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165/188

165.夫は耐えているだけで絵になる件。

──魔王城、中庭。


空には雲一つなく、昼間の気温は心地よく保たれた25度。

涼やかな風が緑の葉を揺らし、まるで深呼吸したくなるような穏やかさが中庭を包んでいる。

ここルーンガルドの地は、教皇のチート能力によって夜は21度、昼は25度に常に保たれており、夜間には週に三度、雨が降るよう調整されている。


そのおかげで、魔王城の庭はいつでも柔らかい潤いに満ち、草花も艶やかに生き生きとしていた。


ディーズベルダはベンチに腰を下ろし、膝の上にはちょこんとクラウディスを乗せている。

ふわふわとした銀髪の我が子が小さな足をぶらぶらさせながら、興味津々に前方を見つめていた。


その先には――


上半身をさらけ出したエンデクラウスが、芝生の中央で静かに座禅を組んでいた。

長い黒髪がゆるやかに風に揺れ、鍛えられた肉体が陽光を反射して光る。どこか神聖さすら漂う姿だ。


(……なんでこんな修行じみたことになってるのよ)


内心で思わずため息を吐いたディーズベルダの隣には、荘厳な白金のローブを纏った男の姿があった。


教皇――その人である。


教皇は、ベリルコートと見紛うほど整った美貌に、シルクのように滑らかな白髪をなびかせながら、端正な横顔をこちらに向けてきた。

その白衣には金の刺繍が施され、ただそこに立っているだけで、まるで神の使いのような存在感を放っていた。


「前に、突発的にあなたにテレパシーを飛ばしたのを覚えていますか?」


教皇はすっと手を胸元に当て、まるで授業のように穏やかな口調で尋ねる。


エンデクラウスは静かに目を開けると、顔を上げて頷いた。


「……はい。まるで、頭の中に直接声が届くような、あれですよね」


「そう、それです」


にこりと微笑んだ教皇の目が、わずかに鋭く細められる。


「実はあれ、あなたの中に微量な雷属性の素質があったからこそ、私の術式が届いたのです。

ですから今から――その属性を、私の力で引き上げさせていただきます」


その言葉に、ディーズベルダは思わず眉を寄せた。


(……え、さらっと言ってるけど、それってつまり、すっごく痛いってことじゃないの?)


「準備はよろしいですか? 全身に雷が走ったような痛みを伴うかもしれません」


そう続けた教皇に、エンデクラウスは微動だにせず、あくまで落ち着いた声で答える。


「構いません。死なないのであれば」


「ええ、大丈夫です。死んでも蘇生できますから」


――その一言で、中庭の空気がピシィッと凍った気がした。


「……いや、こわっ」


ディーズベルダは心の中で突っ込みを入れながら、苦笑いを浮かべた。


(……なんだか学園時代を思い出すわね……)


ふと思い出すのは、学生時代の決闘演習。

教師がにこやかに黒板を指しながら言っていた――


『本日は教会から、ベネツェーラ枢機卿が来てくださっています。致命傷や重傷を負っても、即座に蘇生してくださいますので、心置きなく戦ってくださいね〜♪』


(……あの時も思ったのよね。高位聖属性の人たちって、命を軽く見すぎてない……?)


心の中で肩をすくめているうちに、教皇がゆっくりと右手を掲げた。


指先に集まる、紫がかった電光。

空気がぴりぴりと震え、バチッ――と雷が走る音が空間を切り裂いた。


そして次の瞬間、教皇の手がエンデクラウスの肩にそっと触れた――


「……っ!」


バチバチッと音を立てて、雷の奔流が一気に彼の全身を駆け巡る。

まるで紫電そのものが体内へ突き刺さるように、光と衝撃が彼を包み込んだ。


エンデクラウスは歯を食いしばりながらも、ひとつも声を上げることなく、その場に静かに座り続けていた。


だが――


その姿は、あまりに艶やかだった。


雷光に照らされて浮かび上がる、引き締まった腹筋と滑らかな筋肉の稜線。

滲む汗が肌に沿って流れ落ち、光を受けて艶めかしく輝く。

その肉体美は、まるで神が造形した芸術品のように、完璧だった。


そして何より――表情。


眉間にうっすらと皺を寄せ、薄く開いた唇からは、耐えきれず漏れる吐息。

その息づかいはどこか甘く、息を飲むほど艶やかで……

まるで苦痛と快感が紙一重で混ざり合ったような、妖しい陶酔の色が浮かんでいた。


細く震える喉元から、かすかなうめき声が洩れ――

それがまた、抑え込んだ感情をかえって露わにするようで、背筋がぞくりとするほど色っぽい。


雷が走るたびにビクン、と肩が震え、全身の筋肉が収縮するたび、彼の身体は美しい余韻を伴って輝きを放つ。


苦悶の中に垣間見える、甘やかな陶酔――

それは、見ているだけで胸の奥が熱くなるような、抗いがたい色気だった。


(……あー、はいはい……)

ディーズベルダは思わず天を仰いだ。


(汗まみれで必死に耐えてる姿とか、ちょっと泥臭くて庶民的な絵面を期待してたのに……)


「クラウ。あなたのパパは、何をしても絵になりすぎて……ほんっと、むかついてくるわ」


完全にあきれ声だった。

イケメン補正って、ほんとずるい。汗かいても、歯を食いしばっても、美しさが上乗せされるだけって、なにそれ反則。


膝の上のクラウディスを抱き直しながら、ディーズベルダは深々とため息をついた。


――と。


その瞬間、クラウディスがきゅっと彼女の服の裾を握り、小さな声でぽつり。


「ま"ま"……?」


その瞳はうるうると潤み、まるで“パパがママに嫌われた!?”という衝撃を受けたような顔で見上げてくる。


(……いや、ちがうちがう。そうじゃないのよクラウ)


一瞬で「ガーン!!」という擬音が見えるような表情になった我が子に、ディーズベルダは慌てて微笑んだ。


「……大丈夫。ママは、ちょっとだけ拗ねてるだけよ。むかつくくらい格好いいからね」


そっとクラウディスの額に口づけながら、ディーズベルダは再び、雷光に照らされる夫の美しすぎる横顔を見つめた。

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