ハートネット伯爵家へようこそ2
私たちを乗せた馬車は、王都の貴族街にあるハートネット伯爵家のタウンハウスにやって来た。
ハートネット伯爵家は、白い壁の可愛らしい邸宅だ。
庭にはピンク色の花を咲かせた蔓バラのアーチがあり、その先には美しく整えられた庭園とガラス張りの温室がある。
私がフィン兄さんの手を借りて馬車を降りていると、不意に声をかけられた。
「エヴァ、よく来てくれたわね!」
出迎えに来てくれたのは、グレース・ハートネット伯爵──私の伯母様だ。
伯母様は、私やフィン兄さんと同じ、少しだけ紫がかった淡い水色の髪をきっちりと結い上げていた。端正な顔立ちで、縁の細い眼鏡をかけていて、非常によく似合っている。
背筋がスッと伸びて姿勢が良く、所作の一つ一つも優雅で美しい……まさに理想の家庭教師だ。
これで魔術は結構武闘派らしいから、人は見た目によらないものだわ。
「伯母様! ご無沙汰しております。お招きいただきありがとうございます」
私が貴族の子女らしく微笑んで挨拶すると、
「久しぶりね。さぁさ。もううちの子になるのだから、堅苦しいことは抜きにして。中にお入りなさい」
有無を言わさぬ感じで、伯母様は私を屋敷の中へと急かした。
「あなたたち、早速だけどエヴァを磨いてちょうだい!」
「「「「かしこまりました」」」
玄関ホールで、伯母様はパンパンッと手を打つと、メイドたちを呼び集めた。
「えっ? 伯母様?」
急に集まってきたメイドたちに驚いて、私が助けを求めてフィン兄さんの方を見ると、「いってらっしゃい」とにこやかに手を振られた。
「フィン兄さんっ!?」
私はメイドたちに連れられて、早速お風呂に入れられてしまった。
***
「まぁ、綺麗ね! 若い頃のソフィアにそっくりだわ!」
準備が整って客室に向かうと、伯母様はパァッと顔色を明るくして褒めてくださった。
「そ、そうですか? ありがとうございます……」
久々に着たまともなドレスに、私は少しドキドキしていた。
パーティー用ではなくて、家の中で着るようなシンプルめなドレスは、綺麗な青色だ。上品で仕立ての良いドレスに、自然と背筋が伸びる思いだ。
メイドたちが「せっかくですから」と、長い髪をリボンが付いたバレッタでハーフアップにまとめて、薄化粧までしてくれた。
フィン兄さんも驚いた表情で「ぐっと大人っぽくなったね」と褒めてくれた。
「早速だけど、今後のことを話しましょうか」
私が客室の椅子に座ると、伯母様が話し始めた。
フィン兄さんも私も相槌を打つ。
「念のために確認だけど、エヴァはハートネット家の子になるので大丈夫なのよね?」
伯母様は真面目な顔をして、真っ直ぐに私を見つめて尋ねてきた。
「大丈夫です。もうダルトン子爵家には戻れませんし、何より、私自身も前を向いて新しいことにチャレンジしていきたいんです」
私の心に、何ヶ月も前に出てきた『愚者』のカードが思い浮かんだ。
春の芽吹きのような緑色の服を着た『愚者』が、陽気に私に笑いかけてきたような気がした。
「今まではずっとダルトン子爵家をどうにか潰さないように、って頑張ってきました。お祖父様から、私は次のダルトン子爵家の当主になるように指名されてましたから。あの家を引き継ぐことが当たり前だと思っていたのです」
私はここで一息入れた。
本音を言う時は、ちょっぴり心の準備が必要だ。
「でも、その家を追い出されると知って、改めて自分の人生をどう生きていこうかって考えるようになりました。せっかく自分の好きなように生きていけるのなら、自分が好きな人たちがいる環境で、自分らしく生きてみようって考えたんです」
私は正直に、今の気持ちを伯母様に伝えた。
『愚者』のように──春の始まりのような、あのどこかうきうきそわそわした空気を味わうような、新しい出会いや出来事に期待するような、ワクワクした気持ちだ。
「そう、それなら良かったわ……」
伯母様は表情を緩めて、安堵の息を吐いた。
「エヴァは何かやりたいことはあるの?」
フィン兄さんが優しく尋ねてきた。
「やりたいこと……占いも好きだけど、私、魔術も気になってて……父が家庭教師を追い出してしまってからは新しい魔術は覚えてないし、父に怒られるから、あの家の中では魔術は使えなかったし……あら?」
