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137.白羽の矢が立つ

魔王城二階、落ち着いた照明の寝室。

夜の帳が下り、窓の外には月の淡い光が差し込んでいる。


ディーズベルダとエンデクラウスは、ベッドの上に並んで腰を下ろし、互いの表情を見つめ合っていた。

手元には地図と血筋図が描かれた書類、そして白紙の手紙。空気は静かだが、内容は極めて真剣なものだった。


「……相手は、やはり貴族から選ぶべきでしょうね」


エンデクラウスがゆっくりと口を開く。その声には理性のこもった重みがあった。


「平民だと、どうしても魔力の器が小さすぎる。生命活動を維持できるだけの微弱な魔力しかないとなると──

“教皇の子”であるにも関わらず、教会内で低い地位に甘んじてしまう可能性が高い」


「なるほど、たしかに……教会の象徴のような存在になる子どもが、下位扱いされるようじゃ本末転倒だものね」


ディーズベルダは腕を組み、唇に指を添えて考え込む。


「となると……やっぱり、貴族の家系ね。うーん……エンディの家の親戚に、年頃の女性っていないの?」


エンデクラウスはすぐに首を横に振った。


「残念ながら。傍系を含めても、うちにはエンリセア以外は男ばかりですし、該当する者がいたとしても、たいていは既に婚約済みです。

それに、うちの家系は野心が強すぎます。教会の子を使って何かしようとする可能性は高い。おすすめできません」


「そっかぁ……」


ディーズベルダはソファの背にもたれ、天井を仰いで小さくため息をつく。


「……あ!じゃあディルコフとかどうかしら」


「………」


少し間を置いてから、エンデクラウスがぼそりと呟いた。


「女性って……そういうの、好きですよね」


「へっ!?ち、違っ──いやっ、ちょっと!?まさか私、そういう趣味があるとでも!?」


「あはは、冗談です。でもディルコフはダックルス家の者です。

今、あちらは戦争状態ですから……万が一を考えると、巻き込まれるリスクが高すぎる」


「……確かに」


ディーズベルダは苦笑して頭を掻いた。


「野心がなくて、貴族で、こちら側の人間で……あとは、整った顔立ちも、できれば条件に入れたいところね」


「……そして、手が空いていそうな人」

エンデクラウスは、じっと彼女の顔を見つめながら言った。


「ディズィ、俺はもう一人しか思い浮かばないのですが──

アイスベルルク侯爵家には、傍系を含めて、女性はいないのですか?」


「いるわよ。一応。でも……六十歳は超えてるわね。髪も真っ白よ?」


「……それはちょっと難しそうですね」


エンデクラウスが頭を軽くかきながら、肩をすくめた。


だが、次の瞬間、彼の目に静かな決意が宿る。


「──ディズィ。やはり、あの方を呼び寄せましょう。

適任は……もう、あの方しかいません」


ディーズベルダはほんの少し目を細め、そっと頷いた。


「……そうね。野心もないし、貴族だし、顔も悪くない。それに──結婚願望も皆無。いまは頼るしかないわね」


ディーズベルダは、小さく息を吐き、脇の小机に置かれた和紙を手に取る。

いつものようにボールペンを取り出し、キャップをカチッと外して、ゆっくりと書き始めた。


さらさらと走るペン先の音が静かな室内に響く。


「……ちょっとかわいそうな気もするけど、仕方ないわよね」


呟きながらも手は止まらない。その口元には、ほんのわずかな罪悪感と、仕方なさを含んだ笑みが浮かんでいた。


隣で椅子に座っていたエンデクラウスは、腕を組んで少し頷く。


「毎日ただで生活してらっしゃいますし、これくらい協力していただかないと」


その口調は冗談のようでありながら、実はわりと本気だ。


「──あっちの管理はどうするの?」


ディーズベルダがふと顔を上げると、エンデクラウスもすぐに返す。


「ジャケルの息子であるジークに任せようと思います」


「ジーク君? あら、それなら安心ね」


ディーズベルダはペンを止め、顔に柔らかな笑みを浮かべる。


「はい。ローラー家は代々アルディシオン公爵家に仕える家系ですが……数年くらいなら、俺のもとでも働いてくれるはずです」


エンデクラウスの声には確かな信頼がこもっていた。

ディーズベルダは書きかけの手紙を見下ろしながら、ふっと肩をすくめる。


「流石嫡男ね……なんだか、アルディシオン公爵家の嫡男を奪った罪の重さを、若干感じるわ」


くすっと笑いながら手紙を書き終え、すっと折りたたむ。

和紙の手触りに指先で優しく触れながら、丁寧に封をするその仕草は、どこか申し訳なさと覚悟が混ざっていた。


その瞬間、エンデクラウスの手がそっと彼女の肩に伸びる。


「まさかディズィの口から、そんな言葉を聞けるなんて……」


彼の声音は、どこか感慨深げで、穏やかだった。


「ですが、心配無用です。もともと俺は──ディズィがいなければ、きっともうこの世にはいなかった人間ですから」


彼は彼女の肩をやさしく引き寄せ、額を軽くすり寄せるようにして言葉を続ける。


「生まれた瞬間から、俺はあなたのものです」


その真っ直ぐすぎる言葉に、ディーズベルダは目を瞬き、思わず視線を泳がせた。


(お、重い……愛が)


胸の奥で、じわりと笑いがこみ上げそうになる。

けれど、笑うこともできないほどに、その言葉は本気だった。


思い返せば──


(確かに……)


もしあのとき、彼女が魔力を制御するあの《ボディクリーム》を開発していなければ。

エンデクラウスは、魔力操作ができない“不良品”として、きっと家から処分されていた。


(──だから、この男はきっと、絶対に私を裏切らない。私にとっての“絶対的な味方”──それが、エンデクラウス。命を救われたことへの感謝と執着、忠誠と恋情が混ざり合った、その想いは――重たい。でも、だからこそ、揺るがない。……愛が重くなってしまうのも、仕方ないのかもしれないわね)


彼の腕の中で、ディーズベルダは小さくため息をついた。

呆れながらも、決して嫌ではない。むしろ少し、くすぐったくて、あたたかい。


「……ほんと、あなたってば」


ぽつりとこぼれたその声は、どこか愛しさと照れが混ざっていた。

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