15.二人だけの秘密
「提案なんですが、まずはこの石をどうにか開発して、発明品として王に献上し、広めてはどうでしょうか。そうすれば、聖属性のランタンも心置きなく使えます。」
エンデクラウスが、穏やかな口調で提案する。
ディーズベルダはその言葉に考え込むようにノートを指でなぞり、ゆっくりと頷いた。
「そうね。ここは未開拓な土地だから、"新しい鉱物が発見された"って言えば、それで通るわね。」
「ええ、王家にとっては新たな資源の確保は大きな関心事ですから。」
この地に眠る新たな鉱石として報告すれば、魔王城の秘密とは無関係に発表できる。
それなら、聖属性のランタンの存在を隠すことなく使用できるようになる。
「吸収する石について、ノートには何か書かれていませんでしたか?」
エンデクラウスの問いに、ディーズベルダはノートをめくりながら、眉を寄せる。
「うーん……全部読んでみないとわからないわね。でも、この魔王の研究ノートの記述を見ていると、彼は"段階的に"技術を発展させていたみたい……。」
「段階的に?」
「最初に人を生み出して、次に生活基盤を整え、徐々に魔法技術を開発していく……そんな流れになっているの。」
ノートの記述を追いながら、ディーズベルダはふとある考えが頭をよぎる。
「それと、私の勘だけど……聖属性で魔物が消えるなら、魔物は闇属性みたいね。」
「ほぅ、それも前に聞かせてくれた異世界の知識ですか?」
エンデクラウスが興味深そうにディーズベルダを見つめる。
「そうよ。異世界では、闇と光の属性が対になっていることが多いの。」
それは、ディーズベルダが前世でよく読んでいたファンタジーの設定だった。
しかし、この世界にもその概念が通じる可能性は高い。
「なるほど……。異世界の知識は、やはり興味深いですね。」
エンデクラウスの口元が、楽しげにわずかに持ち上がる。
(……この人、本当に私の話をよく覚えているわね。)
婚約したばかりの頃、何気なく話してしまった異世界の知識。
いや、むしろ——
(誘導されたのかもしれないわね。)
自然と口を滑らせてしまったように思っていたけれど……
思い返せば、エンデクラウスはいつも巧妙に話題を引き出していたような気がする。
(……まったく、昔から策士よね。)
そんな彼を横目に、ふと別の疑問が浮かんだ。
「そういえば、属性の話で思い出したけど……どうしてクラウディスは水なのかしら?」
ディーズベルダは、腕を組んで考え込んだ。
エンデクラウスの家門、アルディシオン公爵家は火の属性を持つ。
そして、彼女の生まれたアイスベルルク侯爵家は氷の属性。
しかし——
クラウディスが示したのは、水だった。
エンデクラウスは、彼女の疑問に対し、穏やかに答えた。
「混ざったのでしょう。」
「混ざった……?」
「あなたの家門が氷であるように、昔は火と水、雷と地、木のみが存在していました。」
「……それが代を重ねるごとに、変わったということ?」
エンデクラウスはゆっくりと頷く。
「ええ。長い年月を経て、属性同士が混ざり合い、草木に変化し、やがて氷が生まれたように。」
ディーズベルダは、自分の手をじっと見つめる。
(つまり……氷は、水の派生なのね……。)
ならば、クラウディスが水の属性を持つのも、不思議ではない。
むしろ、原初の属性に戻った形とも言える。
しかし——
エンデクラウスは少し考え込むように視線を落とし、ゆっくりと口を開いた。
「ですが、もしかすると——氷と火を同時に使っているだけなのかもしれませんけどね。」
「えっ!? 2属性同時に!?」
ディーズベルダは驚きのあまり、思わず前のめりになった。
1人が2つの属性を持つことは、極めて異例だった。
「可能性としては考えられます。」
そう言うと、エンデクラウスはふっと息をつき、手を軽く上げた。
彼の指先に力が込められ——
バチッ——!
微かな火花が散った。
「わっ! 初めて見た!」
ディーズベルダは思わず声を上げた。
エンデクラウスの指先に弾けたのは、雷の魔力。
「あまりに小さいので、今まで言ったことはなかったのですが……。」
エンデクラウスは少し困ったように眉間に皺を寄せた。
「母が王族なので。」
ディーズベルダは、思わず息を呑んだ。
(つまり……エンデクラウスは、本来"火の属性"のはずだけど、王家の"雷の属性"も微かに受け継いでいるということ?)
「二人だけの……秘密ですよ。」
——ふいに、耳元で囁くような甘い声が落とされた。
「……!」
驚く間もなく、エンデクラウスの指がふわりと彼女の髪をすくい上げ、唇がそっと触れる。
優しく、しかし、ゆっくりと意識を絡め取るように——
まるで何かを誘うような、色気を滲ませた仕草だった。
ゾクリ、と背筋が震えた。
(な、何よ、今の……!?)
「え…えぇ…。」
なんとか言葉を返すものの、声が僅かに震えてしまう。
どうしてこんなにドキドキするのよ。
婚約していた頃、エンデクラウスはほぼ毎日家に入り浸っていた。
もちろん、何度か抱きしめられたり、軽く手を取られたりすることもあった。
でも——
(こんな風に、心臓がうるさいなんて、一度もなかった。)
結婚したから……なの?
いや、それだけではない。
スフィーラのものになるだろう、と思っていたから、無意識に壁を作っていたのかもしれない。
でも、今は——
エンデクラウスはもう、スフィーラのものにはならない。
教会で結ばれた結婚は、聖属性の力で守られるため、覆せる者はもう誰もいない。
彼はもう、私の夫なのだ。
(……安心したから? それとも……。)
「ふふ。」
エンデクラウスは、満足げに微笑みながらディーズベルダを見つめる。
その瞳は、どこまでも優雅で、そして——
あまりにも、格好良すぎる。
(意識しないなんて無理では?)
そう自覚した瞬間、ディーズベルダはそっと視線を逸らした。
恋愛してる場合じゃないのに——。
なのに、彼を意識してしまう。
心臓の鼓動は、まだ、収まりそうになかった。




