デビュタント2
王宮の大広間の一階メインフロアには、すでに挨拶が終わった令嬢たちと、彼女たちをエスコートしている若い男性たちで溢れ返っていた。
メインフロアを見下ろせる二階フロアには、デビュタントたちの家族や招待客たちが集まり始めていた。
大広間の天井には、大きなクリスタルのシャンデリアが光魔術の煌めきを灯していた。
床には、火竜を初代国王に持つドラゴニア王国では貴色とされる、炎を思わせるような見事な真紅色のカーペットが敷かれている。
メインフロアの端の方にはオーケストラも揃い、今か今かと準備を始めていた。
「結構人数が多いわね」
「エスコート役を含めると、単純にさっき玉座の間に並んでいた令嬢の倍の人数にはなるからな」
私が軽く感想を漏らすと、セルゲイが小さく頷いた。
ここにはもしかしたら義妹のミアと元婚約者のアラン様も来ているかもしれない。でも、あまりにも人数が多すぎて、二人がいるかどうかは分からなかった。
「人混みはあまり得意ではない。少し端の方に行くか」
「そうね」
私も人混みは苦手なので、素直に頷く。
十三歳からずっと当主代理の仕事をしていたから、特に挨拶をしたい同世代の知り合いもいないし。
セルゲイが先導して、一階フロアの壁際近くまで連れて行ってくれた。
すれ違う女の子たちは、セルゲイを見てポーッと頬を染めたり、見惚れたりしていた──ちょっと胸のあたりがモヤッとしたかも。
私たちが壁際近くにたどり着くと、ちょうど二階フロアのバルコニーに、国王陛下と両妃殿下があらわれた。
「まずは、新たな社交界の華たちに、成人おめでとう。皆の者、今宵は存分に楽しんでいってくれ」
陛下の簡単な祝辞の挨拶が終わると、会場がパチパチパチと拍手の音に包まれた。そして、軽快なテンポの優美な曲が流れ始めた。
「エヴァ、踊ってくれますか?」
「ええ、もちろん!」
セルゲイが白い手袋に包まれた大きな手を差し出して、律儀に尋ねてくれた。こういうところは真面目なのね。
セルゲイの手を取ると、私たちはダンスの輪の中へと入って行った。
まずはデビュタントとそのパートナーが、ワルツを踊るのが習わしなのよね。
一階の大広間に、純白のドレスと黒い燕尾がふわりひらりと優雅に舞う。
セルゲイはリードが上手だった。
私はダンスの先生としか踊ったことはなかったけれど、とても踊りやすかった。
「セルゲイはダンスが上手ね」
「そうか? エヴァも上手いと思う」
人数がとても多いから、ダンスを踊るには少し狭かったし、私もセルゲイもお互いにあまりおしゃべりな方じゃないから、会話もそんなに弾むわけじゃない。
それでも、セルゲイとファーストダンスを踊れて、私は胸のあたりがほこほことあたたかくなった。
一曲終わると、二階の観覧席から盛大な拍手が巻き起こった。
そして、セルゲイはあっという間に女の子たちに取り囲まれてしまった。
「きゃっ!?」
あまりにも一瞬で囲まれてしまったため、私は女の子たちの壁から弾き飛ばされてしまった。
セルゲイは急に何人もの令嬢から話しかけられて、表情には出ていないけれど、かなり慌てていた──ちょっと! いくら苦手だからって、もう少ししっかりしなさいよ!
