sideダルトン子爵家(ハリー・ダルトン視点)
私はハリー・ダルトン。ダルトン子爵家の当主だ。
長女のエヴァを屋敷から追い出してから、ダルトン子爵家は立て続けに不運に見舞われるようになった。
おそらくこの時に、エヴァはダルトン家に何かとんでもない呪いを仕込んでいったのだろう。あいつは呪い魔術に適性があるし、そのぐらいできそうだ──そうでなきゃ、今までの不幸は説明がつかない! おそらく……いや、絶対そうに違いない!!
始まりは、数ヶ月前のことだった。
次女のミアが王宮魔術師団に合格し魔術師として箔がついたため、ダルトン子爵家の次期当主をエヴァではなくミアに変更したのだ。
ダルトン子爵家は、ドラゴニア王国建国当初から続く魔術師の名家だ。
そんな魔術師家系の当主には、もちろん腕の良い魔術師が選ばれる。
今まではエヴァが仮に次期当主に指名されていたが、ミアが王宮魔術師団に入団したとなれば、魔術師として実力が認められたようなものだ。ミアを次期当主に据えても、何ら問題はないはずだ。
だから、まずはエヴァを廃嫡して、ミアに家督を継がせることにした。
エヴァには、ロッドフォード伯爵家の三男でアラン君という婚約者がいた。私の父で先代ダルトン子爵家当主のジェイコブが決めてきた婚約だったが、かねてよりアラン君はうちのミアの方と懇意にしているようだった。
何度か婚約者の変更をロッドフォード伯爵家に打診してはいたが、その都度断られていた。しかし、次期当主がミアに変更になったと先方へ伝えると、やっと婚約者の変更を受け入れてもらえることになった。
エヴァは母親のソフィアによく似て昔から生意気だった。
父の私を差し置いて、火水風地の四大属性にさらに呪いという幅広い魔術適性を持ち、子供のクセに魔力量も私よりも多かった。
エヴァは嫡子ということもあったが、私の父から、私の次のダルトン子爵家当主に幼い頃から指名されていた。
次期当主である私を飛び越えての指名にいい気はしなかったが、当時は父がダルトン家で実権を握っていたため、反論することはできなかった。
状況が変わったのは、私の父が他界し、次いで母が亡くなり、そして妻のソフィアも亡くなってからだった──やっとダルトン家内に、私に歯向かう者が誰もいなくなったのだ!
私は早速、昔から恋仲だったシエンナを呼び寄せた。もちろん、彼女との愛の結晶である娘のミアも一緒にだ。
これまでシエンナたちを待たせてしまった詫びとして、私たちは結婚式を挙げ、豪華な新婚旅行に出かけた。
ちょうどソフィアがエヴァのデビュタント用に溜め込んでいた金があったから、挙式と旅行費用として活用してやった。
元々、デビュタントなんて金のかかる行事がくるまでにはエヴァを追い出す予定だったから、使い込んでも特段問題はなかった。
ミアはエヴァとは違って、昔から目に入れても痛くないほど可愛かった。
母親のシエンナによく似て、表情も仕草も格別に愛らしい。優秀すぎず、控えめで男をよく立てる、私の自慢の娘だ。
勝手に王宮魔術師団に入団したと報告してきた時にはどうしようかと悩んだが、話をよく聞けば、ミアがなれたのは下級魔術師だった。
私は王宮魔術師団退団前は中級魔術師になっていたから、まだ父親としての威厳は保てるなと、安心したのを覚えている。
エヴァがダルトン子爵家を出て行った後、長年わが家に仕えていた家令も辞めた。その後を引き継いだ若い執事が曲者だった──奴は勝手にダルトン子爵名義で金を借りて、持ち逃げしたのだ!
さらには、そんな執事をわが家に招き入れた妻のシエンナが、ヘリング伯爵家で騒動を起こしていた。
伯爵家から苦情を入れられ、私は生きた心地がしないままシエンナを馬車で迎えに行った。
伯爵の調査では、シエンナには何人も愛人がいて、その中には犯罪組織と繋がりがある者もいるという──私は、シエンナが他家に迷惑をかけているというだけではなく、犯罪者とも繋がりがあったということに驚愕した。
何かの犯罪にシエンナを通じて巻き込まれては困ると思い、さっさと縁を切ることにした。
金食い虫で、昔に比べて見た目の劣化が激しいシエンナだったから、手放してももう何の未練も残ってはいなかった。
彼女の実家であるジーゲルト男爵家にシエンナを押し付けると、少しでも金が取れれば儲け物だと思い、男爵家に責任を追求した。
シエンナが引き入れた使用人が金を持ち逃げしたことや、彼女が犯罪者との繋がりがあることなどを責めると、男爵も始めは驚いていたが、逆に私の監督責任を問い始めた──今では男爵家との間の争いは、どんどん拗れて収集がつかなくなっている。
シエンナのジーゲルト家での扱いはどんどん悪くなっているようだが、知ったこっちゃない! あの女がやらかしたのが悪いんだ!!
