受験申込
今日は大事なお話があるということで、フレデリカ様がハートネット家にいらっしゃる日だ。
午後の昼下がりになると、フレデリカ様がセルゲイを連れてやって来た。
フレデリカ様は、本日もキリッとした男装のパンツ姿だった。女性としてはスラリと高めの身長のせいか、非常に眩しく様になっている。
セルゲイはこの後黒の塔に寄る予定があるのか、軍服風の制服を着ていた。フレデリカ様に似て背が高く、顔立ちも整っているから、凛々しい感じがしてとてもよく似合っている。
二人が立ち並ぶと、なんだか眩しくて目の毒だ。
私はお義母様と一緒に、二人を客室まで案内した。
メイドに紅茶を淹れさせ、軽くつまめるクッキーも出してもらう。
「エヴァも魔術の腕前が安定してきたし、そろそろ入塔試験に申し込みをしようかと思ってね」
紅茶に口をつけた後、早速、フレデリカ様が話された。
ドラゴニア王立特殊魔術研究所──通称「黒の塔」の魔術師になるためには、二つ方法がある。
一つ目は、推薦だ。
魔術伯爵三人分の推薦状を提出することで、一次試験である実技が免除になる。
ただ、ドラゴニア王国内に魔術伯爵は少ない。しかも、彼らの大半はかなり癖のある、いや、かなり個性的な性格の方々が多く、たとえコネがあったとしても、余程気に入られなければ推薦状はもらえない。
唯一の例外はラングフォード魔術伯爵らしく、「女性で魔術が使えれば、誰にでも推薦状を書いていただける」らしい──ただし、その後、周りから色眼鏡で見られることは必須だから、フレデリカ様もお義母様も、セルゲイでさえも「彼には頼らない方がいい」と首を横に振った。
ちなみに、フレデリカ様は王宮魔術師団の元団長だけれど、魔術伯爵ではないから推薦状はいただけないし、セルゲイは魔術伯爵だけど「自分の実力で入ってこい」とあっさり断られた。
とにかく、一つ目の方法では私は入塔試験を受験することはできない。
二つ目は、一次試験である実技試験と、二次試験である特殊魔術研究所の所長面接を受けて、そのどちらにも合格することだ。
実技試験については、王宮魔術師団の入団試験と同じものを受けるらしい。
フレデリカ様曰く、黒の塔を目指す人自体が少なく、塔の魔術師も研究にかかりきりで試験監督できる者が少ないため、実技試験は王宮魔術師団に委託しているらしい。
その分、実技試験で優秀な成績を残した人を王宮魔術師団にスカウトすることもできるみたい。
もちろん、黒の塔か王宮魔術師団のどちらを選ぶかの決定権は受験者にあるから、最終確認みたいな感じで無理強いはされないみたいだけど……
そして、どちらの方法にも共通しているのは、所長面接だ。
特殊魔術研究所の所長も務める第三王子殿下が面接官という、非常に緊張する試験内容になっている。
「はい! 是非お願いします!」
私は二つ返事で受験の申し込みに賛成した。
ここ数ヶ月はしっかりフレデリカ様の訓練を受けてきたから、私も「そろそろ……」と思い始めていた頃だった。
それに、フレデリカ様からこんなお話をいただけたということは、フレデリカ様の見立てでは私は「一次試験を突破できそう」ということだ──慌てず焦らず、いつも通りに魔術を披露すれば、きっと試験に合格できるはずだ。
その時、ひらりと不自然にテーブルの上にタロットカードが舞い降りてきた。
テーブルの上に落ちたそれをめくってみると、なんと『戦車』のカードだった。
黄金の鎧をまとった騎士が、不思議な動物たちが引く戦車に乗り、堂々とこちらに向かって行進している姿が描かれている。
黄金の道を真っ直ぐこちらに向かって来る姿は、まるでタロットカードからも「このまま自信を持って進みなさい」と背中を押してもらえたようで、すごく心強く感じた。
「まぁ!」
「これはどういった意味なの?」
「……」
お義母様とフレデリカ様が目を丸くされた。
セルゲイも不意を突かれて、驚いているみたい。じっとカードに視線を落としている。
「これは『戦車』のカードです。意味は、『迷わずに進みなさい』ということです。戦車の赤い車輪は意志力や行動力をもって力強く進むこと、瞑想している騎士は大きな目標に向かって意識を集中させることを表しています。黄金の道を進んでいるということは、今までの努力が実り、道が開けていくことを表してます」
私はカードの意味を説明した。
お義母様とフレデリカ様も「良かったわね」「カードも応援してくれてるのね」と微笑ましそうに喜んでくれた。
セルゲイだけは「これはどういった原理だ……?」と一人だけ眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「そういえば、エヴァは呪い返しの方はどうなんだ? できそうか?」
「ゔっ……」
ひとしきり考え込んだ後、セルゲイが鋭くつっこんできた。
不意打ちな質問に、私は思わず言葉が詰まる。
あれから何度かセルゲイとシュウにお願いして呪い返しの練習をしているのだけど、いまだに一度もできたことはなかった。
私もシュウも、その都度いろいろなところが痒くなったり、赤くなったり、変な匂いがしたりと、軽い内容のものばかりではあるけれど呪いを受けてきた。
「その様子だとまだ難しそうだな……サイモンにでも訊いてみるか……」
セルゲイが考え込むように視線を下げた。
「サイモンさんは、呪い魔術が得意なの?」
「おそらく呪いの魔術師としてはこの国一番だな」
私が尋ねると、セルゲイはあっさりと答えた。
そうだったんだ!
だから私が「呪い魔術が怖い」って言った時、サイモンさんはどこか寂しそうだったのかしら?
「エヴァはバール魔術伯爵に会ったの?」
「はい! この前、セルゲイの研究室にいらしてたのでご挨拶しました!」
フレデリカ様に訊かれ、私はその通りだと頷いた。
「彼の専門は呪い魔術だというし、専門家に聞けるなら、その方が早いかもね」
フレデリカ様にも、サイモンさんに相談することを勧められた。
「それでも呪い返しができないなら、呪い返しの護符を持って出勤することになるな」
「それは……!」
セルゲイの言葉に、私は衝撃を受けた。
確かに、せっかく黒の塔の魔術師になれたとしても、それだけはちょっと格好がつかないかも!
「うっ、そうならないよう努力します……」
私はちょっぴり情けない気持ちになったけれど、どうにかこれだけは宣言した。
「黒の塔で呪い返しのできない魔術師は前代未聞だろうな」
「えぇっ!? そこまで!?」
セルゲイにしみじみと言われ、私はさらにショックを受けた。
これは本当に本腰入れて頑張らないと、試験に合格できても、働き始めてからが大変かも……!
「そういえば、セルゲイは二次試験の面接では何を訊かれたの?」
「何だったかな……三年前のことだしな……」
セルゲイが珍しく首を捻った。
確か、三年前も第三王子殿下が黒の塔の所長を務められていたはず。
今はとにかく、私は何でも良いから試験の情報が欲しかった。
「確か、黒の塔を目指した理由は訊かれたな。他は何だったか……雑談で終わったような……」
セルゲイは思い出そうと顎先に指を添え、絞り出すように答えてくれた。
志望理由はともかく、王族との雑談!!?
緊張以外の何ものでもないのだけれど!!
頭を抱えて悩む私に、セルゲイは「まぁ、所長は理不尽な方ではない。頑張れ」と随分投げやりなアドバイスをくれた。
なんとも頼りない試験情報に、私は却って二次試験への不安が爆増したのだった。