合格通知(実技)
「「「エヴァ、おめでとう!」」」
「お義父様、お義母様、フィン兄さん、ありがとう!!」
家族の夕食の席で、私は盛大にお祝いしてもらった──もちろん、私の実技試験合格のお祝いだ。
私は実技試験で、今までの特訓の成果をぶつけるように思いっきり魔術を放った。
試験ではなぜか動く的に魔術を当てることになった。普段は動かない的に当てるものらしいけれど、私はフレデリカ様の弟子だから特別だって──そんな特別はいらないんですけどね!
でも特訓の甲斐あってか、ほとんどの的に魔術を当てることができた。
私が放った魔術は全て基礎魔術だったのだけれど、魔力を練る速度や魔術を放つ瞬発力、そして放った魔術の威力や連発した時の安定性など、さまざまなことを評価してもらえた。
ブレイザー魔術師団長からは「さすがフレデリカ様のお弟子さんですね。非常に実践的に仕上がってますね」と、アルブレヒト副団長からは「四大魔術の切り替えも、スムーズで素晴らしい」とお褒めいただき、その場で実技試験の合格を申し渡された。
……やっぱりというか、「確認」という名の「王宮魔術師団への勧誘」をしつこく……いや、かな〜りしっかり受けたけれど、そこは「私は特殊魔術研究所を希望します」とキッパリ笑顔でお断りをしておいた。
「今日のエヴァは凄かったよ! 動く的にバンバン魔術を当てていってね、本当に格好良かったんだ!」
フィン兄さんが興奮気味に私のことを褒めてくれた。
フィン兄さんは試験中はずっと、二階の廊下の最前列で私のことを見守っていてくれたのだ。
「フィン兄さんったら、そんなことないわよ……」
私は嬉しかったけれど、なんだか照れ臭くて謙遜した。
「僕の同僚や先輩も褒めていたよ! あんな凄い子が新人として入ってきたら、自分たちの立場が危ないよなって!」
フィン兄さんがさらに捲し立てあげる。
「ふふっ。でも、そんなに評価してもらえたなら嬉しいわ」
私はフィン兄さんの勢いに根負けして、相槌を打った。
「フレデリカにはもう報告はしたの?」
「はい! 試験後すぐに連絡しました!」
お義母様から訊かれて、私は大きく頷いた。
フレデリカ様には、試験後すぐにクロに頼んで合格した旨の手紙を運んでもらっている。
また後ほど直接お会いして、改めて報告とお礼もするつもりだ。
あとは、非常にお世話になったマダム・アンタレスにも連絡している。
マダムからは早速、簡単なお祝いの手紙もいただいた。
「そういえば、エヴァは今年で十六歳になるのだったかな? デビュタントも考えないとだな」
不意に、お義父様が口ずさんだ。
そうだった!
ここ数ヶ月は婚約解消に始まり、ダルトン家からの追放、それからハートネット家の養子になり、魔術の勉強を再開したり、特殊魔術研究所の入塔試験を受験したりと、あまりにも目まぐるしく変化が起こりすぎて、すっかり忘れてたわ!
ドラゴニア王国では、十六歳からが成人だ。
十六歳になった貴族の未婚の子女が、正式に社交界にデビューするのがデビュタントだ。デビューする女性自身を指したりもする。
「まぁ! 大変だわ! 今からドレスを注文して間に合うかしら?」
お義母様が頬に手を添えて、不安そうに話された。
普通の貴族家であれば、たいていはデビュタントの数年前からもう準備を進めているものだ。
でも、私は急遽ハートネット家の養子になったのだ──間に合わなくても仕方がないと思う。
ダルトン子爵家?
もちろん、そんな余裕は無かったわ。自転車操業でどうにか回してた家なのよ?
デビュタントなんて、はじめから間に合わせでどうにか誤魔化すつもりだったわ。
そもそも、あんな状況でまともに社交界デビューできるとも思っていなかったし。
「えっと、それなら無理せず来年以降にしていただければ……」
私は申し訳なくて、そう口にした。
私がハートネット家に転がり込んで来たから、この家にとって余計な負担になってしまっていることがとても心苦しかった。
「いえ、今年にしましょう。ハリー・ダルトンに見せつけてやるのよ。ロッドフォード家にもね」
お義母様がキリッとした表情で宣言された。
確かに、義妹のミアも私と同じ歳だから、彼らが次のデビュタントに出て来る可能性は高い。ミアの婚約者はアラン様だから、エスコート役としておそらく彼も出席するとは思う。
でも、何もそんな争うように参加しなくても……
「そ、それに招待状は……」
私はそもそものことを確認した。
いくら私が参加したいと言っても、王宮から招待状が届かなければ参加することは不可能だ。
「オホホッ。ハートネット家を何だと思っているの? 歴代国王陛下や妃殿下方の教育係を務めてきたのよ。もちろん、今の王子殿下や王女殿下もね。……王宮からの招待状の一枚や二枚を融通していただくことなんて、造作もないわ」
お義母様が得意げに高笑いをされた。
職権濫用というか、正しくコネを活用されている……
「エヴァ、私たちに甘えてくれていいんだよ。今まではあの家で一人で何でもやってきて、大変だっただろう? でも今は君には私たちがついているんだよ。私たちに、せっかくできた義娘のために何かさせてもらえないかな?」
「お義父様……」
お義父様の温かい言葉に、私はハッとなった。
私はダルトン家で、一人で戦ってきた。
父は頼りにならないどころか、家が傾く元凶だった。義母のシエンナや義妹のミアもそう。
元婚約者のアラン様も、ダルトン家の経済状況を知られてしまえば、婚約破棄の原因になるだろうし、そこからさらに新たに婿にきてくれる人を探すのは難しいと考えていたから、一切頼らなかった。
使用人もどんどん辞めさせられて、入れ替わるように義母シエンナの息がかかった人材しかあの家には集まらなくなった。
──とにかく「ダルトン子爵家を存続させること」だけが当時の私の心の拠りどころだった。
大好きだった祖父に残してもらった「ダルトン子爵家」を、私がきちんと引き継いで、次代に繋げること。それまでに家の状態を立て直すこと──私はそんなことばかりを考えていた。
結局、途中で私の方が放り出されてしまったけれど……
放り出されて、私は母の実家のハートネット家に拾われた。
あの家の人たちとは違って、ハートネット家のみんなは私をあたたかく迎え入れてくれた。
──確かに、私はもう一人で戦わなくていいのかもしれない。
「……それなら、お言葉に甘えてお願いします。でも、どうしてもドレスの手配が難しそうなら、無理せず来年にしましょう?」
私は胸のあたりがほこほこと温かくなるのを感じながら、自分の気持ちを伝えた。
お義父様もお義母様もにっこり微笑んで頷いてくださった。