ふと、いつの間にかテーブルの上に置かれた一枚のタロットカードが気になった。
カードをめくると、『魔術師』のカードだった。
『魔術師』のカードには、黄金色の人物が、片腕を上げて微笑んでいる姿が描かれている。
彼の周りには、杖や盃や剣やコインなどさまざまな物が浮かんでいる。
タロットカードは時に、どストレートにメッセージを送ってくることがある。
今は占いよりも、魔術師になることを優先した方が良さそうね。
「ダルトン家の占いスキルは初めて見たわ。こういうことはよくあるの?」
いきなり現れたタロットカードに驚きつつも、伯母様が尋ねてきた。
「そうですね。時々ですが、あります。私に何か緊急や大切なメッセージを届けたい時ですね」
私は一つ頷くと、みんながよく見えるように、タロットカードをテーブルの真ん中に置いた。
「綺麗なカードだね。これはどういった意味なの?」
フィン兄さんも、興味深そうに『魔術師』のカードを見つめながら訊いてきた。
「これは『魔術師』のカードなんです。今は私は占い師ではなくて、魔術師になることに専念した方が良いみたいです。『才能や能力を磨いて上手に扱えるようになること。そしてそれらを使って自分自身が黄金のように輝けるようになること』ですね」
「確かに、エヴァは四大属性に適性があるし魔力量も多いから、魔術師はいい選択だね」
私が説明すると、フィン兄さんが納得するように相槌を打った。
「……でも、貴族で魔術師といえば……」
癒しや光や聖属性の魔術に適性があれば、聖鳳教会で聖女や神官になれるけれど、私にはそっちの適性は無かったから無理。
そうなると、魔術師団に所属するか、貴族を抜けて、または身分を隠して冒険者の魔術師になるのかな?
でも、きちんと魔術を習って、伯母様みたいに魔術の教師になるのもいいかも。
魔道具師っていう選択肢もあるけれど、私はそこまで手先は器用じゃないし……
「エヴァの適性なら、まず王宮魔術師団が欲しがりそうね」
伯母様が、然もありなんと呟いた。
「でも、あそこには義妹も元婚約者もいるんです」
「確かにそれはちょっと……」
私が王宮魔術師団に気乗りしないことを伝えると、伯母様は顔を顰めて「いやよねぇ……」と共感してくださった。
「エヴァは呪い魔術にも適性があるんだっけ?」
不意に、フィン兄さんが確認してきた。
「……そうだけど」
呪い魔術については、正直あまり良い気はしてないし、いい思い出もない。
呪い魔術への適性は、父や元婚約者が私を気味悪がる主な原因だったからだ。
ただ単に適性があるだけで、今まで一度も使ったことはないのに……
「それなら、王宮に特殊魔術研究所もあるよ。呪い魔術を扱うから敬遠されがちだけど、王宮魔術師団の上級魔術師も、特殊魔術研究所の魔術師に一目置いてるんだ」
フィン兄さんが説明してくれた。
「へぇ〜」
はじめて聞いたかも。そんな研究機関があったのね。
「ドラゴニア王立特殊魔術研究所——通称『黒の塔』なら、フレデリカの息子が入ってるわよ。今度、どんなところか話を聞いてみましょうか?」
伯母様も勧めてくださった。
それにフレデリカ様のご子息もいらっしゃるなら、そんなに変な所ではなさそうね……
「……確かに、そうですね……」
ふと気になって、私はタロットカードの束をポケットから取り出した。『魔術師』のカードを束に戻して、簡単にシャッフルして、一枚めくってみた。
「うん? このカードは?」
「『運命』のカードです。特殊魔術研究所、いいかもしれません」
フィン兄さんに訊かれ、私は答えた。
『運命』は、真ん中に堂々と大きな車輪が描かれたカードだ。
車輪には、この世のものとは思えない生き物がしがみついている。
背景には稲妻が降り注ぎ、エネルギーがぐるぐると目まぐるしく渦を巻いているような絵柄だ。
もしかして、私の運命の流れはそっちにあり?
呪い魔術を扱うからって、毛嫌いして、食わず嫌いしない方がいいってことかしら?
それに、とりあえず話を聞くぐらいなら、たぶんきっと大丈夫よね?
「お話を伺うくらいなら……」
「そう。じゃあ、フレデリカにも訊いてみるわね」
私がおそるおそる口にすると、伯母様はいい笑顔で快諾してくださった。
フレデリカ様とそのご子息の都合も確認して、後日お茶会でもしましょうか、ということになった。




