123.ぷにぷに・うねうね・絶叫案件
「きゃああああああああああああっ!! エンディーーーー!!」
魔王城の地下一階に設けられた研究室。その石造りの空間に、ディーズベルダの絶叫がこだました。
魔法陣の輝きが収まった中央台座の上には──にょろにょろ、うねうねと動く白い生命体。
錬成によって生まれた蚕の幼虫たちが、活発に動き回っていた。
「……っ!!無理無理無理無理!!見た目が反則級すぎるわよっ!!」
顔を真っ青にしたディーズベルダは、スカートの裾をつまみ、慌てて後ずさる。
「エンディ、お願い、あれ何とかしてぇぇぇぇ!!」
背中を壁に押しつけるようにして逃げながら、涙目でエンデクラウスに助けを求めた。
「……了解しました」
エンデクラウスは短く息をつき、眉を少しだけひそめる。
(……これは……うん、確かに気色悪いな)
淡々とした表情の裏で、さすがの彼も若干ひいていた。
とはいえ、騒いでも仕方がない。
彼は魔道手袋を装着し、台座に近づくと、器用な指さばきでうごめく幼虫をひとつずつ拾い、用意しておいた金属製のバケツにぽとり、ぽとりと入れていく。
その間、ディーズベルダは顔をそむけ、指の隙間から少しだけ様子を見ていた。
(うぅ……自分で錬成しておいて、これは……ないわ……)
ほどなくして、すべての幼虫がバケツに収まり──
「……蓋をしてと…。」
金属音が鳴り、しっかりと蓋が閉められた。
「もう、大丈夫ですよ」
エンデクラウスは優しい声でそう告げると、ディーズベルダはおそるおそる顔を出した。
「……ほんとに?」
「ええ、封印済みです」
「……あ、ありがと……」
ほっと息を吐いて、ディーズベルダはようやく壁から離れる。
ただし、足取りはまだ若干ぎこちない。
「また新たな一面を知れました。虫は苦手なようですね、ディズィ」
「苦手っていうか……あれは、気持ち悪いでしょ!? なんか、こう……ぷにぷにで、うねってて……」
手をばたつかせながら、必死に言い訳(?)を並べるディーズベルダに、エンデクラウスは肩を揺らしながら静かに笑った。
「さて、ではこの子たちを……飼育小屋まで運びましょうか」
彼がそう言ってバケツを片手で持ち上げると、ディーズベルダはそっと距離を取りつつ頷いた。
「……えぇ。あのまま研究室に置いておくわけにもいかないしね……」
「ただ……」
エンデクラウスが歩き出すその背に続きながら、ふと思い出したように呟く。
「ドルトール伯爵は、これに耐えられるでしょうか?」
「……うーん」
ディーズベルダは肩をすくめた。
(あの人、見た目のわりに繊細だからなぁ……)
「まぁ……見せてみればわかるわね」
ふたりは顔を見合わせ、ふっと笑い合った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……で、では、これを……」
エンデクラウスが無言で差し出した金属製のバケツ。その中身を、ディルコフは恐る恐る覗き込んだ。
「げ……っ」
瞬間、眉がぴくりと引きつり、顔色がぐんと青ざめる。
「本気で、私がこれの世話を……?」
「ええ。これでも重要機密級のプロジェクトですから」
にこりと微笑むエンデクラウスの声音は、温和でありながら逃げ道のない確定事項を示していた。
「……うぅ、これは……夢に出るぞ……」
ディルコフは泣きそうな顔でぼそりと呟きながら、バケツを慎重に棚のそばへと運んだ。
──ここは、魔王城の裏手に新しく建てられた仮設の飼育小屋。
内部には木製の棚がいくつも並び、そこには森から採ってきたばかりの新鮮な桑の葉が、たっぷり敷き詰められていた。
騎士団が魔物の気配を避けつつ、何度も足を運んで集めてくれた貴重な葉だ。
(はぁ……これが……これが“シルクの正体”か……)
内心でため息をつきながら、ディルコフはバケツの蓋を外す。
そこから姿を現したのは──ぬめりとした白く丸い胴体、くねくねと蠢く小さな足。
「ぅ……ぐっ……」
顔をしかめながらも、震える手でひとつずつ、幼虫を棚の上へと移していく。
その動きは慎重で、どこか神妙。
指先を桑の葉でガードしながらの作業は、もはや儀式めいていた。
「……まさか、幻のシルクが、こんな風に作られているなんてな……」
ぼそっと呟いたその声には、半分呆れと、半分──どこか神聖さを感じた。
「ドルトール伯爵、あと少しで専任の飼育担当者を雇える手はずが整います。
それまでの間だけ、どうかよろしくお願いします」
エンデクラウスが静かに頭を下げると、ディルコフはふっと苦笑した。
「……ええ、わかりました。引き受けますよ。
──それと、もう“ドルトール伯爵”はやめましょう。今後は、どうか“ディルコフ”と呼んでください。
ルーンガルドの一員として、恥じぬよう働くつもりですから」
「ふふ……じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうわね」
ディーズベルダが嬉しそうに笑い、軽く頷く。
するとディルコフは、手についた桑の葉を軽く払いながら、ひざをつき、地面に手をかざした。
「召喚──!」
淡く光る魔法陣が、彼の掌の下に浮かび上がる。
土がふわりと舞い上がり、渦を巻いたかと思えば、もこもこと膨らみ始め──
ぽてっと可愛らしい土の人形が姿を現した。
「こいつらに、ある程度の世話は任せられます」
ディルコフが指先を動かすと、土人形はちょこちょこと蚕の棚へと向かい、器用に桑の葉を足したり、幼虫を整列させたりし始めた。
「えっ!? そんなことまでできるの!?」
思わずディーズベルダが目を見開く。
「地属性魔法の応用です。あまり知られてませんが、こういうのもできるんですよ」
ディルコフは照れたように鼻をかきながらも、どこか誇らしげだった。
「……さすがね。ルーンガルドに来てくれてよかったわ、本当に」
その言葉に、ディルコフの頬がほんのり赤く染まったのは、ここだけの話である。




