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デビュタント準備(sideエヴァ・ハートネット)

 今日はドレスの採寸の日だ。

 デビュタントまでにあまり時間はないけれど、一商会だけドレスの発注を受け付けてくれたところがあったみたい。


 ハートネット家には特急料金がかかるだろうし、負担をかけてしまって申し訳なくも思ったけれど、すっかり諦めていたデビュタントにきちんと出席させてもらえるのは、正直とても嬉しかった。



 お針子さんたちを引き連れてハートネット家を訪れたのは、絶世の美貌の商人だった。


 艶やかな濡羽色の黒髪は襟足が少し長く、通った鼻筋と薄い唇をしていて、まるで王立美術館に展示されている彫刻のように綺麗に整った顔立ちの男性だった。

 色鮮やかな黄金色の瞳の中には、キラキラと細やかな星のような輝きが見えて、とても印象的だ。


「ご挨拶が遅れました、バレット商会の商会長を務めておりますニール・バレットと申します」


 商会長様が丁寧に挨拶をした。見た目だけでなく、お声も艶っぽくて麗しい。


……って、うそっ!? バレット商会は人気すぎて、なかなか予約が取れないと聞いていたのに!?


 私が驚いていると、後ろの方から同席したメイドたちの「はぁ……」という甘い溜め息が漏れ聞こえてきた。


「注文を受けてくれて良かったわ。あまりにも直前でのことだったから、断られてばかりで困っていたのよ」


 お義母様がホッとした様子でおっしゃった。


「ええ、伯母が大変お世話になっておりますので、弊商会としても何かしらご協力させていただきたいと考えておりました」


 商会長様はニコッと爽やかな笑顔で返した。


 え……? 商会長様の伯母様……?

 誰かしらと私が首を傾げていると、「マダム・アンタレスですよ」と微笑まれた。


 まさか!

 でも確かに、滲み出てるとんでもない色香はマダムそっくり!


「まずは、ドレスのタイプを決めてしまいましょうか」


 商会長様がコツンと革靴の先で床を軽く叩くと、彼の影が広がり、そこからズブズブと何着ものトルソーに着せられた純白のドレスが、浮き上がるように出てきた。


 すごい! 影魔術でこんなことができるのね! 初めて見たわ!


「制作期間的に、凝ったものを新たにお作りするのは、少々お時間が足りないかと思われます。ですが、今回お持ちしたこちらのようなタイプですと、舞踏会までに間に合わせられるかと存じます」


 純白のドレスはどれも素敵で、でも確かに華美すぎる装飾が付いているものは一つも無かった。


 私は早速、一つのドレスに目が釘付けになった──あまりにもシンプルすぎるドレスだけれど、大丈夫かしら……?


