合格通知(面接)
特殊魔術研究所の面接試験を受けてから一週間後──遂に、それはやってきた。
ハートネット家当主の執務室の応接スペースで、お義母様と私は向かい合ってソファに座った。間にあるローテーブルの上には、王宮から届いた合否通知の手紙が置いてある。
「遂に届いたわね」
「……はい!」
「エヴァ宛てなんだから、エヴァが開けなさい」
「……分かりました」
お義母様からペーパーナイフを渡され、私は手紙を手に取った。
深紅色の封蝋には火竜を模した王族の印が押されていて、余計に私の胸はドキドキと緊張で早鳴った。
丁寧に畳まれた上質な紙を、震える指先でそっと広げると──
「やったぁ!」
「よくやったわね、エヴァ!」
嬉しくって、私は思わずテーブル越しにお義母様と肩を抱き合った。
お義母様もあたたかく私を抱きとめてくださった。
手紙にはしっかりと「合格」の文字が、綺麗な文字で綴られていた。
しみじみと合格通知書を眺めていると、これまでの努力や苦労が頭の片隅をよぎって、急に胸がいっぱいになった。
フレデリカ様との魔術訓練はとっても楽しかった。
念願だった魔術の勉強を再開できたということもあるけれど、フレデリカ様の教え方は非常に実戦的で、毎回新しい発見があった。
呪い返しの練習は、毎回大変なことになった。呪いをかけられる私もそうだけど、呪い魔術の特性上、呪いをかけてくれるシュウまで微妙にひどい目に遭うから、練習場所になってるセルゲイの研究室は毎回阿鼻叫喚な状況になっていた。
──上手くいったことも上手くいかなかったこともあったけれど、どれもちゃんと今の私の経験や血肉になっている。それに何よりも、私が合格できるようにサポートしてくださったお義母様やハートネット家のみんな、フレデリカ様やセルゲイ、シュウのおかげでここまでこれたことに、感謝の気持ちしかなかった。
「はぁぁ……この一週間は生きた心地がしなかったです……」
ひとしきり喜んだ後は急に身体から力が抜けてしまって、私はペタンとソファに座り込んだ。
合格が分かって安心したからか、少し気が抜けてしまったのかも。
「そうねぇ、エヴァはここ最近はずっとぼーっとしてたものね」
お義母様が頬に手を添え、しみじみと頷かれた。
私が本調子でなかったことは、やっぱり気づかれていたみたい。
「そうだわ! フレデリカやセルゲイ君もお祝いの席に呼びましょうか?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんよ! 二人にも手伝ってもらったものね」
お義母様は、にっこりと頷いてくださった。
***
私の合格祝いのパーティーには、オルティス侯爵家を招待した。
残念ながらフレデリカ様の旦那様とご長男のジョシュア様は、オルティス家の領地にある魔術師団で団長と副団長をされていて、領地からあまり離れられないため欠席だ。
パーティーには、フレデリカ様とセルゲイ、そして特別ゲストにシュウが来てくれた。
ハートネット家に到着するとすぐに、シュウがくるりと私の周りを飛んで挨拶をしてくれた。
「よう、エヴァ! 合格おめでとう! それに今日は綺麗だな!」
「ふふっ、ありがとうシュウ。今日は来てくれて嬉しいわ」
今夜は私が主役ということもあり、お義母様が新たにドレスを用意してくださった。
綺麗な青色のドレスで、私の淡く紫がかった水色の髪は三つ編みのハーフアップにまとめて、ドレスと同色のリボンで留めてもらった。
「ほら、セルゲイ。先越されちゃったわよ。あなたも挨拶しなさい」
フレデリカ様が肘でセルゲイを小突いていた。
「エヴァ、合格おめでとう」
「ありがとう、セルゲイ。今日は来てくれてありがとう」
いつも通り淡々としたセルゲイに祝ってもらい、私はにっこりと返事を返した。
ただ、今日のセルゲイはきちんとしたジャケットを羽織り、髪型も整えていていつも以上にキリッとしていたからか、私は少しドキッと胸が鳴った。
「もう、セルゲイったら……エヴァちゃん、今日はとっても綺麗ね。よく似合ってるわ。それから、合格おめでとう! あなただったら、きっと合格できると信じてたわ。私の優秀な弟子ですもの!」
「フレデリカ様……ありがとうございます!」
フレデリカ様は今日はドレス姿だ。元が華やかで整った顔立ちだから、華麗でいつも以上に麗しい。
そんな素敵なフレデリカ様に褒められて、私は胸がキュンと鳴った。
私は三人を今夜のパーティー会場へと案内した。
「せめて『綺麗だ』の一言くらい、言いなさいよ」
「そうだぞ。女性を褒めるのはマナーだぞ。素直に褒めるべきだ!」
私の後ろでは、何やらこそこそとセルゲイがフレデリカ様とシュウからお小言を言われていたみたいだった。
今夜のパーティーは、ハートネット家自慢のバラの庭園で行われた。
内々だけの合格祝いなので規模は小さいけれど、みんな顔見知りだから却って気安くて落ち着く雰囲気だ。
自由で気軽な立食形式で、料理はハートネット家のシェフが腕によりをかけて準備してくれた。メインは、私の大好物の魔鴨のローストにしてくれたみたい。
精霊のシュウは、人間が食べるようなご飯は食べないみたい。魔力が食事代わりらしく、シュウのために魔石が用意されていた。
軽く乾杯した後は、私は早速フレデリカ様に話しかけられた。
「殿下との面接はどうだった?」
「すっっっごく緊張しました!」
「あらあら。あまり緊張しすぎるのは良くなかったんじゃないの?」
「殿下との面接自体は心構えができていたのですが、その、護衛の方が怖すぎて……」
私は苦笑いをした。
面接中は、護衛の方から視線だけで射殺されるんじゃないかとヒヤヒヤしたものだったわ。
「ライデッカーか?」
セルゲイが横から不意に確認してきた。
「え?」
「山吹色の髪をした大男だ」
「そう! その方よ!」
「あいつは見た目は恐ろしいが、所長に害をなさなければ、気のいい奴だ」
「そ、そうなのね……」
私、黒の塔に入ってから、そのライデッカーさんと仲良くできるかしら?
