178.笑って泣いて、祝福は始まる。
──外に出ると、建物の前には妙な人だかりができていた。
ざわざわと話し声が飛び交い、通路がふさがれるほどの賑わいになっている。
(なに……? こんなところで何が――)
ディーズベルダは裾をさばきながら人波の間を縫うように進み、先に見える姿を目で探した。
「あれ……エンデクラウス?」
その先には、困ったように手を挙げているエンデクラウスの姿があった。
そしてさらに視線をずらすと――人だかりの“中心”には、見慣れた小さな後ろ姿が。
「……クラウディス!?」
その瞬間、ディーズベルダの背筋に軽く衝撃が走る。
我が息子は、道の真ん中で――なんと手でハートマークを作っていた。
しかも両手をぷるぷる震わせながら、にっこりと微笑んでこう言った。
「かわいー?」
周囲の見物人からは「きゃ~!」「かわいすぎる……!」と、歓声と溜息がこぼれる。
「なっ……なにやってんの、この子はぁっ!!」
ディーズベルダが目を見開いて駆け寄ると、エンデクラウスが苦笑交じりに頭を下げた。
「あ、ディズィ……すみません。クラウがずっとこの調子で……」
息子は、どこで覚えたのかわからないポーズ――小首をかしげてピースを目元にあてたり、指で輪を作ってウインクしたり――
ひとつ披露しては、満面の笑みでひと言。
「ほめて?」
「こ、これはちょっとまずい……」
ディーズベルダは周囲に集まった人々に向き直り、手を振って笑顔で声をかけた。
「み、みなさーん! そろそろ式が始まるみたいですよ~。よかったら、席にどうぞ!」
すると「おぉ……」「えっ、もうそんな時間?」と、名残惜しそうにしつつも群衆は少しずつ散り始めた。
「助かりました……」
人だかりがはけるのを見て、エンデクラウスがほっと息をついた。
だがその背後で、クラウディスは口を尖らせてぷいっと顔を背ける。
「むぅ!!!」
「クラウ、どうしちゃったのよ。なに、あれ……」
母の問いかけに、クラウはくるりとこちらを向き、得意げに言った。
「かわいーことする!」
「えぇ……」
(我が息子……どうしてしまったのだろうか)
ディーズベルダは天を仰ぎたくなる気持ちをぐっと堪えた。
するとエンデクラウスが、至極まじめな顔で呟く。
「クラウがこうなのは、今に始まったことではありませんが……」
「……あなたに似たのね」
「えっ? 俺ですか?」
「だって、自分が一番イケメンだと思ってるでしょ?」
「それは……はい。自信があります」
きっぱりと即答されたその言葉に、ディーズベルダは数秒黙ったあと、重たくひと言。
「…………親子ね」
「えっ!? でも、俺は愛嬌なんて人前で振りまいたりしませんよ。ディズィにしか」
「クラウにとって、その私の枠が……みんな、なんでしょ」
「……あっ……」
エンデクラウスが固まった瞬間、ディーズベルダはため息をつきながら、クラウの頭をそっと撫でた。
「……まったくもう……将来が怖いわ」
それでも、クラウディスはにこにこ笑いながら、再び「ほめて?」と両手でハートを作っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
──いよいよ、中央神殿での結婚式が始まろうとしていた。
広く荘厳な神殿の中、すでに参列者たちはずらりと席に並び、静かにその時を待っている。
天井は高く、音が吸い込まれるような静けさのなか――
ふと、頭上にふわりと浮かぶものが現れた。
いくつもの小さな水の球体が、ゆっくりと宙に浮かび、神殿内の天井近くを漂っている。
その中には、金と銀の光の粒がたっぷりと閉じ込められていて、球体が揺れるたびにそれが反射し、
壁や床にキラキラとした模様を描き出す。
まるで空中に浮かぶ星々のような、その幻想的な演出に、参列していた貴族たちは次々と息をのんだ。
静かに感嘆の声が漏れ、誰もが目を奪われる。
「……わぁ……」
ディーズベルダの右隣に座っていたエンデクラウスも、言葉少なにその光景を見上げていた。
膝の上にちょこんと座っているクラウディスも、目をまんまるにして、頭上の水球をじっと見つめている。
その頬には、淡い光の反射が揺れていた。
けれど――左隣に目を向ければ、少し違う空気があった。
ディーズベルダの父と母が、神妙な面持ちで並んで座っていた。
父は腕を組み、視線を宙に漂わせながら小声で呟く。
「……ほ、本当に……ベリルは教皇と、結婚してしまうのだろうか……」
隣でそれを聞いたディーズベルダは、首を少し傾けながら問い返す。
「何? 反対なの?」
その一言に、父ははっとして顔を上げた。
「いや……そういう意味ではないんだ。
ただ……あの子には、これまで散々な思いをさせてしまったからな。
……本当に幸せになれるのか、不安なんだよ」
そう言う父の声には、後悔と祈りの混ざったような色があった。
母も、長い睫毛を伏せながら小さく頷いた。
「………そうね……」
彼女の声もまた、不安を包み込むように震えていた。
ディーズベルダは、ふたりの様子をそっと見てから、微笑んだ。
「大丈夫よ」
そう、はっきりとした声で。
「二人の姿を見れば、そんなのきっと吹き飛ぶわよ」
それは、ただの慰めではなかった。
今のベリルコートと教皇の姿を知る者として、確信のこもった言葉だった。
ふたりがどういう顔で並ぶのか――
誰よりも近くで知っているからこそ言える、家族としての誇りと信頼。
そして。
神殿の奥、巨大な扉がゆっくりと開く音が響いた。
緊張感が一気に張り詰め、参列者たちの視線が前方へと集中する。
静寂のなか――
いよいよ、新郎新婦の入場が始まる。




