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131.魔王の正体

教皇は、魔王城の壮麗な構造を見渡すように、ゆっくりと目を細めた。


「懐かしいですね……ここは。あの時のままだ……」


その一言に、ディーズベルダとエンデクラウスは同時に身をこわばらせた。

その瞳には、ほんのりとした驚きと、すぐさま警戒色が浮かぶ。


(“懐かしい”……? それって──)


「……そう警戒なさらずに。とりあえず、場所を移動しませんか? ここは人目も多いですし」


教皇がそうやんわりと促すと、エンデクラウスは一瞬ハッとしたように目を伏せ、すぐに貴族としての礼儀を取り戻した。


「……こちらへどうぞ。客室へお通しします」


その動きにクラウディスもぴょこっと背筋を伸ばして、ちょこんと頭を下げてみせた。


「どーぞっ!」


その愛らしい真似に、緊張感がほんの少しだけやわらいだ。


──やがて、客室。


淡い光が差し込む窓辺のソファへ、教皇はゆっくりと腰を下ろした。

その所作は、どこまでも穏やかで優雅だったが、それが逆に不気味な静けさを感じさせる。


ディーズベルダは息を整え、一歩前に進み出る。


「……あの。説明していただけますか? どうして、あなたが“ここ”を懐かしいと仰ったのか」


その問いに、教皇はふっと微笑み、目を伏せて、ぽつりと告げた。


「私が──この魔王城を作った“魔王”です」


……沈黙。


室内の空気が一気に張り詰めた。

まるで世界が一瞬止まったかのように、誰も何も言葉を返せなかった。


(やっぱり……!)


“懐かしい”と口にした瞬間から、どこかで薄々感づいてはいた。

そして、“日本名”を名乗った時点で、ただの教皇ではないと確信に変わっていた。


だが、実際に本人の口から“魔王”だと告げられた今──その重みは、想像以上だった。


「……どうして今になって?」


ディーズベルダの声には、驚きと同時に、ほんのわずかな恐れがにじんでいた。


だが、教皇はその反応にも動じることなく、柔らかい声で言葉を紡ぐ。


「いえいえ、まず最初に申し上げておきますが──私は、あなた方を脅かすつもりなど一切ございません。むしろ……久しぶりに“同胞”に会えて、嬉しいんです」


「久しぶり……ということは、これまでにも転生者が?」


ディーズベルダが身を乗り出して訊ねると、教皇は静かに頷いた。


「はい。ですが、この世界で何ができるかもわからぬまま、私の目にも触れずに人生を終える者もいます。 今回、ルーンガルドでのあなた方の活動が偶然、耳に入ってきまして……これは助けに行くべきだと思ったのです」


その言葉に、室内はまた一瞬だけ静かになった。


──だが。


エンデクラウスが、ゆっくりと口を開いた。


その声音には、明確な怒りが含まれていた。


「では……なぜ、あなたは“魔物”を放置したのですか?」


教皇の穏やかな顔を、真っ直ぐに射抜くような視線。


「……これまで、数えきれないほどの命が、この地で失われてきた。

私もかつて、討伐のためにこの地に赴き……その度、戻らぬ者たちを、何度も目の当たりにしてきました」


エンデクラウスの声には怒気こそ含まれていなかったが、その奥には深い憤りと悲しみが滲んでいた。

彼は、亡き仲間たちの想いを背負っているのだ。


ディーズベルダもまた沈黙し、教皇を真っ直ぐに見つめていた。

その視線は冷静で、決して感情に流されてはいない。ただ、疑念の核心を確かめる者の目だった。


教皇はしばし沈黙し、ゆっくりとまぶたを伏せた。

そして、ほんのわずかに目を細めると、低く静かな声で答えを紡いだ。


「……ここには、私の固有能力によって生み出された“錬成装置”があります。

この装置を守るためでした。……あなた方が今、守ってくださっているように」


その言葉に、ふたりは一瞬、反応を止めた。

けれど、驚きよりも先に、どこか腑に落ちるような納得が、胸に広がる。


(……なるほど)


ディーズベルダは、心のなかで深く頷いていた。

それは、無理もないことだと思えたのだ。


あの装置──あの“とんでもない装置”を、彼女は誰よりも知っていた。

ほんのわずかな魔力と、精密なコマンドさえ入力すれば、食料でも、道具でも、人間ですら再現できてしまう。

もはや、創造主と遜色ないほどの力だった。


しかも、それが「個人の能力」として備わっているというなら──破壊も処分もできない。

制御不能な力の存在。それは、まさに“封印”するしかない力だった。


「……この地に縛られるしか、術がなかったのですね」


ディーズベルダの声は、決して責めるものではなかった。

エンデクラウスも黙って、教皇の顔を見つめている。


教皇はその視線を正面から受け止め、淡々と語り出した。


「私は……長くこの地に滞在しておりました。

けれど、いつしか人々の間で“魔王”と呼ばれるようになっていたのです。

ただ存在しているだけで、恐れられ、討伐の対象にされた」


「……」


「英雄と呼ばれる者、勇者を名乗る者──様々な者たちが命を奪いに来ました。

私は“不老”であるとはいえ、不死ではありません。ですから、危険を避けるためにも、いずれはこの地を離れなければならなかった」


そこで教皇は、ひと呼吸おいて、目を伏せる。


「……その際、魔物を“放った”のです。意図的に。

この場所を“危険地帯”として世に知らしめ、近づかせないために。

多くの命が犠牲となったことは、決して許されることではありません。

……申し訳ないと、心より思っております」


その言葉には、決して軽さのない真摯な響きがあった。

ディーズベルダは、わずかに目を伏せる。エンデクラウスもまた、険しい顔のまま、しばらく口を開かなかった。


「その償いとして、私は“教皇”という立場を選びました。

“聖”の名を掲げ、人を癒し、祈りを与え、失われた命をできる限りつなぐ役目を──」


教皇は穏やかな手つきで、胸元の白い法衣に手を添えた。


「聖属性には、傷を癒すだけでなく……

力ある者には、死者の蘇生すら可能にする力が宿ります。

だからこそ、私はこれを“徹底管理”し、世界の均衡が崩れぬよう見張ってきました。

この力が濫用された時、世界は容易に終わりへ向かうでしょうから」


そう言って見せた教皇の瞳は、透明で、どこまでも静かだった。


(──この人は、ただの“魔王”じゃない)

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