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106/188

106.ようこそ、騒がしくて温かい食卓へ

ルーンガルド邸の食堂は、いつもより賑やかだった。


長いダイニングテーブルの上には豪華な料理が並び、温かなロウソクの灯りが食器の銀をやわらかく照らしている。


今夜は、ベリルコートを迎えての“ちょっとした歓迎の夕食”──の、はずだったのだが。


 


「あっ、す、すみませんっ!」


「ひゃっ、ごめんなさい、お皿……っ!」


料理を運ぶ新人メイドたちは、次々と些細なミスを繰り返していた。

ナイフを逆に置いたり、ナプキンを落としたり、スープをこぼしかけたり──。


 


──その原因は明らかだった。


彼女たちの視線の先には、食卓の端に座るひとりの美しい青年。


長い銀髪に整った顔立ち。まるで物語から抜け出した貴族のような風貌のベリルコート・アイスベルルクが、静かにスープをすくっていた。


新人メイドたちは、完全にその美貌に“当てられて”しまっている。


 


それに気づいたベリルは、スプーンを置き、静かに言った。


「……僕は仮面でもつけた方がいいだろうか」


その言葉に、ディーズベルダはスープを吹き出しそうになりながらも、慌てて笑みを作る。


「大丈夫よ。あの子たちは新人なだけだから。許してあげて」


にこっと笑って見せたあと、続けて肩をすくめるように言った。


「ベテランのメイドたちはね……エンディの顔で鍛えられてるから、今では完全に“空気”として扱ってるの」


「……それは……よかったような、悲しいような」


ベリルは複雑そうに微笑みながら、小さくため息をついた。


──すると。


「お前たち」


エンデクラウスが真顔で声を発した。


背筋をピンとのばしたまま、淡々と──けれど妙に“真剣な声”で新人メイドたちに視線を向ける。


「俺と義兄君、どちらの方が顔が良いですか?」

「ちょっ……!? 何聞いてるのよ突然!」


ディーズベルダが箸を落としかけ、思わず声を上げた。


 


「ななにーえんのお!」


隣でクラウディスが口いっぱいに果物を入れながら、エンデクラウスの真似をする。

なんとなく雰囲気は伝わったらしく、“何言ってるの”的なノリになっている。


質問を投げられた新人メイド──名前はリーサ──は、真っ赤になって震えた。


「お、お許しくださいっ……! 比べるなんて、とても……!」


顔を両手で覆い、首をぶんぶんと振る。

それはもう、どちらが上とは言えませんという全力の拒否反応だった。


 


「エンディ……心配しなくても、大丈夫。この国で一番はあなたよ」


ディーズベルダはそう言って、やれやれといった様子でエンデクラウスの肩に手を置いた。


「だから……新人メイドを困らせてあげないで」


その言葉を聞いた瞬間、エンデクラウスの表情がふわっとほどける。


まさに「その言葉を待ってました」とでも言いたげに、ニッコリと満足げに笑った。


 


「ここ、良い雰囲気だね」


スープを飲みながら、ふいにベリルがぽつりと漏らす。


「家では……一切音がない。ディーズベルダがいた頃は、まだマシだったのにね」


その声はどこか沈んでいて、どこか寂しげだった。


ディーズベルダはスプーンを持つ手を止めて、少しだけ目を細めた。


どうやら──私がアイスベルルク邸を出たあと、屋敷はすっかり静まり返ってしまったらしい。


 


「リセちゃんが騒ぎそうだけど?」


軽く返すと、ベリルは小さく首を振った。


「リセは……もともと物静かでした。ある時から、急にああなったんです。」


「……そうなの?」


ディーズベルダは小さく首をかしげながら、意外そうに呟いた。


あのリセちゃんが、もともとは物静かだったなんて──

あのエネルギー全開の“愛されお姫様モード”は、生まれ持ったものではなかったのだ。


「確かに、僕もずっと騒がしいイメージしかなかったんだけど……」


ベリルはパンに手を伸ばしながら、穏やかな声で続けた。


「家ではね、本当に静かなんだよ。自分の部屋に籠もって、本を読んでいたり……。だから、外での様子を見ると、ちょっと不思議な気分になる」


「そうだったんだ……」


ディーズベルダは少しだけ切なそうに笑った。


すると、エンデクラウスがフォークを置き、静かに言葉を挟んだ。


「アイスベルルク侯爵家には、間者や敵がいないからですよ。リセも、心から気を抜ける家に戻れば、自然と本来の姿に戻れるのでしょう」


「──え?」


ディーズベルダが驚いて顔を上げる。


「それって……アルディシオン公爵家には“いる”ってこと?」


ディーズベルダがフォークを止めて、眉をひそめたまま問い返す。


その問いに、エンデクラウスはひと呼吸おいてから、淡々と答えた。


「はい。父上からの監視従者と……王からの間者が。今はもう、いないとは思いますが」


「……そ、そんなのが普通にいたの?」


思わず目を見開くディーズベルダに、エンデクラウスは少し首を傾げながら、さらっと言葉を足した。


「まあ、アイスベルルク侯爵家には……俺の間者くらいしか、いませんでしたので」


「──ぶーっ!!」


その瞬間。


豪快な吹き出し音が食卓に響いた。


犯人はクラウディス。口に入れていたパンをぶーーーっと前方に飛ばしながら、器用に母の真似まで完遂した。


「ぶーーーっ!!」


「ちょっ……!? クラウ!? わたしの反応、真似しなくていいから!!」


ディーズベルダが大慌てでナプキンを手に取り、クラウディスの口元とテーブルを拭き始める。


「奥様、わたくしどもが……!」

と、慌てて駆け寄るメイドに、


「いいの、いいの。自分でやるわ……!」


やや引きつった笑みを浮かべながら、ディーズベルダは手際よく拭き取る。


「……いつから、そんな“間者”なんて……」


ナプキン片手に、目を細めたままエンデクラウスを見つめるディーズベルダ。


その問いに答えたのは、ベリルだった。


パンをひとかじりしながら、まるで天気の話でもするかのような口調で──


「ディーズベルダ、気づいてなかったのかい? お前が……九歳の頃からだよ」


「………………」


ディーズベルダの動きが止まる。


じわりと、ジトッとした目で隣の夫をにらみつけた。


「エンディ………………」


「………………」


エンデクラウスはすぐに目をそらし、食器の位置を直すふりをしながらスープに視線を落とした。


「え、いや、あの、その……その頃の俺は、若くて……」


「若くても。九歳よ、私」


「……反省しています」

 


クラウディスはというと、「きゅーさい!きゅーさい!」と楽しそうにパンを握りしめていた。

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