「そういえば、入塔時期は決まっているの?」
またフレデリカ様が質問をされた。
「実はまだ呪い返しができていないので、とりあえずデビュタントの後にしようかと考えてます。制服の準備もあるみたいですし」
先日、王宮の方で私は黒の塔の制服の採寸をして来た。その時に入塔時期の打ち合わせも一緒にして、デビュタント後ということで決まったのだ。
「そうねぇ。その方がキリがいいわね……それで、ドレスの方は大丈夫そうなの?」
フレデリカ様は軽く頷いた後、一歩私の方に身を寄せてこっそりと確認された。
「はい! バレット商会の方で仕立ててもらってます! 舞踏会前日までには届けてもらえるそうですよ」
「あら、良かったわね! あそこは人気すぎて断られることもあるのに」
「実は、占いの館でお世話になっていたマダムが、商会長様の伯母様らしくて」
フレデリカ様は「エヴァちゃんは運がいいわね」と相槌を打たれた。
その後も、今夜は私の合格祝いということもあり、代わる代わる私の元に誰かしらやって来て、お祝いの言葉をくださったり、一緒に楽しくおしゃべりをしたりした。
そろそろパーティーも終わりの時刻になり始めた頃、私の所にセルゲイがやって来た。
スッと、私の目の前に青いリボンで飾られた小さな箱が出された。
「エヴァ、合格祝いだ。おめでとう」
「えっ!? いいの? ありがとう!」
私がプレゼントを受け取ると、周りからパチパチとあたたかい拍手が起こった。
何かをプレゼントしてもらえるかとかは特に期待もしていなかったから、気遣って準備してもらえただけでもすごく嬉しかった。
セルゲイの許可をもらってプレゼント箱を開けると、そこには魔石が付いた小さなブレスレットが入っていた。繊細なチェーンに一粒魔石が付いたブレスレットで、さりげなくて何にでも合わせやすそうだった。魔石の色は、フレデリカ様やセルゲイの瞳と同じ深くて綺麗な青色だ。
私が綺麗なブレスレットにほれぼれと見惚れていると、セルゲイが説明をしてくれた。
「この魔石には転移の魔術陣が仕込んであって、魔力を流せば、黒の塔の俺の研究室に飛べるようになっている」
「いいの!? そんなにすごいものをもらってしまって!?」
こんな小さなブレスレットにそんな高機能が……!?
私が驚いていると、フレデリカ様が頭痛を堪えるように眉間を指先で揉まれていた。
お義母様もお義父様もフィン兄さんも、みんな目を丸くしている。
「……セルゲイ、あのねぇ……」
「む? 何か問題か?」
「そんな大発明、いつの間に作ってたのよ!? それを提出すれば、黒の塔の査定なんて一発で通るでしょ!?」
フレデリカ様がセルゲイにツカツカと早足で近寄って行くと、ビシッと指摘した。
「今までは家の離れからしか研究室に転移できなかったからな。どこからでも転移できるような物があればいいと思って作っていたんだ。それにこんなものを王宮に報告してみろ。本来の俺の研究ではなくて、この魔道具作りの方に時間を割かれそうだ」
「……まぁ、そうよね。あなたならそう答えるわよね……」
淡々と返してくる息子の言い分に、フレデリカ様はさらに頭を痛められたようだった。こめかみを抑えて、首を小さく横に振られていた。
「……本当に、そんな貴重なものを私がいただいてしまっていいの?」
王宮に報告すれば、研究成果として認められるレベルの大発明──ちょっと、あまりにも貴重な魔道具すぎて、私が持っていたら分不相応じゃないかと思えてきた。それに、この魔道具を使ったら、私はセルゲイの研究室に自由に出入りできてしまうのよね……? いいのかしら、それ?
「エヴァなら構わない。それに、今は自分の身を守る方が大切なのだろう? 転移魔術なら、いざという時すぐに逃げられる」
「そうだけど……」
セルゲイからは、「確かにそうなのだけれど」という回答があった。
「エヴァ。その魔石、色合い的にもしかしたらAランク魔物の魔石の欠片かも……」
フィン兄さんが、横からじっと魔石を覗き込んで、ぽつりと言った。
「Aッ!!?」
私は、自分の目玉が飛び出すんじゃないかと思えるほど驚いた。
Aランク魔物の魔石なんて、討伐自体が夢のまた夢みたいな話だからかなりの高額だっていうし、その欠片だとしても、いくらすると思ってるの!!?
私は説明を求めて、セルゲイの方に振り向いた。
「塔の他の魔術師が『クズ石だ』と言って捨てようとしていたから、貰っておいた」
セルゲイが然も当然といった風に、淡々と答えた。
Aランク魔物の魔石を、欠片とはいえ「クズ石」って……私がこれから就職するところって……私、別の意味で心臓が持つかしら……?
くらりとめまいがするような思いだった。
黒の塔の魔術師って、本当に規格外なのね……