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ダルトン子爵家の現状(アラン・ロッドフォード視点)

 俺はアラン・ロッドフォード。

 最近の悩みは、婚約者ミアの家──ダルトン子爵家のことだ。


 俺は今日も自分が勤める王宮魔術師団ではなく、ダルトン子爵家のタウンハウスを訪れていた。

 ミアに代わって、俺がダルトン子爵家の仕事を引き受けているんだ。


 当主であるハリー・ダルトン子爵は、今までほとんど一切ダルトン家の仕事はしてこなかったらしい。だが、ダルトン家が破産しそうだと気づいてからは、急に血相を変えて資金繰りに奔走し始めた。


 離婚したシエンナ元夫人が残していった私物を売り、ゴタゴタと家中に置いてあった派手な装飾品や家具を売り払い、知り合いや伝手を回って金を貸してくれるよう頭を下げているらしい。


 俺も「月々の出費を減らすために、使用人の人数は最小限で構わないでしょう」と意見しておいた。もちろん、あの態度の悪いメイドは速攻で解雇されていた。


 正直言って、なぜまだ婿にも入っていない俺が子爵家を立て直さなければならないんだ! それも、俺の本来の職場の方を休んでまでもだ!! と少しでも気を抜けば、文句ばかりがすぐに頭の中をよぎっていく。


 あのバカ女──おっと、婚約者のミアの方も大概だ。

 これだけダルトン家がピンチだというのに、茶会だ何だと言って遊び歩いてる。


 最近はどうも、女好きの某魔術伯爵閣下のサロンに入り浸っているそうだ。同じくそのサロンによく出入りしている王宮魔術師団所属の令嬢魔術師たちが、ご丁寧に俺に教えてくれた。


──まぁ、親が親なら、子も子だってことだろう。


 俺がなぜ浮気性な婚約者を放置して、大人しくダルトン子爵家の手伝いをしているのかには、きちんとした理由がある。



──それは、ダルトン子爵家の執事が金を持ち逃げした日の夜のことだった。


 俺は家に帰るとすぐに、父のロッドフォード伯爵に、ダルトン子爵家であったことを全て報告した。


 一通り俺の話を聞いた後、父上はおもむろに口を開かれた。


『アラン、いいか? これはチャンスだ』

『チャンス……ですか?』

『そうだ。エヴァ嬢に比べ、ミア嬢の方は執務関係に随分疎いようだな?』


 俺は、父上に俺が認めたミアを貶されたことを、逆に俺が捨てたエヴァが認められているということを、不快に思った。それではまるで、俺に人を見る目が無かったとでも言っているようなものではないか!


『確かにミアは実務能力には乏しいでしょうが、それはこれから……』

『いや、むしろそんな能力を付けてもらっては困る』

『はぁ……?』


 父上のおっしゃっていることの意味が分からず、俺は気の抜けた返事を返した。


『ミア嬢には今のまま何も知らない状態でいてもらって、お前が裏からダルトン子爵家の実権を握るんだ』

『なっ、それは……!!』


 ダルトン子爵家の乗っ取りか!?

 父上に限ってそんな大それた事を……


『ダルトン子爵にもミア嬢にも気取られるなよ? それに、お前がこれから婿入りする家があんなボロボロの状態でいいと思っているのか?』

『それは……』


 俺が驚いていると、父上はさらに図星を突いてきた。


……俺は何も言い返せなかった。


 執事がダルトン子爵家の金を持ち逃げした後、俺はあの家の書類を全部ひっくり返して確かめた。

 エヴァが出て行ってからの数ヶ月間に至っては、何も記録さえされていなかった。

 それなのに新しい借金の証書が大量に出てきた──その分の金はどこにも無かった。執事がダルトン子爵名義で勝手に借り入れて、そのほとんどを持ち逃げしたようだった。


 それだけじゃなかった。


 領地からの要望書や陳述書、シエンナ夫人とミアのドレスやら宝飾品やらの未払金の督促、さらには借金の返済の督促状、果ては王国からのダルトン領の収支報告の催促などなど、何一つ処理されていなかった──俺は他家のことながら、めまいがして倒れるかと思った。


 それなのに! ミアもダルトン子爵でさえも、何一つ感知していなかったんだ!!


