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119/188

119.その発明、秘密厳守につき

魔王城一階、正面ホール。


広々とした空間には、天井の高窓から差し込む朝の陽光がステンドグラスを透かし、床に色とりどりの光模様を描いていた。

その光が、磨き上げられた白い石の床に反射して、どこか幻想的な雰囲気さえ漂わせている。


その場では、すでに数名の男性たちが到着しており、ジャケルが落ち着いた所作で応対していた。


「お待たせしてしまってごめんなさい!」


ディーズベルダがホールへ小走りで姿を現すと、ジャケルはすぐにそれに気づき、一歩進み出て深々と一礼する。


「いえ、ちょうど準備が整ったところでございます。

皆様、早めにお越しくださっておりました」


「そうなのね。ありがとう、ジャケル」


彼女が柔らかく返すと、ジャケルは一歩下がり、隣に控える四人の技術者たちに目線を向けた。


その視線を合図に、一人の男性が前に出てきた。


筋肉質な体格に、実直そうな顔立ち。

だがその目は穏やかで聡明に輝き、職人でありながら、知的な風格も感じさせる。


「初めまして、ルーンガルド様。私、技術者代表のドット・エマルと申します」


ドットは深く礼をし、続けて後ろに並ぶ三人を順に紹介する。


「こちらが鉄細工を得意とするビコー・ハンソン、溶接職人のロート・エマル、そして設計担当のサムソン・ビコーです」


(……な、名前が少しややこしい……!)


思わず心の中でツッコミながらも、ディーズベルダは丁寧に微笑み、スカートの裾を持って貴族らしい優雅な一礼を返す。


「ディーズベルダ・ルーンガルドです。

はるばるこの最果てまで、来ていただいてありがとうございます。

これからよろしくお願いしますね」


その瞬間、四人の技術者の顔がパッと明るくなった。


「い、いえっ! こちらこそ光栄です!」


ドットがやや前のめり気味に声をあげた。


「ディーズベルダ様の噂は、ずっと前から聞いておりました!

冷蔵機能を持つ保管庫や、風を生み出す装置、あの“温冷切替コンロ”……どれも私たち職人にとっては夢のような技術で……!」


後ろの三人も「うんうん」と力強く頷き、さらにエマルに至っては感極まったように目元を拭っていた。


「まさか、その発明者ご本人と一緒にものづくりができる日が来るなんて……本当に、夢みたいです!」


(……っ、な、なんか想像以上に熱烈……!)


頬を少し赤らめながらも、ディーズベルダはしっかりと前を向き、温かく笑みを返した。


そんな和やかな空気の中、ジャケルが一歩前に出て声を発する。


「それでは皆様、作業拠点となるお部屋へご案内いたします。地下室に近い一階西側の区画をご用意しております」


「西側……!ありがとうございます! けれど……」


と、溶接職人のハンソンがふと気になったように手を挙げる。


「夜間作業の音などで、他の方にご迷惑をおかけするのでは……? 道具の音は結構響くものでして……」


「大丈夫よ。その点は、まったく問題ないわ」


ディーズベルダが胸を張って即答する。


「この魔王城は、普通の建物じゃないの。防音性、尋常じゃないのよ」


「……と、いいますと?」


技術者たちがいっせいに興味を示すと、彼女は嬉しそうに指を1本立てた。


「実はこの城──古代文明の技術で建てられているの。

調べたところによると、地盤には“黒き環”と呼ばれる玄武岩の巨大な石が、環状に配置されていてね。

それが振動や音を吸収して、外に響かないようになってるのよ」


「な、なるほど……!」


「壁や塔の素材も、花崗岩が使われていて、とにかく硬くて頑丈。

風とか雨だけじゃなくて、時間にも負けないほどの耐久性なのよ」


ディーズベルダの説明に、技術者たちは目を見張った。


「す、すごい……!」


思わず呟いたのは、設計担当のエマルだった。

驚きと感動が入り混じった顔で、魔王城の天井を見上げている。


「まさか、こんな構造が本当に存在するとは……。

古代の技術……いや、これはもう、“神域”の設計思想と言っても過言ではないかと……」


「我々もまだまだですね……精進せねば」


ビコーがぽりぽりと頬をかきながら、苦笑まじりに呟いた。

けれどその瞳には、悔しさではなく、純粋な向上心が宿っていた。


「ぜひ、この場所に見合うような成果を出さねば……!」


ハンソンが拳を握って意気込みを見せると、他の三人も頷き合う。


その熱意あふれる姿に、ディーズベルダは思わずふっと微笑んだ。


(うん、やっぱりいい人たちを呼べたみたい)


すると──彼女は懐から、そっと一枚の紙束を取り出した。


魔道用の上質な羊皮紙に、ぎっしりと描かれた設計図。

円筒状の構造と水流の流れ、回転式の槽──細部まで緻密に描かれている。


「……早速で悪いんだけど、落ち着いたら、これをお願いできるかしら?」


そう言ってディーズベルダが渡すと、ドットが丁寧に受け取り、仲間たちとともに中身を覗き込んだ。


「これは……?」


「自動で衣類を洗ってくれる機械よ。

水を取り込んで、攪拌して、排出までしてくれるわ」


「そ、そんな装置が……!」


「ただし、これは世に出すつもりはないの。完全に自家用。

だから、内密に進めてくれると助かるわ」


ディーズベルダは目元だけを少し鋭くしながら、声のトーンを落とした。


技術者たちは一瞬で空気を読み取り、真剣な表情で頷く。


「もちろんです! 秘密は必ず守ります」


「エンデクラウス様からも、そのように“厳しく”言われておりますので」


ドットが苦笑まじりに言うと、仲間たちも「あの時の空気、忘れませんよ……」と、やや緊張の面持ちで思い出すように息をついた。


(……ふふっ、さすがエンディね)


ディーズベルダは口元を緩め、心の中で微笑む。


(私が言う前から、ちゃんとそこまで考えてくれてたなんて──本当に頼りになる)


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