魔物討伐作戦2
魔物の討伐作戦は、毎年行われている。
王国騎士団や王宮魔術師団は、定期的に王都やその近郊の森に出没する魔物を狩って、王都やそこに住む人々、王都に出入りする商人や旅人の安全を守っている。
特にここ最近は、北部に生息している魔物が王都の方まで南下して来てるみたい。
北部の魔物は、冬の寒さが厳しい地域で生き抜いてきた強い個体が多いらしく、元々王都近郊に生息している魔物よりも討伐難易度が高めになっている。
そのため、ドラゴニア王国中で魔物を討伐してきた経験のあるフレデリカ様は、魔術師団長退任後にもかかわらず、しょっ中討伐作戦に参加してくれないかと王宮からお声がかかっているらしい。──強い魔物に遭遇する確率が高くなっているから、手練れは多ければ多いほどいいみたい。
十名前後の王国騎士に、四、五人くらいの魔術師がついて一チームになる。そのチームが二チームセットになって、同じ方角の魔物を探索・討伐していくみたい。
もし強すぎる魔物が現れた場合は、救難信号を上げることになっている。
私はもちろん、フレデリカ様と同じチームだ。
フレデリカ様は助っ人枠のため、ベースキャンプに待機して、救難信号が出たら転移魔術で加勢に向かう予定だ。
私たちがキャンプで待機していると、イリアス魔術師団長がやって来た。彼の手には、小さな魔石がはめられたプレート付きのブレスレットが二本、握られていた。
「フレデリカ様、ハートネット嬢、これを。魔術師団で支給している簡易結界のブレスレットです。軽微な攻撃であれば複数回、強度の攻撃であれば一回、攻撃魔術や物理攻撃を防ぐことができます」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
フレデリカ様と私は、それぞれ一本ずつブレスレットを受け取った。
「作戦終了後は何度でも修理して使用しますので、このブレスレットは回収します」
「分かりました」
イリアス魔術師団長に説明され、私は相槌を打った。
「一人だと結びづらいでしょう? 私が着けてあげるわ」
「ふふっ、ありがとうございます」
袖をまくって腕をフレデリカ様の方に差し出すと、ブレスレットの紐部分を結んでくださった。
代わりに私もフレデリカ様の腕に、支給されたブレスレットを結ぶ。
討伐作戦中だけど、しばらくはゆったりとした時間が流れていた。
でも、待機中だからといって休んでいるわけじゃない。いつ救難信号が出ても駆けつけられるように、装備や万が一のためのポーションなどを最終確認していた。
──その時だった。
パーンッ!!
乾いた音が西の森の上空で鳴って、辺りが赤々と照らされた──救難信号だ。
「エヴァ、行くよ!」
「はいっ!」
フレデリカ様に声をかけられ、私はその側に寄った。同行する王国騎士様も数名、駆け寄って来る。
「それじゃあ、イリアス。私たちの班が先に行くよ」
フレデリカ様がイリアス魔術師団長の方を振り向いて、ニッと不敵に笑いかけた。
「ええ、お気をつけて」
イリアス魔術師団長も小さく頷く。
フレデリカ様が小さく呪文を唱えると、私たちを囲むように足元に魔術陣が現れた。
陣の光が眩しくて目を瞑っているうちに、私たちは転移していた。
***
私たちが現場に到着した時には、半分ほどの王国騎士と魔術師が負傷していた。
彼らの真ん中では、しなやかな猫のような魔獣が、ひらりひらりと舞うように戦っていた──上顎から長い二本の牙が鋭く突き出している、青みがかった艶やかな毛皮をした大きな魔獣だ。到着した私たちを品定めするように、ギョロリと黄色い大きな瞳が睨み付けてくる。
辺りには血の匂いが立ち込めていて、森の奥からはグルグルと唸るような魔物の気配もしていた。
「……アイスサーベルか。面倒な相手だね」
フレデリカ様が、渋面で呟いた。
「エヴァ! 私たちがアイツの注意を引きつけてる間に、負傷者の救助を!」
