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118/188

118.ちび天使、やきもちを焼く。

魔王城の子供部屋。

午後のやわらかな光が差し込むその空間には、穏やかで、ほんのり甘い空気が流れていた。


「可愛い~~~っ!!」


思わずそんな声を上げたのは、若い侍女のひとり。

その目線の先には──ベビーベッドの上で、静かに寄り添うふたりの兄弟。


クラウディスが、ヴェルディアンの隣にちょこんと座り、ふわふわの手でそっと弟の頭を撫でていた。


「おしおし……」


彼はまるで宝物に触れるかのように、やさしく、丁寧に小さな手を動かす。

撫でるたびにメイドたちをちらりと振り返り、期待を込めた目で見つめながら──


「えあい? えあい?」


と、尋ねるように首をかしげる。


(偉い?って……もう、なんて可愛いの!?)


メイドたちは、そのあまりの破壊力に頬を押さえながら、今にも倒れそうだった。


「偉いですぅぅぅっ……!!」


「天使だ……ここに天使がいます……!!」


子供部屋は、すでにクラウディスという名の“ちび天使”によって支配されていた。


「もう、クラウったら……」


ディーズベルダはクスッと笑いながら、その様子を愛おしそうに見つめる。

ヴェルディアンもスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていて、兄の撫で方がよほど心地いいのか、まるで微笑んでいるかのよう。


そんな癒しの時間の中──


「ディズィ、少しいいですか?」


不意に、部屋の扉がノックされ、エンデクラウスがひょっこり顔を覗かせた。


「あら、どうしたの?」


彼女が首をかしげながら立ち上がると、エンデクラウスは扉の前で真面目な表情のまま説明を始める。


「ここへ来る前に、鉄の加工や溶接作業ができる者を数名、技術職として雇っておきました。

今、その者たちをここに住まわせようかと考えているのですが……」


「え?」


思わず目を瞬かせるディーズベルダ。


(加工技術……? あれ、それって──)


「ディズィの役に立つんじゃないかと思って」


エンデクラウスは柔らかく微笑んで、少しだけ照れたように視線をそらした。


(……っ、そうよ……! 私、今まさに洗濯機を作ろうとしてたんだった!)


彼女の頭の中では、設計途中の構造図や試作図が一気に再生されていく。


鉄板の切断、接合、耐圧実験、撥水コーティングの手伝い──どれも、人手と技術が必要だった。


「エンディ……あなた、最高だわ!!」


叫ぶように言ったその瞬間、彼女は思わずエンデクラウスに駆け寄り、その胸に抱きついた。


「っ……!」


突然のハグにエンデクラウスは少し驚いたものの、すぐにその腰に腕を回し、柔らかく微笑んだ。


「……ディズィがそう言ってくれるなら、連れてきた甲斐がありました」


メイドたちはふたりの甘いやりとりを見ながら、心の中で「わああ…!」と盛大にときめきの嵐を巻き起こしていたが──

その視線に、ディーズベルダは気づかぬふりを決め込んでいた。


……が、そのとき。


「きゃっ!?」


ビュッ、と突然水しぶきが飛んできて、ディーズベルダの肩口を直撃した。


思わず小さく悲鳴を上げる。


だが次の瞬間──


ふわりと暖かな風が吹いた。


エンデクラウスはすぐさま火の魔力を繊細に操り、濡れた部分をまるで風が撫でるように、あっという間に乾かしてしまった。


(……さすがね。)


そう思った瞬間──


「まま! まーまー!!」


今度は、部屋の隅からふくれっ面のクラウディスが駄々っ子モードに突入。


ぶんぶんと両手を振って、自分の存在を全力でアピールしている。


「どうしちゃったの、クラウ?」


ディーズベルダは笑いながら近づき、ちょこんと彼を抱き上げた。


すると、クラウは唇を尖らせて、じーっとエンデクラウスを睨むように見上げる。


「……これは、もしかして──」


エンデクラウスがスッと近づき、クラウを軽々と抱き上げると、そのまま侍女に託す。


そして、何が何だかわからぬままのディーズベルダを、ふわりと自分の腕の中に引き寄せた。


「えっ!? ちょっと、なに……!」


突然の抱擁に戸惑うディーズベルダ。

その髪にエンデクラウスは優しく手を置き、ゆっくりとなでなでした。


──そのときだった。


「むきゃーーー!!」


バシャァッ!


今度はクラウが、怒りの魔力操作で水を飛ばそうとした──が、

エンデクラウスがそれを事前に察知し、ぴたりと空中で微弱な火を使い相殺する。


「……どうやら、ヤキモチを妬いているようですね」


「えぇぇっ!?」


ディーズベルダは、思わずクラウを見た。


クラウは頬をふくらませて、腕を組んでプイッと顔を背けている。


「ほんっ!! むんっ!!」


ぷんすか怒っている様子は、まるで小さな王様のようだった。


「これからは注意が必要ですね。ヴェルに何か“対抗意識”を燃やすかもしれません」


(……そっか。クラウったら、ちゃんと“成長”してるんだわ)


ディーズベルダは苦笑しながらクラウのもとに近づき、ふわりと頭を撫でた。


「んー!! まま! まま!!」


べったり甘えてくるクラウ。


そこへエンデクラウスが手を伸ばすと──


「ぶーーー!!」


口をとがらせて、今にも水を飛ばしそうな勢いで威嚇するクラウに、思わずディーズベルダも吹き出しそうになる。


「ふふっ……クラウ、パパ悲しいぞ?」


エンデクラウスはしれっと言いながらクラウを抱き上げ、ぽんぽんと背を軽く叩いてあやす。


「やーーー!! やーーーっ!!」


ばたばた暴れるクラウを抱えながらも、エンデクラウスはまったく動じない。


「ディズィ、あとは任せてください。

ジャケルのところへ行って、例の“部屋割り”の件をお願いできますか?」


「ええ、わかったわ。じゃあ、よろしく頼んだわよ。」


「お任せを。……少し躾けてやらないといけませんね。」


「やりすぎないでね?パパ~」


ディーズベルダは苦笑しながら手を振って、部屋を後にする。


その背中を見送りながら、エンデクラウスは、泣きじゃくるクラウを器用にあやしていた。


(……可愛いな、まったく)

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