14.魔除けのランタン
ようやく、クラウディスが落ち着いた。
「んぅ……ま……。」
寝息を立てながら、小さな手をぎゅっと丸めている。
ディーズベルダは、彼の銀色の髪を優しく撫で、そっと毛布をかけた。
(ふぅ……やっと落ち着いたわね。)
彼女はベッドの脇に置いたノートを手に取り、静かにページをめくる。
研究ノートには様々な開発記録が書き留められていた。
だが、ふとあることに気づく。
(……このコマンドの記載順、もしかして……?)
ページをめくるごとに、記載されている発明品の内容が段階的に発展している。
——最初は、"人の誕生"から始まり、
次に"衣・食・住"の基盤となるもの、
さらに生活を豊かにする技術、魔法の応用……。
(まるで、この土地の発展に合わせて作れるものが増えるように記録されているみたい……。)
——何もない地に人を作り、発展段階ごとに作れるものを増やしながら記録していった。
おそらく、開発者は計画的にこの地を作っていたのだ。
ディーズベルダは、思わず喉の奥で息を呑む。
(じゃあ、このノートを見ていけば、開拓の道筋が分かるってこと?)
それなら、今必要なものを見つけるのも難しくないかもしれない。
ディーズベルダは、慎重にページをめくる。
(私たちが求めているのは——)
——魔除けのランタン。
ディーズベルダはすぐに立ち上がった。
「ごめんなさい、スミール。地下へ行かなきゃいけないから、クラウディスを見ててもらえる?」
スミールは微笑みながら、恭しく頭を下げる。
「かしこまりました。ご安心を。」
彼女の穏やかな声に安心し、ディーズベルダは素早く地下室へと向かった。
——魔王城の地下研究室。
壁に埋め込まれた燭台が、ぼんやりとした明かりを放つ。
冷たい石畳を踏みしめながら、ディーズベルダは慎重にノートを探し始めた。
(確か……モンスターは最初、この地にはいなかったはず。)
魔物が登場し始めたのは、開発者が**「魔物討伐を娯楽にし始めた」あたりから。
それなら、魔除けのランタンも最後の方に書かれている可能性が高い。**
ディーズベルダは、一番新しいノートからコマンドを探し始めた。
——モンスター開発のノートを読み進める。
——魔物の召喚方法、強化方法、分類の記録……。
——ページをめくるたびに、異様な内容が増えていく。
そして、ついに——
(……あった!)
——魔除けのランタン。
その瞬間、後ろからふいに声がかかった。
「ディズィ、ここにいましたか。」
突然の声に、ディーズベルダは驚き、振り返る。
そこに立っていたのは、エンデクラウスだった。
黒髪を整え、微かに土の匂いを纏った彼は、いつものように涼しげな表情を浮かべている。
「エンディ! 魔除けのランタン、見つけたわ!」
興奮気味にノートを掲げるディーズベルダに、エンデクラウスは小さく微笑んだ。
「ちょうどそのことで話をしようと思っていました。」
彼の紫の瞳が、わずかに鋭さを帯びる。
(……何か、問題でも?)
ディーズベルダがノートを握りしめたまま問いかけると、エンデクラウスはゆっくりと口を開いた。
「実は……魔除けのランタンについて、公爵家で解析してもらっていたところ、あることが分かりました。」
「何が分かったの?」
ディーズベルダはノートを見つめながら、エンデクラウスの言葉を待つ。
彼は一瞬、間を置き——
「このランタン……聖属性の魔法で作られていました。」
「……え?」
ディーズベルダの青い瞳が、大きく揺れる。
(聖属性……?)