「はいっ!」
フレデリカ様が、アイスサーベルに向かってウォーターバレットを放つ。無数の水の礫が空中に生まれ、勢いよくアイスサーベルに襲いかかる。
でも、アイスサーベルは優雅に高くジャンプして、木の上に飛び乗って避けていた──動きのかなり素早い魔獣みたい。
フレデリカ様と応援の騎士たちが応戦している間に、私はこそこそと身を屈めて、負傷者の元に向かった。
「大丈夫ですか? 回復ポーション、ありますよ」
「ああ、ありがとう……」
私はまだ息のある倒れてる騎士に話しかけた。彼の手に回復ポーションを握らせる。
彼がポーションを口にしている間に、次の負傷者のところに向かう。
肩から血を流して倒れていた魔術師が、微かに起き上がってこっちを向いた。
「おい、早くしろ! こっちは怪我を……エヴァ……?」
「えっ? アラン様?」
倒れていたのは、まさかの元婚約者のアラン様だった。
アラン様の青色の瞳が、驚きで丸くなっていた。
「なぜお前がこんな所に……?」
アラン様が訝しげな表情で尋ねてきた。
私は、今一番会いたくない人に会ってしまって、急に身体が動かなくなってしまった。ポーションを持つ手が小刻みに震えているのが、自分でも分かるくらいだった。
「エヴァ! 避けて!」
フレデリカ様の必死な声が森に響いた。
私はハッとなって、みんなが戦っている方へ振り返った。
アイスサーベルが騎士たちの包囲網を掻い潜り、猛然とこちらに迫っているところだった。
「ぎゃああぁっ!!!」
アラン様が恐怖の叫び声をあげて、カサカサカサッと後退りした。
アラン様の叫び声で、私の中で何かスイッチが切り替わった。
「ファイアボール! ウィンドカッター!」
私は咄嗟に、フレデリカ様との魔術特訓で鍛えられた初級魔術を、アイスサーベルに叩き込んでいた。
真っ赤な炎の球が、ウィンドカッターの後押しを受けて、より速く、より大きく燃え上がってアイスサーベルに襲いかかる。
「グアアッ!!」
アイスサーベルは、途中でスピードを上げた魔術をもろにくらって、地面に転がった。体についた炎を消すように、ゴロンゴロンと地面の上をのたうち回る。
この隙に、騎士たちはアイスサーベルに飛びかかって、討ち取っていた。
「……はぁ、良かった……」
私は、今度は恐ろしい魔獣に襲われそうになった恐怖で、今さらながら身体が震えてきた。
「なっ、エヴァが同時に二属性の魔術を……? いや、あのスピードで連発したのか? しかも別の属性を……?」
アラン様は腰を抜かしたまま、呆然とブツブツ呟いていた。
「エヴァ、平気?」
フレデリカ様が、慌てて駆け寄って来てくださった。
私が起き上がれるように、手を差し伸べてくださる。
「だ、大丈夫です」
私はありがたくフレデリカ様の手を借りて、立ち上がった。少しだけ強がって、微笑んでみせる。そうじゃないと、このままヘタって動けなくなりそうで、周りに迷惑をかけてしまいそうだったから。
「さすが、前魔術師団長のお弟子さんですな。こうも連続して別属性の魔術を撃てるなんて」
「咄嗟に戦えるとは、素晴らしいことです。なかなか直前になって身体が動かなくなることもありますからね」
一緒にフレデリカ様の転移魔術で応援に駆けつけた騎士たちが、褒めてくださった。
「ハハハ、ありがとうございます……」
私は空元気でお礼を言った。
初めての魔獣との戦闘で、気持ちの方はいっぱいいっぱいだった。
アラン様の方から、ものすごくキツイ視線が飛んできてる気がするけれど、なんだか怖くてそっちの方は見れなかった。
「さぁ! ここは血の匂いが濃いからね! 次の魔物が来る前に、一度撤退するよ!」
フレデリカ様がパンパンッと手を叩いて、みんなの注意をひきつけた。戦場慣れされてるからか、とにかく切り替えが早い。
フレデリカ様の合図で、私たちは負傷者を手伝いつつ、ベースキャンプの方へと戻って行った。




