上げた。
手にしていた工具を机に置き、ジャケルをじっと見つめる。
(あの策士……!私に嘘をついたわね!?)
"仕組まれた政略結婚"なんて言っておきながら——
(政略結婚をしてから惚れたんじゃない……!)
「騙された……。」
小さく呟くと、ジャケルはクスリと笑った。
「……坊ちゃんは、幼い頃、異常な魔力を持って生まれました。ご存じでしたか?」
「え?」
ディーズベルダは驚き、思わずジャケルを見つめる。
「そのため、常に発火してしまうという危険な体質を持っておりました。」
「発火……?」
「はい。それゆえ、彼は幼少期より、アルディシオン公爵家の離れにある特別な塔に軟禁されていたのです。」
ディーズベルダは言葉を失った。
エンデクラウスがそんな過去を持っていたなんて、一度も聞いたことがなかった。
「制御不能のまま成長すれば、彼は一生その塔で過ごす運命だったでしょう。」
「……で、でも12歳の時には学園にいたわよね?」
「いえ。」
ジャケルは微笑みながら、静かに言った。
「坊ちゃんが学園に入学されたのは、17歳になられてからなのですよ。」
「……え?」
「奥様が9歳の時に発明された、"ボディクリーム"が世に出るまでは——坊ちゃんは外に出ることすら許されませんでした。」
ジャケルの穏やかな声が静かに響く。
ディーズベルダの思考が止まった。
「……え?」
まるで、脳内でパズルのピースが一気に組み上がっていくようだった。
(じゃあ……クラウディスが水を出した時、ボディクリームを使えばいいって提案してくれたのは……?)
思い出すのは、エンデクラウスが自信満々に言い放ったあの言葉——
『あなたが開発したボディクリームがあれば大丈夫です。』
その時は深く考えずにいたけれど、もし彼自身が、"それによって救われた"本人だったとしたら……?
「待って……じゃあ、大量購入してくれてたのって……。」
ディーズベルダは、胸の奥がざわつくのを感じながらジャケルに問いかける。
すると、執事は落ち着いた仕草でカップを置き、微笑んだ。
「おや、気付いていらっしゃらなかったのですか?」
「まさか……」
「アルディシオン公爵家で、大量に購入させていただいておりました。」
「ええええええええっ!?」
ディーズベルダは思わず立ち上がった。
(だって、私が発明したのは9歳の時……それに、学園を卒業するまではお父様の商会を通して販売していたから顧客をみていなかった…。)
(え、エンディが……5歳年上!?)
ようやく彼の年齢を正確に把握し、衝撃を受ける。
(だからあの余裕なのね!? ずっと年上だったから!?)
彼が醸し出す大人びた雰囲気、言葉の端々に滲む貫禄。
学園時代から妙に落ち着いていた理由も、ここにきてようやく理解できた。
でも、待って……それだけじゃない……。
「……そんな時から私を……?」
ディーズベルダは、驚愕と戸惑いを隠せずに、目の前のジャケルを見つめる。
胸の奥がざわつき、理解が追いつかないまま、頭の中で過去の記憶がぐるぐると回る。
(だって、私は9歳だったのよ? その時点で、エンディは私に気付いていた? そんな……)
ジャケルは、そんな彼女の混乱を楽しむかのように、静かにお茶をすする。
まるで優雅に紅茶を嗜む貴族のような、余裕の笑みを浮かべながら。
「ほほほ……。」
その泰然自若とした態度に、ディーズベルダの動揺はさらに加速する。
まるで自分の知らないところで、人生の運命がすべて決まっていたかのような気がしてならない。
(待って……もしかして、発明した時点で……?)
彼女の脳裏に、スフィーラ王女の鋭い視線が蘇る。
学園時代、何かにつけて彼女に目をつけられ、敵意を向けられ続けた日々。
ただ単に気に入らなかったのだと思っていた——けれど。
(もしかして……発明した時点で、スフィーラ王女に嫌われることが決定していたってこと……!?)
ディーズベルダは、思わず頭を抱えたくなる衝撃に襲われた。
(ちょっと待って……そういうこと!?エンディが言ってたことは…全部ほんとだったんだ。)




