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21.心の図書館

エンデクラウスが王都へ出発するまで、残すところあと三日。


ディーズベルダは研究室の机に向かい、ランタンの分解作業に取り掛かっていた。


エンデクラウスが王へ献上したいと言い出したからには、まずは装置がなくても作れるのかどうか試す必要がある。もし、この装置が使えなくなったとしても、ランタンの生産を続けるために。


とはいえ……


(……今、私はランタンの研究をしてるのに、後ろでは牛が錬成されてるって、どういう状況なのかしらね。)


ディーズベルダは、手元の分解途中のランタンを見つめながら、肩をすくめた。


——バシュッ


後方の装置から、新たな牛が錬成される音がした。


「モォォォォォ……」


鳴き声とともに現れた一頭の牛が、エンデクラウスの手によって素早く扉の外へと運ばれていく。


「次、お願いします。」


彼はまるで流れるような動作で牛を受け取り、扉前で待機している兵士たちに引き渡していた。バケツリレーのように、一頭ずつ外へ運ばれていく牛たち。


ディーズベルダは、その光景を横目で見つつ、思わず苦笑する。


——そう、今更ですが、転生者あるあるのチート能力が実は私にも備わっています。


ディーズベルダは、手元のランタンを見つめながら、そっと息を吐いた。


チート能力、その名も【心の図書館】!


前世で図書館司書をしていた影響なのか、私は意識の中で勤務していた図書館へ"アクセス"することができる。


もちろん、実際に足を運べるわけではない。

ただ、あの図書館の膨大な書籍の中から、必要な情報を探し出すことができるのだ。


……と、言えば聞こえはいいけれど、この状態になると私は現実世界では完全にぼーっとしてしまう。


前世の記憶が蘇ってから、色々と試しているうちに見つけたこの能力。

そして、もちろんのことエンデクラウスに誘導されてうっかり口を滑らせてしまった。


(まったく……あの人、聞き出すのがうますぎるのよ。)


「エンディ、あっちの世界に行くから、しばらくお願いね。」


私は椅子から軽く背を伸ばし、作業中のエンデクラウスに声をかけると、彼はちらりと視線を向けた。


「わかりました。見張っています。」


相変わらず余裕たっぷりで——どこか嬉しそうな微笑みを浮かべながら。


(……彼が私の秘密に触れると、嬉しそうにする理由、わかってしまった。)


——本気で、私のことが好きだからだ。


それがわかってしまうと、途端に顔が熱くなった。


(ダメダメ、今は集中しなきゃ……! 時間もないんだから!)


自分にそう言い聞かせ、深く呼吸を整える。


そして——


——いざ、心の図書館へ。


視界がふっと暗転する。


次に目を開けたとき、私は懐かしい場所に立っていた。


まるで、閉館後の図書館のような光景——。


しんとした空間に、無数の書架が整然と並んでいる。

時計の針は止まったまま。

窓の外の風景は、ぼんやりとした闇に包まれていた。


(……やっぱり、何度来てもこの雰囲気は不思議ね。)


本棚に手を伸ばすと、指先に伝わる感触は前世のそれと変わらない。

ここは、間違いなく私が勤務していた図書館。

しかし、もう"利用者"は私ひとりだけだった。


(さあ、探さないと。)


目的は、ランタンの作り方。


この前世の世界には魔法なんてものも、魔道具なんてものも存在しなかった。

けれど、普通のランタンの作り方くらいは、当然ある。


(魔法を電気と考えれば、案外、作れるものは多いはずよね。)


私は迷いなく書架の間を進んでいく。

前回の経験からすると、目的の本がある棚には何かしらの"ヒント"が隠されているはず——。


じっくりと視線を巡らせながら、本の背表紙をひとつずつ確認していく。


(……どこかに……)


その時、目に留まったのは——


一冊だけ、他の本よりもほんの少しだけ飛び出している本。


(……あった!)


躊躇なく手を伸ばし、その本を引き抜く。


表紙には、こう書かれていた。


《簡単なランタンの作り方》


(本当にごく一般的なランタンの作り方ね……。)


思わず苦笑しながら、本を開く。

ページをめくると、オイルランプやガスランタン、電池式のものなど、前世のさまざまな種類のランタンの構造が記されていた。


(ふむふむ……これなら、魔導具の技術に応用できそうね。電池式の方が、異世界では使えそうね。そもそも魔法なんてものがあるせいで発展が遅れてるのよ。オイルもそのうち生産できるようにしたいわね。)


ページをめくる指が、自然と速くなる。


——その瞬間、私の意識が、現実へと引き戻された。


——ぱちっ。


ゆっくりとまぶたを開けると、目の前にはエンデクラウスの姿があった。


「……おかえりなさい。」


優しい声とともに、温かな指先がそっと私の頬を撫でる。

ぼんやりとしていた意識が、その触れ方の優しさにじんわりと目覚めていく。


「……エンディ?」


「ずっと見ていましたよ。」


彼は微笑みながら、私の手をそっと包み込むように握る。

彼の体温が伝わり、思わず胸が少し高鳴る。


「どうでした?」


「うん、見つけたわ。」


そう答えた瞬間、彼の瞳がふっと柔らかく細められる。

まるで私の努力を心から誇らしく思っているかのように。


「さすがですね、ディズィ。」


その一言が、妙にくすぐったい。

いつも余裕たっぷりな彼だけれど、こういう瞬間には隠しきれない"愛しさ"が滲んでいる気がする。


私は気を紛らわせるように、本で得た情報を整理し始めた。


(と、とりあえず、ランタンを安定して作る目処が立ちそうね。)


——しかし、その瞬間。


エンデクラウスの手がふわりと私の手元を押さえ、作業の手を止められる。

絡みつくような指先が、ゆっくりと私の手を包み込んだ。

耳元に落ちた熱を帯びた囁きが、肌をかすかに震わせる。


「……俺から逃げようとしましたか?」


「え?」


紫の瞳がゆるく細められ、悪戯めいた笑みが滲む。


「もっと……意識したままでいてください。」


指が絡まり、ゆっくりと手の甲をなぞられる。

そんな些細な仕草のはずなのに、まるで心臓を直に撫でられたかのような衝撃が走る。


「ひぎゃっ!!」


思考が一気に吹き飛び、頭の中が真っ白に染まる。

……結果、せっかく得た情報をすべて忘れ、もう一度"図書館"へ行かなければならなくなったディーズベルダだった。

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