『いいか? 資金が持ち逃げされ、借金が嵩んでいたとしても、あの家は子爵家だ。今のうちに恩を売って、お前が実権を握るんだ。そうしないと、将来困るのは婿入りするお前の方だぞ!』


 父上の言葉に、俺はサァッと頭から血の気が引いていくのがありありと分かった。


 ダルトン家は羽振りが良かった。シエンナ夫人もミアもいつも綺麗なドレスや宝石で着飾っていたし、ダルトン子爵自身も王都では有名な趣味人だ。

 ここ数年はダルトン領の良い噂を聞くし、領地経営が随分うまくいってるんだなとしか思っていなかったが、実態は見栄を張った末の借金漬けだったんだ!


『いいか? ダルトン子爵家は、お前が婿入りする家だ。今のあの家の現状を考えてみろ! 今ここでお前が手を貸してでもどうにか立て直さなければ、そのうち共倒れになるぞ!』


 父上がキツく言い含めてきた。


 だが確かに、ここでダルトン子爵家を切り捨ててミアと婚約破棄したとして、エヴァの件でもすでに一度婚約解消してケチが付いているし、何度も婚約を結んで解消していては、俺はこれよりも良い縁談はなかなか望めないだろう。

 兄二人が健在である以上、俺に伯爵家の家督が回っくる可能性はかなり低いし、そうなるとここで諦めてしまえば平民になる道しか残っていない……


 帳簿の金額が合わない?

 むしろ何も記録されてない?

 金庫の中に金がない?


──そんなこと、うだうだと嘆いてる場合じゃない!!


『……分かりました。私にはあの家を立て直す道しか残ってないんですね……』


 俺が観念して答えると、父上は『そうだ』と深く何度も頷かれた。


『キツイことを言ったが、お前の将来のことを想って言ってやってるんだ。今が正念場だと思え』


 父上が、今まで見たことがないような哀しげな表情で言われた。



***



 父上と話し合って決めたこととはいえ、ミアに何も知らせなさ過ぎるのもどうかとは俺も思っている。


 最低限、自分が当主となるダルトン子爵家の経済状況くらいは、軽くでもいいから知っておいてもらいたいものだ──そうでなければ、あのバカ女のことだ。遊び歩いて買い物ばかりして、浪費しかしてこない!


 デビュタントのドレスについて相談された時は、本当にバカだなとしか思えなかった。


 資金的な余裕がなくて準備ができていない貴族家は、デビュタントを一年二年遅らせることもザラだ。まぁ、そうならないように、大抵は娘が生まれたら少しずつ資金を貯めて準備しておくものだ。


 時間も金もなくてドレスの用意ができないなら、来年以降に回せばいいものを!

 なぜそんな簡単な判断ができないんだ!?


 ミアがどうしても喚いて収まらなかったから、適当にその場では言いくるめた。


 親戚の男爵家に相談してドレスを融通してもらい、ミアのサイズを測って、ドレスを詰め直させた──ミア本人が「どうしても今年のデビュタントに出たい」と言ったんだ、このくらいは許してもらわないと。むしろ、期限に間に合わせただけでも優秀な方だろう?


 もちろん、舞踏会当日は婚約者として俺がミアをエスコートする──まぁ、俺が貴族としての身分を保つためにも、せいぜい踏み台になってもらおう。



 それにしても、なんで俺がこんなことに忙殺されなきゃいけないんだ!!

 それもこれも全て、こんなダルトン家を放り出して家を出て行ったエヴァが悪いんだ!!!


 その時、俺の体から一瞬だけ何か黒い(もや)がブワッと出てきたような気がした。

 書類仕事で目が疲れているだけかと、その時は思った。




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