使用人が勝手に作った借金、伯爵への迷惑料と和解金、それから今まで全く支払われていなかったシエンナとミアの数々の買い物の代金などなど……とにかく早急に、私は頭を下げてでも金を工面する必要がでてきた。
どこからかダルトン家の状況が漏れ出たのか、銀行は貸し渋るようになり、今まで食わせてやってた商会も、それとなく避けられたり、足元を見られるようになった。
貴族たちもどこで噂を聞きつけたのか、蜘蛛の子を散らすようにサーッと離れていき、私は避けられるようになった。金を借りるために家を訪れても、煙に巻くように追い返されることが増えた。
金の借り入れを断られる度に「畜生! 今に見ていろ!!」と何度思ったことか──
シエンナが置いていったドレスや宝飾品なんかを売って、急ぎの返済や支払いはどうにか工面した。ミアにも泣かれたが、アラン君と一緒に説得して、どうにかドレスや宝石類をいくらか売らせてもらった──それでもまだまだ火の車だった。
若い執事が消えて、誰もダルトン家の仕事を回せる者がいなくなった。
ミアにも仕事をするよう何度か言ってはみたが、「それはお父様のお仕事でしょう?」「ミア、分かんな~い!」と取り付く島もなかった。
だが、私たちは幸運だった。ミアの婚約者のアラン君は優秀だ──彼は血相を変えて、ダルトン家の仕事を手伝ってくれるようになった。
家の仕事はアラン君に任せておけば大丈夫だ──だが、同時に問題も発生した。
ロッドフォード伯爵家が、わが家に干渉してくるようになったのだ。
多額の融資と引き換えに、ロッドフォード伯爵は、私の隠居とミアへの家督の譲り渡し、それからミアとアラン君の婚姻を早めることを仄めかしてきた──これにはさすがの私も、ダルトン子爵家の乗っ取りではないかとピンときた。
正直、金は欲しい!!
それも、今すぐにだ!!!
だが、こんなにも早くに家督を譲り渡す気は無い!
そんなことをしてしまえば、あとは萎びたつまらない隠居生活しか残ってないだろう?
贅沢もできなくなるしな!
大変な仕事はミアかアラン君に任せて、私は当主としての権利だけはしっかり握って、悠々自適な生活を送りたいんだ!!
私はロッドフォード伯爵と何度か話し合いの場を設けた。
ミアはまだ成人を迎えたばかりで、デビュタントにも出ていないこと
ミアが家督を継ぐと決まって日が浅く、まだ何も引き継ぎを行っていないこと
ミアは執務が苦手で物覚えがあまり得意ではなく、王宮魔術師団にも勤めているために引き継ぎに時間がかかりそうなこと
──などなど、私はいくつも「今すぐには家督を譲れない」理由をあげていった。
ロッドフォード伯爵は「そこらへんはうちのアランがフォローするから大丈夫ですよ」と言いくるめようとしてきたが、私は騙されなかった!
「それに、今ある借金は私の不徳が致すところ……これを碌に解消もせずに、未来ある若者たちに渡して負担をかけたくはない……せめて、ある程度目処がつくまでは、私にも責任を取らせていただきたい! ミアとアラン君にこんな状態の子爵家を引き継がせて、辛い目をさせたくないんです!」
私はソファを下りて土下座し、涙ながらに心にも無いことを力説した。
ロッドフォード伯爵は「貴殿がそこまでおっしゃるならば……」と少し猶予をくれた。
泣き落としは元妻のシエンナから教わったが、案外効くものだな……
ミアは最近、アラン君との仲が少し冷めてきているようだった。
アラン君をダルトン家の仕事で縛りつけるようになってから、以前よりも一緒に過ごす時間が減って、すれ違うようになったようだった。
最近はミアの口からラングフォード魔術伯爵の話をよく聞くようにもなった──やはり、親が親なら子も子なのだろうか──だが、ロッドフォード伯爵は早めにアラン君を婿入りさせたがっていたし、このままミアとアラン君の間は取りもたずに、できる限り婚姻は遅らせてもらおう。
まさか、こんなところでシエンナの浮気性な性格に感謝するとはな!
ここ数ヶ月は、ダルトン子爵家の状況はどんどん悪化していった。
とにかく、金だ! 圧倒的に金が回らん!!
それにいつの間にか、あんなに仲が良かった家族もバラバラになってしまった!
──だが、それもこれも、悪いのは全てエヴァが残していった呪いのせいだろう。
つまり、元凶であるエヴァの呪いの見つけてどうにかすればいいんだ!!
放り出してからはどこに行ったかは分からんが、ダルトン子爵家再興のため、地の果てまでもエヴァを見つけ出して、呪いを解いてやる!!!