「こちら、ご試着なさいますか?」


 私の視線に気づいたのか、商会長様が白い手袋をした手で、私が気になっていたドレスを指し示した。


「……ええ、是非……」


 私は小さく頷いた。


「こちらのドレスをお召しになった際には、是非、こちらもお試しください」


 商会長様がまるで手品のように、パッとどこからか小さな革張りのケースを取り出した。

 応接室のテーブルの上でケースの蓋を開いて、こちらに見せてくれた。


「まぁ!」

「わぁ、綺麗……」


 お義母様と私は、思わず息を飲んだ。


 ケースの中には、ふかふかのビロードのクッションに載せられたイヤリングとペンダントが置かれていた。


 イヤリングは、耳たぶ部分に純白のパールがあしらわれていて、その下にはさりげなく揺れるように雫型のタンザナイトが付いていた。

 レースのように繊細に編まれたネックレスチェーンのトップには、イヤリングよりも一回りも二回りも大きな雫型のタンザナイトが、瑞々しく煌めいていた。


「マダム・アンタレスより、お嬢様にはこちらが似合いそうだと助言をいただきました」


 商会長様が丁寧に説明してれた。


「そうねぇ、まずは試着してみましょうか?」

「はい!」


 お義母様に促され、私も大きく頷いた。


 こんな風にドレスや装飾品を選ぶのは、ソフィア母様が亡くなられてからは一度も無かった。なんだか胸がすごくドキドキしていた。



***



「とても綺麗よ、エヴァ。ソフィアにも見せたかったわ……」


 私が着替え終わると、早くもお義母様が涙ぐまれていた。ハンカチを取り出して、目元に当てられている。


「ふふっ。大袈裟ですわ、お義母様」


 私は少し気恥ずかしくて、ちょっとこそばゆく感じた。でも、ドレスもジュエリーも素敵すぎて、試着できるだけでも本当にお姫様になれたかのような素敵な気分になった。


 純白のドレスは本当にシンプルで、肩紐がなくて胸元がスッキリしたストレートビスチェタイプだ。胸元の切り返し部分に素材感の違うシルクの布を使われていて、デザインが寂しくなりすぎないようになっている。

 背中部分はリボンの編み上げになっていて、多少のサイズ調整なら効きそうな感じだ。

 スカート部分もタイトすぎず広がりすぎず、デビュタントでワルツを踊る時にも邪魔にならなそうでちょうどいい感じだった。


 マダムおすすめのジュエリーは、まるで私のためにあつらえられたのかと勘違いしそうなほど、しっくりと合っていた。

 タンザナイトのすみれ色がかったクリアなブルー色は、私のすみれ色がかった淡い水色の髪にもよく合っていて、私をくっきりと引き立ててくれていた。


 髪の毛はメイドに簡単にアップスタイルにしてもらっただけだけれど、もうこのまま舞踏会に出てしまっても問題ないくらい、ドレスもジュエリーもバシッと私にハマっていた。


「失礼します……おぉ! 非常にお似合いですよ。お嬢様の清楚で凛とした雰囲気にピッタリですね」


 私が着替えている間は席を外していた商会長様は、戻るなりすぐに褒めてくれた。

 黄金色の瞳も、驚いたように丸く見開いている。


「デビュタントといえば、こちらですね」


 商会長様が、純白の長手袋をうやうやしく手渡してくれた。


 早速はめてみると、キツ過ぎず大き過ぎずでちょうどいいサイズだった。

 肘上丈のオペラグローブを両腕にはめてみると、鏡の中の私はまるで別人のような仕上がりになっていた。


「お嬢様は黒の塔を受験されていると伺いました。こちらも是非、グローブの上からお召しください」


 次に渡されたのは、艶やかに黒く染め上げられたシルクのリボンだ。手首をぐるりと一周して、パチンッとボタンで留められるようになっている。ブレスレットのような細さで、ジュエリーと雰囲気が似た繊細なデザインになっている。


 黒の塔は社交の際にはどこかに黒色を入れるのがルールだから、もし面接試験も合格したら、これを身に付けてデビュタントに参加することになる──私はそうなれたら嬉しいと感じていた未来のことを想像して、思わずキュンと胸がときめいた。


「どれもエヴァにぴったりね! これでお願いできるかしら?」

「誠にありがとうございます。こちらでご準備させていただきます」


 お義母様が溜め息混じりに頷くと、商会長様がうやうやしく頭を下げた。


 最後にお針子さんたちが私の正確なサイズを採寸して、その日のドレス選びは終了した。



 てっきりドレス選びなんて「あーでもない、こーでもない」と迷ってしまって、もっと時間がかかるかと思っていたけれど、思いの外あっさりと決まって良かったわ。


 バレット商会の対応や心遣いもきめ細やかで良かったし、心からお気に入りのドレスが見つかって嬉しかった。マダムからのまさかのサプライズもあって、まるで夢のような時間だったわ……


 まだこれからドレスを仕立て上げてもらうという段階なのに、私はデビュタントの日が早くこないかと待ち遠しく思った。




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