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呪い魔術

 今日はセルゲイの研究を手伝う日だ。


 先日、合格祝いのパーティーでプレゼントしてもらったブレスレットの魔道具の動作確認も兼ねて、待ち合わせはセルゲイの研究室になった。


 ブレスレットは、繊細なシルバーの鎖に綺麗な青色の一粒魔石が付いたシンプルなものだ。何にでも合わせやすいし、身につけやすくて、とても気に入っている。


 左手首に付けたブレスレットを軽く握り、そっと魔力を流すと、次の瞬間にはセルゲイの研究室にある転移魔術陣の上に移動していた。


「わっ! 本当に転移できた……!」


 私は嬉しくなって思わず声を上げていた。


 転移魔術は上級魔術だ。使える魔術師は国内でもほんの一握りだけだし、もちろん私も使えない──魔術師にとって「いつか使えるようになりたい憧れの魔術」ナンバーワンだとよく言われている。


 魔道具のおかげで憧れの転移魔術で移動できることに、私は感動で胸がほくほくと熱くなった。


「おはよう、エヴァ」

「よっ! 早いな、エヴァ」


 先に研究室に来ていたセルゲイとシュウが挨拶をしてくれた。


「おはよう、セルゲイ、シュウ! それに、サイモンさん!?」


 私は、ごく自然に作業机のところの席にいたサイモンさんに、びっくりした。


 サイモンさんは「合格したんだってね。おめでとう」とパチパチパチと拍手をしてくれた。

 マイペースそうであまり感情の起伏がないためか、無機質で乾いた拍手音が研究室内に響く。


「ありがとうございます。無事に合格できました」


 私はいきなりの不思議なお祝いの雰囲気に少し面食らったけれど、とにかく微笑んでお礼を言った。


「セルゲイから聞いたけど、呪い返しができないんだって? 少し見てみようか?」

「是非、お願いします!」


 早速サイモンさんから提案され、私は力強く頷いた。


 面接試験も無事に合格できて、特殊魔術研究所に正式に入塔する時期も決まったため、呪い返しが使えないと本格的にマズい状況になってきていた──せっかく塔の魔術師になれたのに、呪い返しができなくて自衛できないなんて、格好が付かないわ!


「シュウ、彼女に何か呪いをかけてもらえる? 君はシュウの呪いを跳ね返してみて」

「お、いいぜ!」

「分かりました」


 サイモンさんの指示に、シュウと私は二つ返事で返した。


「よしっ! いくぜ!」


 シュウは私の手の甲までふわふわと飛んでくると、そっと私の肌に触れた。

 私の肌に、赤いポツポツとした水玉模様が広がる──シュウも呪い魔術の影響で、真っ黒な玉の下半分に赤い水玉模様が浮き出てきた。


 私はシュウが触れた場所に自分の手を重ねて魔力を流した。

 シュウが私の手の甲に付けた呪い魔術の痕跡は、暗くどんよりと重たい感じがしていた。私はその痕跡を感じること自体はできるのだけれど、自分の魔術で包み込もうとしてもなかなか上手くいかなかった。


 そうこうしているうちに、一分が経過して「赤い水玉模様ができてしまう呪い」は効果が切れてしまった。


「……はぁ、やっぱりできないわ……!」


 私はガックリと作業机に両手をついた。

 なぜか呪い魔術に限って魔力が上手く扱えなくなるのよね!


 サイモンさんは、じーっとそんな私たちの様子を観察していたけれど、おもむろに口を開いた。


「ねぇ、君。呪い魔術は怖いかい?」

「えっ?」


 予想外のことを訊かれて、私は思わずサイモンさんの方を振り向いた。

 サイモンさんはいたって真面目な表情をされてるし、本気で質問されてるみたいだった。


 呪い魔術が怖いかどうか──正直に言えば……


「少しだけ、怖いです……」


 私は意を決して、素直に答えてみた。

 シュウは呪いの精霊だし、サイモンさんも呪い魔術が得意で好きみたいだから、あまり否定するようなことは言いたくないのだけれど……


「そう、やっぱりね。君が呪い魔術を恐れている限り、呪い魔術は応えないよ」

「私が、呪い魔術を怖がっているから……?」

「そう。何か呪い魔術を恐れてしまうような嫌な思い出でもあるのかな?」

「あ……」


 サイモンさんに訊かれて、私はいろいろと思い出した──


 幼い頃、初めての魔力測定で、私に呪い魔術に適性があると分かって、あからさまに嫌そうにしかめられた父の顔。


 ロッドフォード家の庭を散歩中に、当時の婚約者のアラン様に「私には呪い魔術に適性があるみたいです」と伝えた時、さりげなく避けられるように広げられた距離。


 そうでなくとも父とアラン様からは、私は何度も「俺に呪いをかけてみろ、家から追い出してやる!」「呪い魔術が使えるなんて不吉だ」「呪い魔術が使えるとは外で言うなよ、恥ずかしい」など、呪い魔術関係でいろいろと暴言を吐かれてきた。


 お祖父様もお祖母様もソフィア母様も家庭教師でさえも、誰も呪い魔術に適性がなかったから、呪い魔術については概要だけを教えられて、詳しく教わることはなかった。


──だからこそ余計に、「呪い魔術は怖いもの」「呪いをかけると、自分も不幸になる、辛い目に遭う」と思い込んで、疎み恐れていた。


 忘れていたはずの記憶が蘇った瞬間、私の視界は雨に濡れたようにじんわりと滲んでいた。


「わわっ!? エヴァ、大丈夫か!?」


 真っ先に、シュウが私を心配して飛んで来てくれた。オロオロと私の方を覗き込んでは、ウロウロと私の周りを飛んでいる。


「……エヴァ」


 セルゲイが不器用にそっとハンカチを差し出してくれた。


「……うん、二人ともありがとう。ハンカチ、借りるわね」


 私はセルゲイからハンカチを受け取ると、そっと目元に押し当てた。清潔そうなリネンの香りがふわっと香った。


「……君が呪い魔術を使えるようになるためには、少し記憶や感情を整理する必要がありそうだね」

「そうみたいです……」


 サイモンさんに言われ、私はズビッと鼻をすすって小さく頷いた。


「今日の研究は休みにしよう。エヴァ、屋敷まで送ろう」

「……ごめんなさい」


 セルゲイに提案されて、私はなんだか自分が情けない気持ちになって謝った。


「いいって! セルゲイの研究なんていつでもできる!」


 シュウが元気づけようと、ぴょこんと私のそばで飛び跳ねて、明るくフォローしてくれた。


「シュウが言うな……」


 珍しくセルゲイがボソッとツッコミを入れていた。



 この日はセルゲイに送ってもらって、私はハートネット家にとんぼ返りすることになった。


 私が呪い魔術が使えない原因が分かったのは良かったけれど、解消するにはちょっと厄介そうで、思っていたよりも時間がかかりそうかも……




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