占い師ステラ2
占いの館「ルナテミス」は、王都の繁華街に店を構えている。
煉瓦造りの建物は、同じ地区にある他の建物と一緒だけど、敷地内の庭には、他では見かけないような謎のエキゾチックな植物が植えられている。出入り口付近には、カラフルな大判の布や、異国情緒あふれる変わった形のランプや装飾品が吊り下げられ、飾り立てられている。
怪しげな雰囲気だけど、どこか異国の地に迷い込んでしまったような特別感があって、ドキドキワクワクするような店構えだ。
店内には個室のブースが十個ほどあって、各ブースの入り口はベルベットのカーテンで仕切られている。
独特な雰囲気を醸し出すために、店内はわざと薄暗くなっている。
ほんのりと灯る魔道電灯や蝋燭の明かりに、時々どこかのブースで焚かれる浄化のお香が白い煙を燻らせる。
私はルナテミスのお店の奥にある事務所で、占い師の衣装に着替えさせてもらった。
私はいつも占い師として雰囲気を出すために、黒っぽくて、遊牧民っぽい雰囲気の装飾多めなドレスワンピースを着ている──絶対に、こういったお店でしか着れないような、普段は一切着ないタイプの衣装だ。
そして、大ぶりのアクセサリーを身につけて、黒いレースのヴェールをかぶると、雰囲気がさらにマシマシになる。
ルナテミスには真剣に悩みを解決したいお客様もいらっしゃるけれど、占いはお楽しみやエンターテイメントな部分も多いから、こういった衣装を着て「ザ・占い師」っていう雰囲気で相談に乗るのも、これはこれで非日常感があってお客様から喜ばれる。
衣装やアクセサリーの組み合わせが多少チグハグでもカオスでも、変に派手になったとしても、「占い師」という職業がなぜか全てを包み込んでくれて、「この占い師さんは、こういうもの」とお客様がサラッと受け流してくれるから不思議。
同じ占いの館には、他にもベテランの占い師先生方がいらっしゃるから、少しでも自分がお客様から選ばれるように着飾ったりキャラ立てすることも大切だ。
お客様にとっても非日常な体験だけど、私自身にとっても、普段とは全く服装が違うから「お仕事スイッチ」が入って、「占い師のステラ先生」に入り込みやすい。
今までは昼間は貴族として過ごしていたから、変装できて身バレしにくいっていう利点もあった。
それに、「占い師ステラ」は時々現れる幻の占い師として売り込んでいるから、むしろこのくらいは盛った方がちょうど良かった。
今日お店に出られている他の占い師先生方に挨拶回りした後、私は自分のブースに入った。
紫色のベルベットのテーブルクロスが敷かれた円テーブルに、椅子が二脚。
テーブルの端には、占った時間を測るための大きな砂時計が置かれている。
お客様は圧倒的に女性が多いけれど、実は男性もそこそこ訪れる。
女性は恋愛のお悩みはもちろんのこと、家庭内やご近所の人間関係からお仕事、旦那様や子供の将来のことまで本当にいろいろ訊かれる。
一方で、男性は基本的にお仕事関係の相談が多い。
しばらく自分のブースで待機していると、本日一人目のお客様が通された。
紫色のカーテンを揺らして入ってきたのは、とても若い男性だった。もしかしたら、私と同じくらいの年頃かも。
薄明かりでも分かるほど綺麗な金髪を長く伸ばして、一つにまとめていた。細身ではあるけれど背も高くて、服装も小綺麗で、顔立ちも整っているから、どこか良いところのお坊ちゃんがお忍びで来られたのかもしれない。
男性は、私の前の席に綺麗な姿勢で座ると、印象的な青色の瞳で真っ直ぐに見つめてきた。そして、一言だけ言った。
「占って欲しい」
「…………はい?」
思わず笑顔の口角がひくついた。
時々いるのよね、「占いは信じてないから、まずは俺を占ってみろ」っていう、謎の大前提を示してから占い師を試すような質問をする人。それでいて、結局気持ち的には、占いを信じるんだか信じたいんだか分からないような態度を示される人。
気を取り直して、私は笑顔を貼り付けて丁寧に尋ねた。
「お客様は何かお悩み事や困っているようなことは……?」