ディーズベルダは、ノートに記された魔除けのランタンの説明をじっと見つめながら考え込んだ。
この国では、貴族たちの家系ごとに受け継がれる属性が決まっている。
——王家は雷。
——アルディシオン公爵家は火。
——パーシブルスト公爵家は水。
――ダックルス辺境伯家は地。
——アイスベルルク侯爵家は氷。
――リーフィット侯爵家は草木。
貴族社会では、この属性の力が家の誇りであり、男系によって継承されていく。
(だからこそ、王族や貴族たちは血を絶やさぬように必死になっているのよね……。)
貴族の婚姻が、単なる政略ではなく"血統維持"の意味も持つ理由は、そこにある。
属性の力は、貴族社会の秩序そのものだった。
だが——聖属性だけは異質だった。
聖属性を持つ者は、必ずと言っていいほど教会へと引き取られた。
なぜなら、その力をコントロールするためには、特別な儀式や訓練が必要だからだ。
現在の教皇も聖属性を持つ者であり、教会こそがその力を管理する立場にあった。
(つまり、このランタンに聖属性が込められているということは——)
王族や貴族だけでなく、教会まで絡んでくる問題になるということ。
「それは……かなり慎重に扱わないといけないことになるわね……。」
ディーズベルダは、ノートを閉じ、深く息をついた。
エンデクラウスも真剣な表情で頷く。
「はい。気軽に販売するどころか、窃盗にも気をつけなければなりません。」
「窃盗……?」
「はい。聖属性の力は、貴族社会でも極めて貴重です。」
彼の紫の瞳が鋭く光る。
「もしこのランタンの存在が広まれば、間違いなく狙われるでしょう。」
「……それどころか、秘匿にしておかないと。」
ディーズベルダは、ゆっくりとノートを撫でながら考える。
(もし、王家や教会にこのランタンの存在が知られたら——)
ディーズベルダの胸の奥に、不安がじわりと広がる。
魔王城に、聖属性の力が宿る道具が残されていたこと。
それが意味するのは、単なる魔除けの道具ではない。
(……教会が管理すべき人材が、拉致されていると疑われてしまう。)
聖属性を持つ者は、教会によって厳格に管理される。
「どうすれば……。」
ディーズベルダが眉を寄せ、考え込む。
そんな彼女の思考を遮るように、エンデクラウスが口を開いた。
「分かったことは、それだけではありません。」
「え?」
「このランタンの内部には、属性の魔力を吸収する石が埋め込まれていました。」
「えっ!?」
ディーズベルダは、驚きと戸惑いを隠せないまま、エンデクラウスが手にしたランタンを見つめた。
エンデクラウスはゆっくりとランタンの蓋をひねる。
カチリ。
軽い金属音とともに、中から小さな透明な石が現れた。
ディーズベルダは息をのむ。
(魔力を吸収する石……? こんなものが埋め込まれていたなんて……。)
「つまり、これに魔力を込めれば、ランタンの性質自体を変えられる可能性がある、ということです。」
「……試してみるしかないわね。」
エンデクラウスは、取り出した石にそっと手をかざした。
(火属性の魔力……。)
彼の手から、赤く揺らめく炎のような光が石へと吸い込まれていく。
ディーズベルダは固唾をのんで見守った。
——シュウゥゥ……
石が光を帯び、再びランタンの中に戻された。
エンデクラウスが蓋をしっかりと締める。
そして、側面のボタンを押した瞬間——
ボッ!
ランタンの中に灯る光が、一瞬にして赤く燃え上がる炎のような光へと変化した。
「火のランタン……!」
ディーズベルダは、驚きとともに息をのむ。
エンデクラウスは満足そうに頷きながら、ランタンを彼女へと手渡した。
「あなたも試してみますか?」
「え、ええ……。」
ディーズベルダはランタンを慎重に持ち、同じように蓋を開ける。
石を取り出し、そっと両手で包み込むように握る。
(私の属性は——氷。)
指先に意識を集中し、氷の魔力を石へと流し込んだ。
——ヒュゥゥ……
石が淡い青白い光を放ち始める。
(成功……?)
彼女は慎重に石をランタンへと戻し、蓋を締める。
カチリ。
そして、ボタンを押した。
シュウウウ……!
瞬間、ランタンの中の炎が消え、今度は凍てつく冷気を帯びた青白い光へと変わる。
「……冷気のランタンに……!」
目の前の光景に、ディーズベルダは圧倒される。
(つまり、このランタンは……。)
「属性を自在に変えられる……。」
ディーズベルダの呟きに、エンデクラウスが満足そうに微笑んだ。