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108.王を動かした一曲の舞

王の言葉を皮切りに、会場の楽団が演奏を始めた。

流れ出すのは、優雅で上品な旋律──ヴェニーズワルツ。


拍子が一つ刻まれるたびに、空気が柔らかく波紋を広げるように変わっていく。


その中で、中央に立つベインダルとエンリセアは、何ひとつためらいも見せず、

まるで最初から段取りされていたかのように、ぴたりと手を繋ぎ、ゆっくりと歩き出した。


 


はじめの数歩は静かに、ゆるやかに。

まるで舞台の幕が上がる瞬間のような静けさのなか、二人の靴音が控えめに床を鳴らす。


──次の拍で、ベインダルがふっと手を離す。


片腕を斜めに伸ばしながら旋回し、少し距離を取ると、彼は軽く片膝を折り、

「さあ、おいで」とでも言いたげに手を差し出す。


すかさずリセが一歩、また一歩と音楽に乗って近寄り、

差し出された手を取ると、素早くベインダルの身体の内側へと滑り込むように一回転。

ドレスの裾がふわりと舞い、銀糸が光を反射してひときわ美しく輝く。


観客席から思わず、ため息がもれた。


 


ベインダルもすかさず優雅にポーズを取り返し、

二人は今度は互いの背中越しにくるくると旋回しながら、また離れ──

今度は指先だけを繋いだまま、軽やかにポーズを決める。


そのたびに、リセの手首や首のラインがふわっとしなるように動き、

まるで花が一輪ずつひらいていくように、繊細で、息をのむほどに美しかった。


 


──そして次の瞬間。


二人がすっと互いに近づき、背に手を添え合ったと思うと、

そのままぴたりと呼吸を合わせたまま、またくるくると美しく旋回を始める。


ワルツの回転に合わせ、スカートが華やかに広がり、髪飾りが揺れるたび、

まるでその空間だけが別の時の流れで動いているような、幻想的な雰囲気に包まれていく。


 


ベインダルは一歩引いたかと思えば、次の瞬間──


リセの背後に回り、そっと腰に手を添えると、

軽やかに、けれど確かな力で彼女の身体をふわりと持ち上げた。


宙に浮いたエンリセアは、まるで羽根が生えたかのように軽やかにくるくると回転し、

ドレスの裾が花びらのように広がって、まばゆい光の渦を作り出す。


見守る招待客たちが、思わず拍手を打ち鳴らす。


 


そっと着地したあとも、ふたりは息を乱すことなく、すぐに手を取り、また旋回へと移る。


──それはもはや、足が一体化しているかのような動きだった。


一拍ごとにくるくると舞い、少しずつ中央へ戻る。

旋回とステップの連続は素早く、それでいて正確で、何一つ乱れない。


再び拍手が湧き起こり、空気が熱を帯びていく。


 


そして──次の瞬間。


ベインダルが再びリセの身体を軽々と持ち上げ、今度は堂々と“お姫様抱っこ”の体勢に。

そのままくるくると大きく回転し、ドレスの布地と金糸が重なるたび、

宙で踊るリセの姿は、まるで宝石細工の人形のように美しかった。


「わぁ……っ!」


感嘆の声が、あちこちから漏れ始める。


さらに、ふたりは回転を止めぬまま、今度は激しくも滑らかなステップで移動していく。


まるで気流に乗って風の中を舞う鳥のようだった。


 


──そして、フィナーレ。


ベインダルがエンリセアの片足を優しく持ち上げ、

そのままもう一度、深く旋回。


リセは背を大きくそらし、左手をゆるやかに空へ伸ばすと──

完璧なラインを描くように、美しくポーズを決めた。


 


音楽が静かに終わり、空気がしん……と止まった次の瞬間。

会場全体から、割れんばかりの拍手が湧き起こった。


まるで魔法を見ていたような数分間。


その余韻が、しばらく誰の口もきかせないほどに、胸の奥を満たしていた。


音楽が止んだあとも、誰もがその場に息を呑み、ただ立ち尽くしていた。


──それほどまでに、完璧で、優雅で、圧倒的だったのだ。


 


そんな沈黙の中、重厚な拍手がひとつ、ゆっくりと響いた。


「──見事だ」


その低く、重々しい声に、全員が反射的に振り返る。


拍手の主は、他でもない。

王、フィーサルド・ヴィ・グルスタントその人だった。


 


「芸術性、技術、呼吸の合い方、どれを取っても申し分ない。

この国の貴族たちが、これほどの舞を披露できるとはな……!」


王は上機嫌そのもので、玉座のような椅子から身を乗り出し、にこりと笑みを浮かべる。


「また……舞踏会の大会を開きたくなってきたぞ!」


「……!」


会場に、再びざわめきが走った。


貴族の間では“伝説”とすら言われている、王主催の舞踏大会──

それが最後に開かれたのは、十年以上も前の話だった。


 


「うむ、早速、次の評議会で話題にしよう。日程と開催規模、それから会場選定も……」


側近が「本気ですか」と目で訴えるのをよそに、王はすでに次の舞踏会の構想を頭の中で巡らせていた。


「エンリセア嬢、ベインダル殿──今後の舞の進化、楽しみにしているぞ」


にこりと笑った王の瞳には、純粋な“観客としての喜び”が宿っていた。


 


──その瞬間、リセがふっとベインダルの腕の中で表情をゆるめる。


まるで、「当然ですわ」と言いたげな、誇らしげな笑みだった。


そしてベインダルもまた、僅かにうなずき、王へと視線を返す。


それだけで──言葉など、もう必要なかった。


ふたりが中央から歩いて戻ってくると、まるで緊張の糸がほぐれたように、

場内が一気にあたたかな拍手と、賑やかな歓声に包まれた。


すぐに新しい曲が演奏され、軽快な音楽が場を彩っていく。


 


──こうして、ようやく“婚約パーティー”が本格的に幕を開けた。


 


煌びやかなシャンデリアの光の下、立食形式の長テーブルには豪華な料理の数々が並べられていた。


ローストされた香草肉、花の蜜を添えた季節果物の盛り合わせ、黄金色のスープに、銀食器で並べられた前菜のタワー。

どれもこれも、アイスベルク侯爵家の威信を示す品ばかりだ。


招待客たちは、先ほどの舞の話で持ちきりとなりながらも、

次々と料理に手を伸ばし、華やかなパーティーに酔いしれ始めていた。




「……ふふ、さすが我が兄とリセちゃんね。完璧に主役だったわ。」


ディーズベルダはグラスを手に取りながら、つぶやくように笑った。


隣のエンデクラウスも、肩を軽くすくめながら、静かにグラスを掲げた。


「ええ、まったく。今日この場にいる誰よりも、“公爵家の婚約者”にふさわしい姿を見せていましたよ」


「ほんとね……リセちゃん、もう“子ども”扱いできなくなりそう」


少し寂しさも混じったその言葉に、エンデクラウスは目を細めてうなずいた。


【ぼやき】何回も社交ダンスをyoutubeで見るはめになっている作者であった。

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