「ない」
彼からは、すぐにキッパリとしたご回答があった。
内心「じゃあ、何しに占いに来たんだ!?」と思ったけれど、そこはぐっと言葉を飲み込んだ。抑え込んだ自分、グッジョブ。
……そもそも彼がなぜここに来たのか、まずはそこからね。
私は息を整えて意識を集中させると、テーブルの上でタロットカードの束を両手でかき混ぜるようにぐるぐるとシャッフルし始めた。
十分にシャッフルした後、カードを一つの束に戻す。
カードの束を適当に三つの山に分け、順番を適当に変えてまた一つの束に戻す。
カードの束を左手に持つと、上から順に六枚カードを捨てて、七枚目のカードをテーブルの上に一枚だけ出した。
カードをめくると、『女教皇』のカードだった。
二本の柱の間に、天に向けてゆったりと両腕を広げた女性が座っている。
彼女は石像のように白い肌をしていて、月を抱く特別な冠をかぶっている。
「お客様は何かの研究か専門職をされてますか? 特に知識を使うような……学問や魔術系ですね?」
私が尋ねると、男性は目を丸くした。
「そうだ、魔術の研究をしている」
男性は感心するように一つ頷いた。
そこからはポツリポツリと、彼の方からいろいろと事情を話してくれた。
まずは掴みでしっかり占いを当てていくと、お客様は占い師を少し信頼して、自らいろいろ話をしてくださるようになることが多い。
彼は王宮の魔術研究機関で働いているらしく、今はスキルと魔術の違いによって予見や予知の内容が変わってくるかどうかについて研究しているらしい──正直、私には小難しすぎて、何を言われてるのかよく分からなかった。
「呪い魔術の一種には、スキルとは違って、対価を払って予知内容を固定するものがあるからな。どのような原理なのか、まだ解明されていないことが多い」
男性が、至極真面目な顔で語った。
何を言われているのかは相変わらずちんぷんかんぷんだったけれど、ただ、彼の「呪い魔術」という一言に、私の胸がドクンと嫌な感じに鳴った。
私は呪い魔術に適性があるし、それが原因で父や元婚約者からは忌み嫌われてきた──あまり良いイメージはなかった。
「まぁ、いい。とにかくこんな感じで、適当に占ってくれ」
「……はぁ、承知しましました」
男性に言われ、私はその後もいくつか占った。
一時間きっかり占った後、男性は帰って行った。
「ねぇ、ねぇ。ステラ先生。さっきのお客さん、ステラ先生の所にも来たのね」
「あ、ギャラクティック・マリナ先生。先生の所にもいらしたことがあるんですか?」
隣のブースの占い師先生が、カーテンから顔を覗かせた。この道四十年の大ベテランの方だ。
「あるわよ〜。それに、他の先生の所にも来てたわよ。変わったお客さんよね」
「そうですね」
「かっこいいんだけど、ちょっと残念な方よね〜」
「そうですね……」
ひとしきりおしゃべりした後、ギャラクティック・マリナ先生は彼女のブースに戻って行かれた。
……確かに先生のおっしゃる通り、変わったお客さんだったな〜
「うん?」
ふと気づくと、自分のブースのテーブルの上に一枚だけカードが残っていた。
何の気なしにカードをめくってみると、『恋人』のカードだった。
「…………」
一瞬、カードに何を言われているのか分からなかった。
ピキリと動きが止まってしまったのも、仕方がないと思う。
「まさか〜、ないない」
私は思わず誤魔化し笑いをしていた。
まずお客さんと恋人になるなんてありえないし、さっきのお客さんの感じだと、いろいろな占い師先生の所を巡ってるみたいだし、これっきりでリピートは無いでしょ。
「さーてと、次のお客様を待ちましょ!」
私がカードを片付けるとすぐに、出入り口のカーテンが揺れた。
お忍び衣装をまとった美しい女性が、顔を覗かせる。
「ステラ先生、お久しぶりです」
「まぁ、ラウラ様! お久しぶりです。その後どうでした?」
「そのことについてご相談なんです」
その後は常連のお客様が何人か続いて、私はすっかり『恋人』のカードのことは、記憶の彼方に追いやっていた。




