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174.因縁ある相手の結婚式

──スフィーラ王女とダックルス辺境伯の結婚式、当日。


大理石の床が光を反射し、天井のステンドグラスには朝の陽光が差し込む。

荘厳な空気の漂う王都の大聖堂には、今や王国中から集められた参列者たちの姿がびっしりと並んでいた。


最前列には王族、続いて公爵家、そして辺境伯とダックルス家の親族たち。

そのすぐ後ろ、つまり前方の特等席に――エンデクラウスとディーズベルダの姿があった。


金と白の刺繍を施した招待席で、ディーズベルダは少しだけ身を乗り出して隣に小声を漏らす。


「ねぇ、見て……」


指さす先――祭壇の前に、妙に見覚えのある佇まいの“神官”が立っていた。


いつもの長い髪は目立たぬよう下級神官帽子で丁寧に覆われていたが、あの雰囲気、所作、立ち姿……誰よりも見慣れた人物。


「……教皇様よね、あれ」


「……やっぱり、そう見えますか」


エンデクラウスも目を細め、苦笑を浮かべた。


普段の威光と神聖さを封印し、下級神官の衣装に身を包んでいる教皇。

その立ち姿の前には、純白の婚礼衣装をまとったコーリックが、凛と立っている。


「どうしちゃったのかしら……本当に、あの方が司式?」


「俺の予想ですが……おそらく、“離婚前提の結婚”を見越して、

正式な祝福を避けるために“下級神官”を雇ったのではないでしょうか」


「それで教皇様が……入れ替わった、ってこと?」


ディーズベルダの目がぱちりと大きく開く。


「そんな面白いこと、本当にあるのね……!」


その瞬間――


ガチャリ、と大聖堂の扉がゆっくりと開かれた。


ジャラジャラと宝飾が揺れる音とともに、白金の婚礼衣装をまとったスフィーラ王女が、重々しい足取りで入場してくる。


その一歩ごとに、祭壇の光が煌めく宝石に反射し、まるで舞台の幕が上がる瞬間のようだった。


参列者の視線が一斉に彼女へと注がれるなか――

エンデクラウスは表情を崩さず、小さく息を吐いて呟いた。


「……我が家の密薬を飲まされたと聞いていますが、あれは……正気ですね」


「え、わかるの?」


「はい。一瞬、俺のことを目で探しました」


そう言った彼の目は、まっすぐ前方のスフィーラを見つめている。


「……え、この期に及んで? まだエンディを? あなたみたいな執着心ね」


ディーズベルダが半ばあきれたように呟くと――


「それ、どういう意味ですか?」


エンデクラウスはにこにことした笑みを崩さぬまま、わざとらしく首を傾げながら、ディーズベルダの横顔をじっと見つめてくる。


(……その顔が、一番ずるいのよ)


ディーズベルダは目をそらし、小さくため息をついた。

だがその唇には、わずかに笑みが残っている。


そうして式は滞りなく進行していった。

高い天井に祝詞が反響し、神聖な旋律が大聖堂を満たしていく。


祭壇の前では、スフィーラ王女とコーリックが、下級神官(中身は教皇)を前に誓いの言葉を交わしていた。


荘厳な空気のなかで、やがて、いよいよ“聖印”が押される儀式へと移る。


(あぁ……懐かしいな)


ディーズベルダは目を細めて、思わず心の中で呟いた。


(私とエンデクラウスの結婚式――)


あの時の光景が、脳裏にぼんやりとよみがえる。


参列者は、誰一人いなかった。

あったのは、なぜかきっちり用意されていた白と金の婚礼衣装。

そして、無造作に教壇に立っていた、やけにダルそうな司祭。


(……あの頃は、教皇だなんて思いもしなかったっけ)


今こうして、格式ばった儀式を真正面から見ていると、あの時の“異常さ”がむしろ鮮明に思い出されてくる。


(王都を追放されたとき、私は……ああ、やっぱりなって思ってた)


(スフィーラ王女に、勝てるわけがないって。

私なんかが、彼の隣にいる未来なんてあるはずないって――ずっと、そう思ってた)


自分には何もない。

追い出されて当然。捨てられて当然。

それが、あの頃の自分の中に巣食っていた“当たり前”だった。


(でも……)


ふと、隣に座るエンデクラウスに視線を向ける。


彼は真面目な顔で、静かに式を見つめていた。

姿勢も崩さず、表情もきちんと整っているのに――それでも、どこか満ち足りた雰囲気がにじんでいる。


(その時の私には、今の私はきっと想像もできなかっただろう)


晴れの場に、堂々と座る自分。

彼と隣り合い、まるで“当然”のように指を絡めあって笑い合うような自分。


(……ほんと、私は見誤っていたのよね。エンデクラウスの――とんでもない執着心を)


誰もいない聖堂に、こっそり教皇を連れてきて、

私の手を取り、祝福を与えたあの瞬間。


(すごいことだわ……あの教皇を、あのタイミングで連れてくるなんて)


“誰もいない結婚式”だったのに、彼は最初から“教皇に祝わせる気”だった。


(……あなたは、ほんと。どこまで手を回すんだか)


思わず、隣のエンデクラウスを横目でじっと見つめる。


すると彼は、ふとこちらに気づいたように目を細めて、口元を緩める。


だが、その余韻に浸る間もなく――


「――これより、聖印を授けます」


祭壇の上、下級神官の衣装をまとった“神官”――教皇がそう告げると、

大聖堂の空気がぴたりと張り詰めた。


静寂のなか、彼が手をかざし、指先から淡く光がにじむ。


その光はまるで雫が落ちるように静かで――

けれど、瞬間的に爆ぜるように、圧倒的な聖魔力が空間を満たした。


バシュンッ――!


風もないはずの聖堂内で突風のような衝撃が走り、

教皇の頭にかぶさっていた下級神官の帽子が、空中にふわりと舞い上がった。


次の瞬間、帽子が床に落ちると同時に――

隠されていた長い白銀の髪がさらりと露わになった。


それは光を帯びるように美しく、見る者の目を奪う――まさしく、“あの人”の髪だった。


「え……!?」「まさか……教皇陛下……!?」


参列者たちの間に、ざわざわと小さなどよめきが広がっていく。


すぐに誰かが声を上げ、次には複数の人々が席を立ち、

視線が一斉に祭壇の人物へと集中した。


まばたきすら忘れて見つめるその先には――

間違いなく、“下級神官”などではない、堂々たる威厳を湛えた現教皇の姿があった。


ディーズベルダは思わず唇を押さえ、笑いをこらえる。


(……やっぱりこうなった)


教皇の聖魔力は、祝福という形ですら、もはや存在そのものを隠せないほど桁違いだったのだ。


そして、聖堂全体に走るこのざわめきこそが――

祝福の“重み”と“本物の加護”を、何より雄弁に物語っていた。



いつもありがとう!

更新ゆっくりになりますが、

これからもよろしくお願いします!

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