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20.愛しさゆえに、変更される計画

数日後——

朝の光がカーテン越しに差し込み、部屋を淡く照らしていた。


窓の外では、鳥のさえずりが響き、平和な朝の訪れを告げている。


しかし、その穏やかな空気を一瞬で吹き飛ばすかのように——


「時間が……ない!!」


ディーズベルダの焦燥に満ちた叫び声が、寝室に響き渡った。


「奥様、じっとしてくださいませ!」


鏡の前に座る彼女の銀髪を整えていた専属侍女のジャスミンが、慌てて髪をまとめる手を早める。


ディーズベルダは鏡越しに青ざめた顔を映しながら、肩を落とした。


「確かに……毎晩、ですもんね。」


ジャスミンが少し照れくさそうに呟く。


「そうなのよ! 毎晩なのよ!!」


ディーズベルダは思わず強く言い放ったが——


次の瞬間、部屋の空気が凍りつく。


ジャスミンの手が止まり、ディーズベルダ自身も自分の発言の意味を悟り、口を押さえた。


——しまった。言わなくていいことまで言ってしまった。


ジャスミンは、ゆっくりと目を逸らし、微笑を浮かべながらも何かを悟ったような表情をしている。


「そ、その……まぁ、体力が……。」


ディーズベルダが小さく呟くと、ドレスの整理をしていた執事のジャケルが、低く笑うように口元を押さえた。


「ほほほ……奥様、しかし、時期に旦那様は一度王都へ旅立たれてしまうのでは?」


「……え?」


不意に言われた言葉に、ディーズベルダは驚いたように顔を上げた。


確かに、エンデクラウスはあの魔石を王へ献上し、世に広めるという大役を担っている。

ディーズベルダは今もなお王都への立ち入りを禁じられているため、彼が一人で向かうしかないのだ。


それに今朝、王都からの返書が届いていたはずだ。

王との謁見が正式に決まったという知らせだった。


それがどうしたというのか?


「寂しい、って……エンディが?」


ディーズベルダの問いに、ジャケルはゆるやかに頷いた。


「はい。旦那様は、日々奥様と共に過ごせることを心より喜んでいらっしゃいます。ですが、王都へ向かわれる際は、それが叶わなくなるのですから……。」


「……。」


彼の言葉に、ディーズベルダは返す言葉を見つけられなかった。


「きっと、旦那様は少しでも奥様との時間を大切にしたいと思っておられるのでしょう。」


その言葉を受けて、ディーズベルダは再び自分の手をじっと見つめた。


エンデクラウスが——寂しい?


彼がそんな素振りを見せたことは、一度たりともない。

冷静沈着で、何事にも余裕があり、策略家としても一流の彼が、そんな感情を抱いているとは思いもしなかった。


でも、ジャケルの言葉が胸に引っかかる。


(毎晩、腕を回して抱きしめてくれるのは……私が安心するためだけじゃなかったの?)


寄り添うたびに、どこか安堵したように深く息を吐く彼の気配を思い出す。

どんな時でも冷静な彼が、唯一心を許しているのは、もしかすると——


(……私?)


考えれば考えるほど、心臓がどくん、と跳ねた。

不意に体が熱くなる。


(いや、わかっていた。けれど……腹黒策士なせいで、どこかそう思えないと言うか……。)


長年、彼のことを警戒し、距離を取ろうとしてきた。

彼の行動は常に計算され、彼の言葉には裏がある——そう思っていた。


けれど、もしそれが本心だったのだとしたら?

もし、エンデクラウスが本当に、私と一緒にいる時間を何よりも大切にしていたのだとしたら?


