呪い返し2
「まず、呪い返しには二パターンあるんだ」
セルゲイは、さっきまでサイモンさんが座っていた席に腰かけると、早速説明を始めた。
長い指を二本、私の目の前で立てている。
「一つ目は、呪いをかけてきた相手に直接呪いを返すパターンだ。ただ、呪いを返すには、かけられた呪いよりもさらに強い想いや魔力量が必要なんだ」
私はセルゲイの説明に相槌を打って、続きを促した。
「二つ目は、呪いをかけてきた相手ではなく、あらかじめマーキングしておいた別の物や人物に返すパターンだ。どちらかというと、目印に向けて『呪いを自分から逸らす』と言った方が正確だな。この場合は、かけられた呪いを上手く逸らせられるなら、一つ目の方法より魔力量や想いは不要だ」
「あの、質問です!」
セルゲイの説明が一区切りしたところで、私は軽く挙手した。
「何だ?」
「呪い魔術には『想い』が必要なんですか?」
セルゲイに訊かれ、私は気になったことを質問した。
他の魔術の練習では、まず「想い」が必要みたいなことは聞いたことがなかった。
「おう! 『想い』は呪い魔術にとって大事なキーだぜ!」
シュウが、ふわっと宙に浮かび上がった。くるりと私の周りを一周する。
「呪いは元々、人間の心から生まれるんだ。怒り、悲しみ、苦しみ、嫉妬など特に負の感情から生まれる。その負の感情や想いが強ければ強いほど、さほど魔力量を込めていなくても強い呪い魔術を放つことができる」
シュウの言葉を引き継いで、セルゲイが分かりやすく説明してくれた。
「ということは、込められる『想い』も『魔力量』も多くなれば……?」
「その分、かなり強力な呪いとなるな」
私が推察を口にすると、セルゲイは強く頷いてくれた。
「例えばだが、『黒の本』を思い出して欲しい。あれは製作者の強力な『想い』というか、むしろ『執念』とも呼べるほどに強烈なものが込められている」
セルゲイが、視線を壁に据え付けてある本棚の方に向けた。そこには黒の本が封じられている箱が置かれていた。
黒の本は、オルティス侯爵家の地下室に封印されていた強力な呪いの品だ。「羨ましい」「扱き下ろしたい」「不幸になればいいのに」といった、製作者の強烈な嫉妬心が込められている。
「あれはさらに特殊だぞ! 黒の本に関わって、呪われたり被害に遭った人間の強烈な『想い』や『無念』が積み重なって、さらに呪いの威力を強めてるんだ!」
シュウが明るい口調で補足してくれた。
黒の本は、彼にとって生みの親であり実家でもあるから、話題に触れられると嬉しいのかも。
でも私はシュウの言葉に、思わずゾッと腕に鳥肌が立つのが感じられた──つまり、黒の本は、さらに「負の想い」が積み重なって、追加で魔力を込めていなくても、作られた当初よりも呪いが強まってるってことよね……?
私が戦々恐々としていると、セルゲイが口を開いた。
「まぁ、まずは何よりも実践だな」
「特別に俺が呪いをかけてやるぜ!」
シュウも意気揚々と宙に舞い上がった。
「えっ、でも呪いってことはシュウにも危害が及ぶんじゃない?」
呪いの精霊がかける呪いだなんて本格的すぎて怖いし、何よりシュウにそんな負担をかけさせるのもとても心苦しい。
「大丈夫だ! 『一分間、頭が痒くなって掻きむしりたくなる呪い』だから、大したことないぜ!」
「あ、そのくらいの呪いならまだ大丈夫かも……」
思っていたのよりも軽い内容の呪いで、ちょっとホッとしたかも……
シュウはふわっと私の頭上まで飛んで来ると、ちょうど頭のてっぺんにポンッと触れた。
「……っ!!?」
いきなり私の頭のてっぺんが無性にむず痒くなった。
頭を掻こうか、いや、淑女として我慢せねばと内心格闘していると、
「もちろん、俺も痒くなるぜ!」
シュウがなぜか勢いよく宣言した後、「かいーーーっ!!」と叫んで、空中で七転八倒し始めた。シュウはポロポロと黒い靄を振り撒いて激しく飛び回った。
シュウは光? むしろ闇? の玉だから、腕がなくて自分の頭が掻けないのは仕方がないとは思うけれど……
私は自分の頭の痒みよりも、シュウの痒がり具合の方がインパクトが強すぎて、呆気にとられてただただぽかんと眺めていた。
「まずは魔力を練るんだ。それから、さっきシュウに呪いをかけられた部分に呪いの痕跡があるはずだから、それを魔力で包んで跳ね返すんだ」
「えっ、いいの!? シュウに呪い返ししちゃって!?」
あまりにも無情に淡々と説明するセルゲイに、私は思わずツッコミを入れていた。
「いや、呪い返しを習いたいのだろう?」
セルゲイが怪訝そうに確認してきた。
「そうだけど、呪いって返されたら倍になるのよね!?」
「そうだ。呪ったものが返ってくるのだから仕方ない」
こんなに痒がって苦しんでるシュウを、さらに痒くするの!?
それに、シュウの暴れっぷりが凄すぎて、魔力を練るのに集中できないのだけど!
冷静すぎるセルゲイと私があれこれ言い合っているうちに、いつの間にか怒涛の一分は過ぎ去っていた。
「……ハァ、ハァ……エヴァ、呪い返しするなら、ハァ……さっさと済ませてくれ……」
シュウがまるで空中で仕留められた蚊のように、ひゅるりと力なく作業机の上に落ちてきた。
その後も何回かシュウに協力してもらって、軽い呪いをかけてもらった。
でも、なぜか私は呪い返しが上手くできなくて、毎回むず痒い思いをした──もちろん、シュウも。
「……エヴァは本当に呪い魔術に適性があるのか……?」
遂に、セルゲイが疑わしそうな半目で私を見てきた。
「ちゃんと子供の頃にきちんとした魔道具で測定したわよ! 今まで一度も使ったことが無いのだから、下手で当たり前です!」
呪い魔術は怖くて今まで使いたいとも思ったことはなかったし、他の四大属性の魔術とは勝手が異なるから、コツが掴みづらいだけよ、きっと!
最終的に、シュウは自分から溢れ出る靄を使って、自分の頭を掻けるようになってしまった。
「おい、シュウが変な風にスキルアップしてしまっただろう!」
セルゲイがキッと私を見つめて、おもいっきりなじってくる。
「ちょっと! それ、私のせいなの!?」
淑女にはあるまじき行為だとは分かってはいるけれど、私は自分の頭を掻きながら反論した。──だって、練習とはいえ、痒すぎてもうそれどころじゃないんだから!
「……今日はこのくらいにしておこうか……」
セルゲイがすっかり呆れたように、溜め息混じりに提案してきた。
気づけば、窓の外は夕暮れ時でオレンジ色になっていて、そろそろ帰った方がいい時刻に差し掛かっていた。
「…………本日は、ありがとうございました…………」
「…………おう。次は痒くない呪いを考えとくわ…………」
私もシュウも作業机に突っ伏して、這々の体で締めの言葉を捻り出した。
結局、一度も呪い返しができないまま、その日の練習はお開きになった。




