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デビュタント準備(sideミア・ダルトン)

「ちょっと、なんでバレット商会はダメなんですの!?」

「注文するのが遅すぎだし、何よりあの商会は人気すぎて断られるだろう。……そもそも、なぜ今まで何も準備してこなかったんだ!?」

「……だって、そこらへんは全部お母様に任せてたんですもの。まさかお母様が何の準備もしていないまま実家に戻られるとは、思ってもいませんでしたわ!」


 私が頬を膨らませて言い訳すると、アラン様は片手で顔を覆われて項垂れた。


 今年、私ミア・ダルトンは十六歳になって、成人を迎えたわ。王宮からデビュタントの舞踏会の招待状が、先日ダルトン子爵家にも届いたのよ。


 ただ、お父様とお母様にデビュタント用のドレスについて確認したら、「全く準備してなかった。エヴァに全部任せてた」と言われてしまったのよ。


 もうっ! これじゃあ、せっかく招待されても参加できないじゃない!!


 私はアラン様ならどうにかしてくださると思って、王宮魔術師団が入っている建物の中庭で捕まえて相談を持ちかけた。


「……まぁ、あの商会は品質も良いが、値段も高い。今のダルトン家では、そもそも無理だろうな」


 アラン様がしみじみと言われた。


「えっ? アラン様の方からプレゼントしてくださるのではないの?」

「こういったものは本来婚約者ではなくて、家族が用意するものだろう? そもそも君と婚約者になれたのもつい最近のことだ。さすがのわが家でも準備はしてないよ」


 アラン様が肩をすくめて、首を横に振った。


 えーっ、そんなぁ……

 これじゃあ、デビュタントに間に合わないじゃない!


 それに、ドレスの準備ができてないなら、気になってた商会にお願いしようと思ってたのに!


「はぁ……商会長が若くてとってもカッコいいって噂をお茶会で聞いてたのにぃ! 残念だわ……」

「はぁ?」


 私が呟くと、アラン様が不機嫌そうな低い声で訊き返してきた。


「? どうしたの、アラン様?」

「……バレット商会で買いたいって言ってたのは、そいつに会うためなのか?」

「えっ……? 商会長がカッコいい人だっていうから、ただ単に見てみたいだけよ?」


 アラン様がじっとりと疑わしげな目で私を見下ろしてきた……あ、これってもしかして!


「心配させちゃったらごめんなさい! でも、私にとってはアラン様が一番だから!」


 私は両手の指先を顎下で合わせると、申し訳なさそうに眉を下げてアラン様を見上げた──アラン様は一瞬「うっ……」と怯まれた。


 これはお母様直伝の技よ。これで大抵のことはうやむやになって許してもらえるんだから!


 しばらく私がアラン様を捨てられた子犬のように悲しげに見つめていると、アラン様は「はぁ……」と溜め息を吐かれた。


「……それで、ドレスはどうするんだ?」


 アラン様は腕を組まれると、人差し指でトントンとご自身の腕を叩かれた。


「アラン様のお家の方でどこか伝手はありませんか? お父様に聞いたら、なぜかダルトン家ではどこに声をかけてもダメだったみたいで……」


 私はしおらしく俯いてみせた。


 アラン様は上を向いてしばらく考え込まれた後、不意に私の方に向き直られた。


「確か、数年前に親戚にデビュタントを出した家があったはずだ。そこにその時に使ったドレスを融通してもらえないか確認しようか?」


「え゛……!?」


 私は、アラン様から今さっき言われたことが信じられなさすぎて、一瞬、何を言われたのか分からなくなってしまった。


「わ、私に誰かのお古のドレスを着ろとでも言いますの!?」

「招待状も届いているし、その舞踏会には出たいのだろう? こんな直前から準備を始めて間に合わせたいのなら、もうそれしかないだろう?」

「でもでも、いくらか急ぎの料金を積めばドレスなんて……!」


 私がそこまで言うと、アラン様は急に恐い顔になられて、私の腕を強く引っ張られた。

 訓練している他の魔術師たちから離れるように、私は中庭の端の方まで連れて行かれた。


「そんな金、ダルトン家のどこにあるっていうんだ!?」


 アラン様は私の両肩を掴むと、少し乱暴に揺さぶった。

 こんなアラン様は今まで見たことがなくて、私は恐ろしく感じてしまった。


「え、そんなの……」

「君は次期当主だろう!? 今のダルトン家の状況はちゃんと分かってるんだろうな!?」

「痛い! 放してっ! そんな難しいこと、知りませんわ!」


 私はアラン様の腕を振り払った。自分を守るように身を縮こめる。


 アラン様は一瞬ビクッとされたけど、投げやりに「チッ」と舌打ちをして話を続けられた。


「……じゃあ、どうするんだ? 今年のデビュタントは諦めて、来年以降に回すか? そうすれば資金も新しいドレスの準備もまだ間に合うだろう?」

「それも嫌ですわ!」


 そんなの絶対にイヤよ!

 同い年の子たちはみんな次のデビュタントに参加するって言ってるのに、私だけ欠席なんてダサいことはできませんわ!

 それにもしもそんなことをしたら、彼女たちに陰で何を言われるか分かったものじゃないわ!!


「…………あのなぁ、時間的にもダルトン家の状況的にも、今年新しいドレスを作って参加するのは無理なんだ! 今年参加したいなら、ドレスのことは多少諦めろ! どうしても新しいドレスで参加したいっていうなら、資金も準備もきちんとして来年以降だ!!」


 アラン様は声を荒げてそんなことを言われた。


「そんなぁ……アラン様はいじわるですわ……」


 私は下を向いて、少し目を潤ませた。

 アラン様は女心が全っ然分かってませんわ!


「は?」


 アラン様が地を這うような低い声で聞き返された。


「そこをどうにかしてくださるのが婚約者じゃなくて? 私、こ~んなに困ってるんですのよ!?」


 私は顎先で両拳を握ると、がばりとアラン様を見上げた。涙で滲んだ瞳で、真っ直ぐにアラン様を見つめる。


 アラン様は表情を歪めて、何か言いたそうにもにょりと口元を動かされたけど、「……分かった」と一言、言ってくださった。


……言質が取れれば、こっちのものよ! これもお母様直伝の技だけど、アラン様には効いたみたい!


「それで、今年のデビュタントに出るってことでいいんだな?」

「そうですわ!」

「……ドレスはこちらでどうにかしよう……」

「アラン様、ありがとう! 大好き!!」


 私は嬉しくなって、アラン様の腕に抱きついた。


 すぐにアラン様に腕を振り解かれてしまったけど、訓練してた人たちが私たちの方をずっとチラチラ見ていたから、きっと照れていらっしゃるのね!



 私はこの日はとっても嬉しくって、天にも昇るような気持ちで訓練はせずにそのまま家に帰ったわ──まさか、デビュタント当日にドレスのことでアラン様と大喧嘩するなんて、この時の私は微塵も考えついていなかった……




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