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10.増え続ける住民

魔王城に新たな住人が増え続け、ついに限界が訪れようとしていた。


「そろそろ魔王城も住む部屋がなくなってきたわね。」


ディーズベルダは、窓の外を見渡しながら呟く。

外では、新たに移住してきた人々が思い思いの場所で休息を取っていた。


廊下には避難所代わりに使われている部屋が並び、

食堂は常に人々で賑わい、

中庭には子どもたちが駆け回っている。


(いい傾向だけど……これじゃあ、いつまでも城の中だけでやりくりするのは難しいわね。)


魔王城はもともと領主が住むための城であり、大勢の民を収容するためのものではない。

城を拠点にするのはいいが、領地としての発展を考えたら、早急に住宅の整備を進める必要がある。


エンデクラウスも、その点を理解していた。


「そうですね。そろそろ家を建ててもらわないといけませんね。」


彼は微笑みながらも、すでに計画を練っているような顔をしていた。


「家を建てるには、まず木材の確保が必要ね。」


ディーズベルダが腕を組んで考えていると——


遠くの地平線から、砂煙を上げながら一騎の馬が疾走してくるのが見えた。


馬の背に乗るのは、一人の騎士。


魔王城を目指し、一直線に駆けてくる姿に、ディーズベルダは目を細める。


(騎士……? 誰かしら。)


近づいてくるにつれ、その人物の顔がはっきりと見えた。


「坊ちゃーーーーん!!」


騎士の大声が響き渡る。


「ん? どうした、ディルスト。」


エンデクラウスは騎士の到着を見ても、特に動揺することなく落ち着いた様子で応じた。


——ディルスト。


彼はアルディシオン公爵家から派遣された騎士であり、エンデクラウスの信頼厚い部下の一人。


馬を滑らかに止めると、ディルストは素早く馬から飛び降り、

敬礼をしながら報告を始めた。


「やはり、この魔王城の奥地には森林が広がっていました。ただ、半日ばかり距離があります。」


「そうか。木材の確保には良い場所だな。」


「しかし——未だに魔物が……。」


その言葉に、ディーズベルダは眉をひそめた。


「やっぱり、魔王城周辺だけが特別なのね……。」


ディーズベルダは、これまでの調査結果を思い出す。


魔王城には、特殊な装置がある。

それによって魔物を消し去る気のようなものが発生し、

この城の周辺では魔物が現れない状態になっている。


だが、その効果は城の周囲に限定されているようだ。

城の影響が及ばない奥地には、依然として生産されたままの魔物が残っているらしい。


「そして、やはり、このランタンは魔除けになりました。」


ディルストは馬の鞍に括りつけていた魔王城の研究室で見つけたランタンを指し示す。


エンデクラウスがそれを受け取り、じっと観察する。


「……つまり、このランタンが魔王城の魔物消去装置と似た役割を持つ可能性があると?」


「はい。実際に奥地に踏み入れた際、ランタンの光が届く範囲では魔物が近寄ってきませんでした。」


「なるほど……。」


ディーズベルダは頷いた。


(やっぱり、この装置には魔除けの力があるみたいね……。)


これは貴重な発見だった。

未だに魔物が存在する奥地へ進む際、このランタン型の装置があれば安全を確保できるかもしれない。


とはいえ——


(魔除け装置の本体がどこにあるのか、まだ分かってないのよね……。)


研究ノートは大量にあり、全ての内容を精査するには時間がかかる。

だが、少なくともこのランタンが一時的な魔除けとして機能することは確かだった。


エンデクラウスはディルストを見つめ、静かに言った。


「そうか、ご苦労だった。」


「いえ、坊ちゃんのためですから!」


ディルストは誇らしげに胸を張る。


ディーズベルダは考える。


(まずは、木材の確保と同時に、魔物への対策を進めないとダメね……。)


