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130/188

130.教皇現る

王都・中央神殿前──。


この日は朝から、記者たちがざわめき立っていた。

情報を嗅ぎつけた者たちが、教皇の出発をひと目見ようと集まり、

その美しい姿を写真に収めるべく、神殿前は軽い騒動のような熱気に包まれていた。


だが──待てど暮らせど、その姿は現れなかった。


何故なら、教皇は既に、誰よりも早く“現地”へと赴いていたからだった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


ルーンガルド──魔王城、一階の正面玄関。


重厚な扉が開かれ、朝の光が真新しい石畳を照らす中、

ルーンガルド一家は整然とした姿で来客を迎えていた。


エンデクラウスが一歩前に出て、優雅な所作で一礼する。


「ようこそ、ルーンガルドへ。教皇陛下。心より歓迎いたします」


その傍らで、クラウディスが父を真似て、小さな体をぺこりと前に倒した。


「よーこしょ!きょーこーさま!」


──その姿があまりにも愛らしくて、出迎えの者たちから小さな笑い声が漏れる。


教皇は微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと視線を向けた。


映像越しではわかりづらかったその姿──

まるで夢幻の中から抜け出してきたような、現実離れした美しさ。


真っ直ぐに伸びた白銀の長髪は月光のように輝き、

その瞳は、宝石のように透き通った金色。

どこか、ディーズベルダの兄・ベリルコートを思わせる中性的な気品と、

それでいて超然とした神聖さを併せ持っていた。


ディーズベルダはその姿を見た瞬間、声を上げた。


「やっぱり!!! 私たちの結婚式の時、祭壇にいたのって……教皇様だったのね!?」


教皇はその声に、ふわりとした微笑みを返しながら頷く。


「はい。お会いするのは、これで二度目ですね、ディーズベルダ様」


その言葉に、ディーズベルダは思わず頬を赤らめた。


(やっぱり……どこかで見たと思ったのよね)


その場の空気はどこか穏やかだったが──

エンデクラウスは一歩引いた場所から教皇を見つめ、

わずかに視線を鋭くしていた。


美しさの裏にある“違和感”──

どこか、つかみきれない異質な気配に、

彼の警戒心が密かに高まっていたのだ。


けれど、その腕の中で無邪気に笑うクラウディスは、

そんな父の不安をよそに、にこにこしながら可愛らしいポーズを次々と披露していた。


「きょーこーさまー、みてぇぇー!」

「はーとっ♡」


クラウディスはエンデクラウスの腕の中で、得意げに指でハートの形を作ってみせる。

その愛らしいポーズに、出迎えのメイドたちはこっそり頬を押さえ、完全にノックアウトされていた。


だが──その瞬間、教皇は一歩、クラウディスの前へと進み出た。


「これはこれは……なんとも純粋で、美しい心ですね」


ゆっくりと手を伸ばすと、クラウディスの額に、まるで羽が触れるような柔らかさで唇を寄せた。


「っ……!」


ディーズベルダとエンデクラウスが息を呑むのと同時に、

淡い光が一瞬、クラウディスの額に走る。


「これであなたは、聖属性も獲得できましたよ」


教皇は静かにそう告げると、微笑んだまま後ろに下がる。


「せーぞくせー!」


クラウディスは、まるでご褒美でももらったかのように無邪気に笑いながら、先ほど教皇が口にした言葉を繰り返す。

小さな両手を広げ、喜びの舞でも踊るようにくるくると身体を揺らした。


──その笑顔の裏で、ルーンガルド夫妻の顔からは、見る間に血の気が引いていった。


「な、なにをしていらっしゃるのですか!?」


エンデクラウスが思わず一歩前へ出て、声を上げる。

教皇という高位の存在を前にしてもなお、その声音には明らかな怒気が滲んでいた。


クラウディスは何も知らずにニコニコと笑いながら、小さな掌をぐっと握り──


「つかいまーす!」


──次の瞬間、彼の手のひらから、聖属性特有の柔らかな光がふわりとあふれ出た。


「っ……!!」


その場の空気が、まるで時間ごと止まったかのように静まり返る。


「……ご挨拶がまだでしたね」


まるで何事もなかったかのように、教皇は微笑んだまま、淡々と名乗った。


「教皇──いえ。私の本来の名は、小林(こばやし)(あきら)と申します」


柔らかく微笑みながら告げられたその言葉は、まるで深海に沈んだ鐘の音のように、静かに、けれど確実に空気を震わせた。


「え……」


ディーズベルダの瞳が見開かれた。

口元がわずかに開き、声にならない言葉が空を切る。


その名を聞いた瞬間、胸の奥に鋭い衝撃が突き抜けた。

“小林”という姓が、決してこの異世界のものではないと、はっきりと告げていた。


(この人……日本人。私と同じ、転生者……!?)


冷や汗がじわりと背中を伝い、足元の感覚が少し遠のく。


「ディズィ!?」


エンデクラウスの低く鋭い声が、現実へと彼女を引き戻した。


彼の顔には明らかな警戒と不安が滲んでいた。

その手が無意識にディーズベルダの腕に触れ、彼女を守るようにそっと位置を変える。


「失礼ですが……お名前を、伺ってもよろしいですか?」


今度は、教皇の方が問いかけてきた。

その目には興味の色が浮かび、まるで答えをすでに知っているような確信すら感じられる。


ディーズベルダは一瞬ためらい──けれど、ゆっくりと深く息を吸ってから、静かに名乗った。


「……ディーズベルダ……………鈴村(すずむら) 依鈴(いすず)です」


その言葉を口にした瞬間、部屋の空気がさらに重くなった気がした。


それは彼女が、前世で使っていた“本当の名前”。


「鈴にはじまり、鈴で終わる。……面白い名前ですね」


教皇は、微笑みを崩さずにそう言った。

その声音には、懐かしさとも、皮肉とも取れる曖昧な響きがあった。


(この人……私のこと、最初からわかってて……)


ディーズベルダの胸に、ひやりとした感情がわき上がる。


エンデクラウスは、それを察したように目を細め、冷ややかな視線で教皇を睨みつけていた。


その視線には、はっきりとした敵意と──「何かあれば即座に排除する」という、無言の圧力が込められている。


教皇は、それにも動じることなく、あくまで柔らかな態度を崩さない。

だが、その静けさが、逆に底知れぬ不気味さを帯びていた。


──まるで、すべてを見透かし、計算ずくでここに現れた者のように。


(どうして……今このタイミングで、私たちの前に?)

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