デビュタント3
「君、災難だったね」
「!?」
いきなり耳元で囁かれて、私はバッと振り返った。
そこには、黒い夜会服を着たサイモンさんがいた。
青紫色の髪は夜会用に整えられ、服装のせいか、いつもよりもしゃんとした雰囲気をされている。少しこけた頬は月のように儚げに白くて、色鮮やかな黄金色の瞳だけが、シャンデリアの明かりに照らされて爛々と美しく輝いていた。
「サイモンさんも出席されてたんですね」
「うん。少し不穏な呪いを感じたからね。僕の愛し子を見守りに」
サイモンさんが、薄く微笑んだ。
サイモンさんの大切な方も、デビュタントを迎えられたのかしら?
でも、あまり深入りしては失礼よね?
私は「そうなんですね」と愛想良く笑顔で返した。
「そう、さっき君が話してた女の子だけど……」
サイモンさんが何かを話そうとした瞬間──
「エヴァ、お前がなぜこんなところにいる!!」
「きゃっ!?」
いきなり私の肩がグイッと掴まれた。
見ると、以前よりもだいぶ髪の毛が薄くなった父が、私の肩を掴んでいた。
「いや、ちょうどいい。帰るぞ! お前のせいで仕事が山積みだ!!」
父は私の腕を掴むと、無理やり引っ張ろうとした──そんな父の腕を、サイモンさんが掴む。
「!? なんだ、お前は? 部外者は口を挟まんでくれ!」
父はムッと顔をしかめて、サイモンさんを睨み付けた。
「彼女は黒の塔の僕の後輩だからね。決して部外者ではないよ……それにしても、君は随分と興味深いモノを付けているね? 最近はよく眠れてないだろう?」
「なっ、なんだ!? 急に!?」
サイモンさんの言葉に、父の顔がサッと青ざめた。掴んでいた私の腕も、怯えるようにサッと手放す。
……サイモンさんは独特な雰囲気をされてるし、見た目も少し、いや、結構ホラー味があるから、いきなりそんなことを言われて凄まれたりしたら、怖く感じてしまうのは分からなくもないわ……
「へぇ~、未熟だけど、たっぷりと怨念が詰まってるね。悪くない。でも、こうした方が、もっと安定すると思うんだ」
サイモンさんの細い手が、父の腕を肘から二の腕、肩の方へとさかのぼっていく──父の首筋に、一気に鳥肌が立つのが見えた。
「君、相当恨まれてるね?」
「ヒィッ!?」
サイモンさんの印象的な黄金色の瞳にじっとりと見据えられ、父が小さく悲鳴をあげた。
「お、覚えてろよっ!」
父は寒気で震えるようにカチカチと歯を鳴らしながら、そんな三下みたいなセリフを吐いて逃げて行った。
「えっと、サイモンさん? ありがとうございます」
「いいよ。僕からの合格祝い、かな? まだだったからね」
私がお礼を言うと、サイモンさんは何でもないという風に、そんなことを言ってくれた。
サイモンさんって、結構掴みどころがなくて不思議な方だけど、でも悪い人ではないみたい──
「『覚えてろ』とは言われたけど、僕はさっきの彼を解呪する気はないかな。せっかく彼にかかってた呪いを安定させて強化したのに」
サイモンさんが、ふんわりとそんなことを口ずさんだ。
──前言撤回ッ!!! やっぱり悪人だったわ!!!
私が「絶対に、サイモンさんとは敵対してはいけない」と、心に刻んだ瞬間だった。
「その~……さっきの人には一体、どんな呪いがかかってたんですか?」
「『金運がなくなる呪い』だね。ちなみに、君がさっき話してた女の子も『男運が最低になる呪い』がかけられてたよ。どっちも未熟だけど、恨みの念はたっぷり込められてたし、結構尖ってて悪くない呪いだったよ」
私がおそるおそる確認すると、サイモンさんはうっそりと微笑んで答えてくれた。
私の背筋が、一気に凍り付いたのは言うまでもなかった……
それにしても、二人とも呪いをかけられてたなんて……しかも、二人ともドンピシャで困る呪いだ。こんなの、彼らをよく知る人物でないとかけられないわ。
父にとっては、きっと一番の薬ね。父はあの性格上、当主の座にしがみつくでしょうし、そうなれば子爵家の資金繰りはずっと火の車。楽も贅沢もできない──父への罰としてはこれ以上ないのではないかしら?
ミアも呪いのせいなのか、それとも人を見る目が無いのか、すでにかなり難しい方に入れあげてるみたいだし……少しは痛い目をみれば、誠実な人間関係のありがたみが分かるのではないかしら?
地味だけれど、二人にとってはかなりクリティカルな呪いよね。
「エヴァ、すまない!」
その時、人波をかき分けて、セルゲイがやって来た。どうやら、令嬢たちは撒いて来たみたい。
文句の一つでも言おうかしらと思ったけれど、セルゲイのどんよりと疲れ切った様子を見たら、口に出せなかった。
「セルゲイ、君の代わりに彼女を守ってあげたよ」
「ありがとう、サイモン」
「うん、君は友人だからね。特別さ」
サイモンさんが少し得意そうに言うと、セルゲイはホッと肩から息を吐いてお礼を言った。
ふと、二階フロアに目を向けると、テオドール殿下と面接の時に同席していた護衛の人がいた。
「あれ、所長じゃないかしら?」
「ああ、所長とライデッカーだな」
私の視線の先に気づいて、セルゲイが頷く。
「挨拶に行こうか?」
サイモンさんがどこか嬉しそうに目を細めて、階段の方に向かって歩き始めた。
***
「サイモン、セルゲイ、エヴァ嬢。来てたのだな」
テオドール殿下は私たちを見つけると、穏やかに声をかけてくださった。
殿下は深紅色の髪を綺麗に整え、黒い燕尾服を着られていた。側妃のエレノア殿下に雰囲気が似ているためか、優美で非常に洗練されている。
殿下の横には、護衛のライデッカーさんがいた。目つきの鋭い三白眼の瞳はオレンジ色で、今夜は面接の時のような警戒するような視線は向けられなかった。
でも、とにかく大柄で体格がいいためか、彼から醸し出される威圧感は、相変わらずだった。
「ええ。エヴァのエスコートで参加しました」
セルゲイが殿下に、丁寧に返事を返す。
「僕はセルゲイが席を外してる間の彼女の護衛かな?」
「おい……!」
サイモンさんが珍しく軽口を叩くと、セルゲイが肘で小突いていた。
「エヴァ嬢は今年で社交界デビューか。おめでとう」
「ありがとうございます!」
殿下から直々にお祝いの言葉をいただいて、私は恐縮してお礼を言った。
「微妙な呪いの気配を感じたんだが?」
「それなら僕が安定化させておいたよ。他の者に憑くことはないよ」
「そうか、すまない」
サイモンさんは、こそこそとライデッカーさんと何やら情報交換をしていた。
その後はしばらく、黒の塔のメンバーで楽しくおしゃべりに花を咲かせた。