「レディ? もし良かったら一緒に踊っていただけますか?」
不意に、背後から穏やかな声が聞こえた。
振り返ると、そこにはスラッと背が高い男性が立っていた。
彼は瑠璃色の髪をゆったりと編んで、左前に流していた。優美で優しげに整った顔立ちで、色鮮やかな黄金色の瞳の中には、キラキラと煌めく星々が見えた。
片手を胸に当てて、スッと手を差し出す仕草は、とても洗練されてるように感じられた。
せっかくのデビュタントだし、セルゲイもあんなことになってるのだから、私も一曲くらいだったら……
「ええ、喜んで」
私はにっこりと微笑み返した。
私が彼の手に自分の手を重ねると、嫌じゃない程度にきゅっと優しく握られた。
そのまま腰に手を添えられて、さらわれるようにダンスの輪の中へとリードされる。
少し強引だけど、決して嫌じゃないレベル──むしろ女の子だったら、ちょっと胸がキュンと疼いてしまいそうな感じだった。
ダンスの輪の中に入ると、彼が優しく微笑みかけてきた。
「私はハムレット・ラングフォード。君はどこのお姫様かな?」
「エヴァ・ハートネットと申しますわ」
「あぁ、魔術教育のハートネット家だね。あそこにこんなに美しい令嬢がいたなんて知らなかったよ」
「最近、養子になったもので」
「そう。良いところの子になったね」
くるりとターンをきめる。
ラングフォード様はセルゲイよりも力強くて、少し振り回されるような感じもするけれど、がっしりと腰と手を支えられているから、不思議なくらい安定感があった。
「それにしても、綺麗な髪色をしてるね。今日身につけてる宝石もとても良く似合っているよ。君が選んだのかな?」
「その、尊敬している方からおすすめされて……」
「きっとその人はとてもセンスが良いんだね。君が一番美しく輝けるものを選んだみたいだ」
「ありがとうございます……」
流れるように褒められて、私はバクバクと心臓が鳴っていた。
今までこんな風に褒められたことなんて無かったから、しどろもどろにしか返せなかった。
そうこうしているうちに、そろそろ曲が終わりに近づいてきていた。
「君は清楚で凛と美しくて、まるでデビュタントの妖精みたいだ。他の令嬢たちとは違うね。君がこの会場で一番輝いているよ。もしよかったら、この後私と──」
曲が終わると、ラングフォード様は私の手を引いて、指先に小さく口づけを落とした。
その時──
「ちょっと!! 私のハムレット様に何をしているの!!?」
大きな怒声をあげて、義妹のミアが突進して来た。勢いよくバシッと私の腕を叩き落とす。
私は腕を叩かれた衝撃よりも何よりも、別のことにびっくりした。
──えっ、ちょっ、「私のハムレット様」って、婚約者のアラン様はどうしたのよ!!?
「うわぁ~ん! 酷いです、ハムレット様! 私だけだっておっしゃってたじゃないですか!!」
ミアは畳みかけるように大声で騒ぎ出した。大きな瞳に涙を溜めて、うるうるとラングフォード様を見上げる。
……それにしても、婚約者持ちとしてとんでもないことを口走っているけれど、いいのかしら?
「それに、よりにもよってお義姉様に声をかけるだなんて!!!」
ミアは急に私の方に振り向くと、キッと恨みがましい視線を私に向けてきた。本気で怒ってるみたいで、顔がお猿さんのように真っ赤になってるわ。
「ミア嬢、ごめんね。でも、私は美しい令嬢に目がないんだよ。美しいものは讃えないと気が済まないんだ」
ラングフォード様が非常に申し訳なさそうに眉を下げて、とんでもないことを宣った。
それ、絶対に申し訳なく思ってないでしょ!
一切、反省してないでしょ!!
──私の脳裏に「ゲスの極み」という言葉がよぎった。
私が完全にドン引いていると、ラングフォード様と言い合いをしていたミアが、くるりとこちらに振り返った。
カツカツと足を踏み鳴らして私に詰め寄って来る。
「そもそもどうして平民なんかがここにいるのかしら!? さっさと出ていきなさいよ!!」
ミアが私のすぐ目の前で、思いっきりギロリと睨み上げてきた。その瞬間、ぞくりと、黒の塔でよく感じられるあの冷んやりと肌が粟立つような感覚がかすめた。
「ミア嬢、彼女は正式に貴族の令嬢だ。ハートネット伯爵家なのだから、君の家よりも家格は上だよ」
ラングフォード様はミアをどうにか宥めようと、声をかけていた。
でも、ミアは怒りで我を忘れているみたいで、全く耳を貸さなかった。
「そんなはずないわ! ちゃんと追い出したのに!!」
ミアがラングフォード様に止められている間に、警備の騎士たちが駆けつけてくれた。
騎士たちはミアの腕を両側から羽交締めにして、問答無用で引き摺るように会場を出て行った。
遠くから「離してよ!!」と甲高く喚く声が聞こえてきたけれど、舞踏会場はさっきの騒動でざわざわと騒がしくなって、そのうちにかき消されていった。