「……そう、なのね。」


ふと気づけば、ディーズベルダの唇から、そんな呟きが漏れていた。


静かにジャケルの方を見ると、彼は柔らかく微笑んでいる。


「ええ。どうか、旦那様のお心を大切にして差し上げてくださいませ。」


ディーズベルダは、小さく息を吸い込み——


「……わかったわ。」


◇◆◇◆◇


その夜—— 寝室。


ベッドの上で並んで横になりながら、静かに話をしていた。


エンデクラウスは少し躊躇いながらも、真剣な眼差しでディーズベルダを見つめる。紫の瞳が、夜の闇の中で静かに揺れていた。


「ディズィ、今日は少し相談があります。」


「どうしたの?」


ディーズベルダは、彼の表情がどこか普段と違うことに気づく。彼の目は真剣そのもので、冗談を言うような気配は一切ない。


「当初の予定では、あの石を王に献上し、世間に広めるというものでしたが——ランタンも一緒に出してしまおうかと思っています。」


「……あれを? どうして?」


驚きと戸惑いが混ざった声を上げるディーズベルダに、エンデクラウスは小さく微笑む。しかし、その微笑みはどこか寂しげだった。


「それを、ディズィの新たな発明品として献上することで、王都への立ち入り禁止を解除してもらおうと考えています。」


「それって……必要?」


彼女の問いかけに、エンデクラウスは少しだけ目を伏せた。そして、ゆっくりと息をつく。


「必要であってほしいと……思っています。」


その言葉に、ディーズベルダは眉を寄せる。


「……必要であってほしい?」


意味を問いかけるように彼を見つめると、エンデクラウスはそっと彼女の手を取り、自分の頬にあてがった。彼の肌の温もりが、彼女の手のひらにじんわりと伝わる。


「……わかりませんか?」


低く甘い声が、そっと彼女の心を揺さぶる。


「エンディ……?」


彼の紫の瞳が真っ直ぐに彼女を見つめる。


その眼差しに込められた思いを、ディーズベルダはようやく理解した。


(あ………。もしかして……。)


鼓動が速くなるのを感じながら、彼女は小さく息を呑む。


「は、初めてだから……わからなかった。誰かと……こういう関係になるのは、初めてだから。」


彼女はぎこちなく言葉を紡ぐ。


「その……今までは、スフィーラ王女があなたを狙ってて……それで……好きにならないように必死になってて……。」


言葉に詰まりながらも、続けた。


「それが癖に……なってて……。」


エンデクラウスはその言葉を聞いて、ゆっくりと瞳を細める。


「……やっぱり…それが理由だったか。」


溜息交じりに呟かれた言葉に、ディーズベルダは驚いたように目を瞬かせる。


「え?」


「どれだけ詰めても、どれだけアピールしても全然伝わらなかったので、少々強引に行動を移していました。」


「えぇ!? そうなの。」


「はい…。もっと早く分かっていれば、俺が王女を毒殺していました。」


「いや、それはいくらなんでもダメよ。私ごときの為に王女様が死ぬなんて。」


思わずツッコミを入れるディーズベルダに、エンデクラウスは微かに笑った。


「冗談です。」


「いや、ちょっと間があったわよね!? 今一瞬本気で考えたでしょ!?」


彼の思考回路に戦慄しつつも、ディーズベルダはなんとか冷静を保とうとする。しかし、彼の手がそっと自分の手を握り、優しく包み込んだことで、心臓の鼓動が跳ねる。


「あなたの汚名を返上することを、お許しいただけますか?」


静かに告げられた言葉は、どこまでも優しく、それでいて強い決意が込められていた。


ディーズベルダは、しばらくじっと彼の顔を見つめたあと、ゆっくりと微笑んだ。


「……わかったわ。エンディにまかせるわ。」


「ありがとうございます。」


エンデクラウスは、彼女の手のひらにそっと唇を落とした。


「っ……!」


ディーズベルダは思わず指先をぴくりと動かす。

肌に直接触れる彼の唇の感触は、想像以上に熱を帯びていて、くすぐったいような、けれどどこか甘い痺れを感じさせた。


(……な、なにこれ……! なんでこんなに色っぽいのよ!!)


エンデクラウスはそんな彼女の動揺を楽しむように、口元に微笑を浮かべたまま、そのまま指先へと唇を滑らせる。ゆっくりと、名残惜しそうに。


「きょ、今日は早く寝かせてね!」


ディーズベルダは、羞恥心を隠すように勢いよく布団を引き寄せ、顔まで覆ってしまった。


すると、隣から低く含み笑いが聞こえる。


「今日は……ということは、明日は良いんですね?」


「し、知らない!!」


布団の中から顔を出さないまま、彼女は怒ったように叫んだ。

しかし、顔が真っ赤になっているのを見透かされたような気がして、さらに深く布団をかぶる。


エンデクラウスは満足げに微笑みながら、そっと隣に横になった。


今夜は、ただ静かに寄り添いながら、穏やかな夜が更けていった。

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