表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

173/188

173.ルーンガルドの門

──ルーンガルド城・一階西側の部屋。


ここには、現代チートと呼ばれる機械――洗濯機と自動機織り機が置かれている。

今はディーズベルダ以外の3人――ベリルコート、モーリ、チェシャたちが協力し、別の織物を織っている最中だった。


シャトルの軽やかな音と、布が張られるパリッとした張力の音が、静かに響いている。


そんな空気の中、部屋の隅では――

教皇が、何やら妙な形をした魔具のような装置を片手に、洗濯機の周囲をぐるぐると歩き回っていた。


しゃがみ込んでは覗き込み、立ち上がっては本体に沿ってなぞり、まるで研究者のような真剣な顔つきだ。


「……何してるんですか、教皇様」


ディーズベルダがやや眉をひそめつつ、声をかけた。


「ん? あぁ、いえいえ」

教皇はふわりと笑って、手元の器具をディーズベルダに軽く見せる。


「これで“スキャン”しておけば、いつでも錬成可能になるので……念のために記録しておこうかと」


「……えっ!? つまり、それって量産できるってこと……!?」


思わず前のめりになるディーズベルダに、教皇は首を軽く傾けて頷いた。


「えぇ、まぁ。理論上は可能です。ですが――」


言葉を区切り、教皇の視線がすっとディーズベルダの後ろへ向かう。


「エンデクラウス殿も仰っていた通り、“古き良き世界”を壊したくないのであれば……

この部屋だけで使用するのが、賢明かと存じますよ?」


「……うん、それはもちろんよ」


ディーズベルダは静かに息を吐き、手元の洗濯機に視線を落とした。

その曲線も、スイッチも、設計も――すべて自分がこだわって作ったものだ。


(……とはいえ、壊れたときどうしようって、密かに不安だったし。記録してくれるのは……ありがたいわね)


そう思いながら微笑んだそのとき――

部屋の扉がカチャリと開き、エンデクラウスがクラウディスを抱いて現れた。


小さなクラウディスは、少し濡れた髪をタオルでくしゃくしゃにされながら、ぐずり気味に抱きついている。


「……ディズィ。そろそろ荷造りしましょうか」


「えぇ、そうね」

ディーズベルダは頷きつつ、タオルを取りに近づいてクラウディスの頬を拭った。


「何を持っていこうかしら。王都なら、だいたいのものは揃ってるはずよね」


「そうですね。服と、書類と……それに、あなたの読みかけの本も」


「ふふ、ちゃんと覚えてたのね。さすが私の旦那様」


二人がやりとりを交わす後ろで、教皇は手帳に何かをさらさらと書き付けていたが、ふと顔を上げた。


「我々も、王都へ向かう準備を進めています。今回の滞在は、中央神殿となります」


それを聞いて、エンデクラウスが静かにうなずく。


そして、機織り中のベリルコートの姿へと視線を向けるディーズベルダ。


「お兄様のこと、よろしくお願いしますね。教皇様」


その言葉に、教皇はゆっくりと笑った。


「はい。お任せください」


教皇のその言葉は、軽やかで優しく――けれど、どこまでも揺るぎない確信を帯びていた。



◇ ◆ ◇ ◆  ◇



そして迎えた翌朝。


まだ朝靄がわずかに残るなか、ルーンガルド城の正門には、二台の馬車が並んでいた。


一台目――

ディーズベルダ、エンデクラウス、クラウディス、そしてヴェルディアンを乗せた馬車は、揺れも少ない特注仕様。

車内では、ディーズベルダの腕の中にすやすやと眠るヴェルディアンを、クラウディスが小さな手で優しくなでてあやしていた。


「……よしよし、いいこ……いいこー!」

声を潜めて囁くその姿に、ディーズベルダはふと微笑みをこぼす。


(ほんと……クラウ、立派なお兄ちゃんになってきたなぁ)


その表情には、母としての誇らしさと、少しだけの寂しさが滲んでいた。


隣ではエンデクラウスが静かにその光景を見守っていたが、ふと目を細めて囁く。


「もうすぐ、見えてくる頃ですよ」


「うん……」


そして、ほどなくして――


馬車の小窓から見えた光景に、ディーズベルダは思わず、少しだけ身を乗り出した。


「わぁ! 完成してたんだ!」


ディーズベルダの思わず張った声に、膝の上で眠っていたヴェルディアンが、ぴくりと小さく身じろぎした。


「……ふぇ……」


その動きに、クラウディスはハッと目を見開き――


「起きちゃった……!」といわんばかりに、ガーーーン!と目を見開いて頭を抱えるクラウディス。


「しーっ、しーっ……」


小さな声でそう呟きながら、ヴェルディアンのほっぺを一生懸命なでなでする姿に、馬車の中にはくすりと笑いが広がった。


そんなやり取りのあと、ディーズベルダがふと窓の外へ視線を戻すと――

そこには、堂々たる姿で広がる真新しい城壁があった。


淡い灰色の花崗岩と、漆黒の玄武岩が交互に積み上げられ、

外壁全体がまるで巨大な紋様のように美しく彩られている。

太陽の光を受けた石肌がやわらかくきらめき、ところどころに埋め込まれた金属製の補強フレームが、無骨ながらも荘厳な存在感を放っていた。


その構えは、まるで「ここから先は、ルーンガルド領である」と無言で告げるかのように――

誰であろうと容易には通さぬという、確かな意思を持ってそびえ立っていた。


ルーンガルド領の“玄関口”として。

それは静かに、しかし確かに、この地の新たな始まりを語っていた。


「はい。今朝方、ディルコフが戻ってきて、完成報告をしてくれました」


窓の外を眺めるディーズベルダの隣で、エンデクラウスが静かに頷きながら言う。


「教皇殿も、かなり協力してくださったそうです。……あの石積みの一部、どう見ても常人の仕事ではありませんから」


「あはは……やっぱりね」


ディーズベルダは小さく笑いながら、もう一度視線を城壁へと戻す。

その眼差しには、驚きと誇らしさがないまぜになっていた。


「ディルコフ……怒ってそうだなぁ。“間に合ってなかったら、身内の結婚式にも出られないところだった!”とか言って」


その想像に、つい笑いがこみ上げてくる。

あの真面目で、どこか不器用な男が、真顔で文句を言っている姿が目に浮かぶようだった。


「ははっ。きっと言ってるでしょうね」


エンデクラウスも、彼女の言葉に釣られるように柔らかく笑った。

そして、ふたりの笑い声が揺れる馬車の中に、そっと心地よく広がっていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