「何人か編成して木材を確保しに行ってもらいましょうか。」


エンデクラウスが提案する。


「えぇ、私はノートを読み進めるわ。」


魔王城の装置や魔物の発生に関する研究ノート。

それを解読することこそが、開拓を進める鍵になる。


エンデクラウスが率いる騎士たちが木材の確保へ向かう中、彼女は再び地下室の書斎へとこもった。


静かな夜。


魔王城の広大な地下室。


古びた本棚に囲まれたこの場所には、時折ランプの炎が揺れる音と、ディーズベルダがページをめくるカサリという音だけが響いていた。


(このノートを書いた人は、もしかすると、私より遥か未来の地球からの転生者なのかしら……。)


彼女はランプの光の下で、分厚いノートの端を指でなぞる。


そこに書かれているのは、まるで前世の技術を模したような発想。

魔法と科学を融合させた不思議な研究成果。


(やっぱり、この国の歴史は一筋縄ではいかないみたいね……。)


そんなことを考えながら、時間を忘れてページをめくる。


——コンコン。


壁を軽くノックする音が響いた。


「エンディ?」


ディーズベルダは顔を上げ、扉の方を見た。


ノートに集中していたせいで気づかなかったが、もう夜も遅い時間になっていたらしい。


「そろそろ眠りませんか?」


エンデクラウスの柔らかな声が、静かな空間に響く。


彼はドアの枠にもたれかかるように立ち、穏やかに微笑んでいた。


ランプの明かりに照らされる彼の姿は、まるで夢の中の王子様のようで——


(……いやいや、今はそんなことを考えてる場合じゃないわ。)


「うん。そうする。」


ディーズベルダは軽く伸びをし、読みかけのノートを閉じた。


(心配かけちゃダメね……。続きは部屋で読もっと。)


そう考えて、立ち上がろうとした瞬間——


ふわっ。


「……っ!?」


突然、強い腕が彼女を引き寄せた。


胸元に押し付けられる、心地よい温もり。

エンデクラウスの香りと、包み込むような抱擁。


「えっ!?」


ディーズベルダは驚いて顔を上げた。


エンデクラウスは優雅な微笑みを浮かべたまま、彼女を腕の中に閉じ込めるようにしながら、

低く甘い声で囁いた。


「一緒に……寝ましょうか。せっかく夫婦になったんですから。」


「え”っ。」


ディーズベルダの頭が、一瞬で混乱に陥る。


(待って、ちょっと、それはどういう意味!?)


「嫌とは言わせません。」


優雅な笑顔のまま、彼はさらりとお姫様抱っこを決めた。


「ちょっ……!?」


慌てる間もなく、彼女はふわりと持ち上げられ、

まるで羽のように軽々と抱えられてしまう。


「エンディ!? 降ろして!」


「はいはい、部屋でゆっくり休みましょうね。」


「聞いてない!」


しかし、エンデクラウスは取り合わず、余裕の表情でそのまま彼女を寝室へと運んでいった。


——そして、ディーズベルダはふわりとベッドの上に寝かされる。


目の前には、ニコニコと微笑む夫の姿。


(えっ、これどういう状況なの!?)


「せまくない?」


彼女が戸惑いながら問うと、エンデクラウスは迷いのない手つきで彼女を抱きしめた。


「こうして寝るので、大丈夫です。」


「ちょ、ちょっと……!?」


ぎゅっ。


強い腕が、まるで捕らえるように彼女を抱き寄せる。


柔らかなシーツの感触、エンデクラウスの温もり、彼の鼓動が伝わるほどの距離——。


「夫婦ですから……。」


彼の低い声が、すぐ耳元で囁かれる。


心臓がうるさいくらいに跳ね上がるのを感じた。


(この状況は…いったい…)


ディーズベルダは一瞬、抵抗しようとしたが、

すぐにエンデクラウスの意図に気づく。


(……こうしていないと、私が朝までノートを読むって、わかってるんだ。きっと。)


彼の策略に、思わず苦笑する。


(はぁ……本当にもう……。)


「……わかったわ。おやすみ、エンディ。」


「はい、おやすみなさい。ディズィ。」


彼の声は、どこまでも穏やかで優しい。


(……なんだか、久しぶりにあったかい。)


そう思いながら、ディーズベルダは静かに目を閉じた。

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