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1.始まり

荘厳な王城の廊下を歩くたび、磨き抜かれた大理石の床がひんやりと足元に伝わる。

高くそびえる天井には精巧なシャンデリアが吊るされ、金色の光が差し込んでいた。


その光を受けて、ディーズベルダ・アイスベルルクの髪が儚く輝く。

酸素を凍らせたような冷たい銀色の髪は、まるで氷の結晶のように繊細で美しい。

肩まで流れるその髪を、貴族らしく整えた髪飾りが優雅に留めていた。


冷ややかな青い瞳は、まるで深い湖面を思わせる。

感情を抑えたその瞳が、並び立つ騎士たちを一瞥するたび、誰もが息を詰まらせるほどの威圧感があった。


美しい顔立ちは、どこか冷たく、気高い。

まるで遠い冬の空を思わせるその美貌は、見る者を惹きつけながらも、一線を引くような冷ややかさを漂わせていた。


両脇に立ち並ぶ騎士たちの無言の視線が、彼女の背筋を強張らせる。


ディーズベルダは、絹のドレスの裾を乱さぬよう静かに進みながら、これが夢であればどれほど良かったかと思った。


——王女毒殺未遂の罪。


その言葉が、耳にこびりついて離れない。


「玉座の間へ」


先導する騎士の低い声が響く。

ディーズベルダは、深く息を吸い込んだ。


扉が開かれると同時に、冷たい視線の嵐が彼女を迎えた。


高い玉座に座るのは、威厳をまとった王。

その隣に座すのは、金髪に藍色の瞳を持つ王女スフィーラ。


陽の光を受けて輝く金の巻き髪は、まるで絹糸のように滑らかで、その美しさを誇示するかのように肩にふわりとかかっている。

藍色の瞳は澄んでおり、微笑むたびに可憐な輝きを放つ。


愛らしい顔つきと優雅な仕草は、まさに王女らしい気品に満ちていた。

白いドレスをまとったその姿は、聖女のように清楚で美しく映る——だが、内に秘めた思惑を隠しきれるほどの無垢さはない。


スフィーラは、まるで「哀れな罪人」を見るかのような表情で微笑みを浮かべていた。


——何もしていない。

——なのに、すべてが仕組まれたように動いている。


「ディーズベルダ・アイスベルルク。汝の罪は重い」


王の声が響く。

広い玉座の間に、ただその響きだけが満ちた。


「王女毒殺未遂の罪、すでに複数の証言が集まっておる。お前がティーパーティーで王女の茶に毒を仕込んだのは明白だ」


「……違います」


絞り出すような声だった。


王の冷たい瞳が、彼女を貫く。


「弁解は聞かぬ。だが——」


王は一度、周囲を見渡した後、言葉を続けた。


「汝は数々の発明を成し遂げ、王国に大きな貢献をした。よって、即座の処刑ではなく、新たな役目を与える」


そう言って、王は冷酷な宣告を下した。


「『最果ての荒れ地』の領主となり、今すぐ王都を去るのだ。」


重い言葉が、彼女の運命を決定づける。


「っ……!」


ディーズベルダは拳を握った。

冤罪であることも、もはや意味をなさない。

王が決めた以上、それが「真実」となる。


そんな中——


ふと、スフィーラの口元がわずかに動いた。


ニヤリ。


(これで終わりよ、ディーズベルダ)


その笑みは、確信に満ちたものだった。


(あなたさえ消えれば、エンデクラウス様は自由。私のものになる)


——だが、その思惑を打ち砕く者がいた。


「お待ちください」


毅然とした声が、場の空気を裂くように響く。


一同が振り向くと、そこにはエンデクラウス・アルディシオンの姿があった。


彼は整った顔立ちを崩さず、一歩、堂々と前に出る。


深い黒髪は柔らかく波打ち、額にかかる前髪がわずかに影を落とす。

まるで月明かりの下で煌めく夜空のような、冷たくも神秘的な紫色の瞳が鋭く光る。

そのまなざしには威圧感がありながらも、どこか哀愁を漂わせ、何かを秘めているかのように見えた。


端正な顔立ちは繊細な美しさを持ち、白い肌に映える漆黒の髪と紫の瞳が、まるで貴族らしい気品と妖艶さを同時にまとっているかのようだった。


深紅の刺繍が施された黒の礼服を纏い、胸元には公爵家にふさわしい装飾のブローチが輝く。

優雅でありながらも隙のない佇まいは、彼がただの貴族ではなく、公爵家の次期当主であることを物語っていた。


その姿に、誰もが息を呑む。


「王よ。ディーズベルダ・アイスベルルクは私の婚約者です。ならば、私も彼女と共に行かねばなりません」


——ざわめきが広がる。


「エンデクラウス! 貴様はアルディシオン公爵家の次期当主だ!」


王が低く威圧的に告げる。


だが、エンデクラウスは一切怯まない。


「はい。しかし、次期当主であることが何の問題になりますか?」


王の眉がわずかに動いた。


「……何?」


「王国を守るのが貴族の義務。ならば、ディーズベルダが新たな領主として赴任する地に同行し、その地の復興を支援するのも貴族の責務ではありませんか?」


「戯言を言うな! それでは公爵家が——」


「公爵家の責務とは、ただ爵位を継ぐことだけでしょうか?」


エンデクラウスは静かに微笑み、冷静に言葉を紡ぐ。


「私は弟に公爵位を譲ります。彼はすでに政治や軍事において十分な能力を示しており、アルディシオン公爵家の名を背負うにふさわしい。むしろ、若く柔軟な彼の方が、公爵家をより良い形に導くかもしれません」


王は唸るように息を吐いた。


「それでも、お前が自ら爵位を手放すなど……」


「王よ、貴族の本分とは、地位に固執することではなく、国の未来を見据えた選択をすることでは?」


論破された。


玉座の間に静かな緊張が満ちる。


王は一瞬、何かを考え込むように目を閉じ——そして、ゆっくりと開いた。


「……良いだろう」


その声に、スフィーラが弾かれたように顔を上げた。


「なっ……!」


「エンデクラウス・アルディシオン、お前も共に最果ての荒れ地へ向かうがよい」


「話が違うじゃない!!!」


スフィーラの叫びが玉座の間に響き渡る。


しかし、王の表情が険しくなると、彼女はすぐに怯んだ。


「スフィーラ、礼儀をわきまえよ!」


「……っ!」


スフィーラの顔が悔しさに歪む。


だが、もはやどうすることもできなかった。


そして——エンデクラウスは、ディーズベルダへと手を差し出す。


「行こう」


彼女は戸惑いながらも、その手を取った。


エンデクラウスはその手をしっかりと包み込み、何の迷いもない足取りで扉へと向かう。


彼の背筋は真っ直ぐに伸び、その歩みは優雅で堂々たるものだった。


まるで、この瞬間こそが自らの選んだ運命なのだと言わんばかりに——


エンデクラウスは堂々とした足取りで、ディーズベルダの手を引き、扉へと向かう。

その背筋はまっすぐに伸び、一切の迷いを感じさせない。


扉がゆっくりと開かれ——


「エンデクラウス様ーーーー!!」


王女スフィーラの叫びが、玉座の間に響き渡った。


しかし、エンデクラウスは振り返ることなく、そのまま歩みを進める。


パタン。


扉が閉じた。


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